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運命の卒業パーティー 3

 会場の人々の目が一斉にベイジル王太子殿下に向く。


 そもそも婚約者でもなんでもない令嬢に、王室御用達の高級衣装店でドレスを作り贈っていたことにも非難の目が向けられる。


 今まさにミレイ嬢が着ている華やかな淡い黄色のドレスも、殿下からの贈り物なのではと訝しむ声があちこちで上がる。


「そ、それは……」ベイジル王太子殿下がうろたえる。


 そこへさらに追い討ちをかけるようにアデラインさまが、

「もしおわかりになられないようでしたら、ご注文された際の伝票もご覧になられますか? わたくしが処理しておりますので、すぐにでも提出できます」


「は──?」


「本来、殿下がご処理されるべき仕事の大部分はわたくしが行っておりますので、殿下に割り当てられている費用の流れについても把握しております。中には婚約者に贈る名目でご購入されたものも多数あるようですが、わたくしは受け取った覚えがないというのにいったいどなたに贈られたのでしょう? それ以外にも用途が定かではないものの購入が多数見受けられましたが……」


 王太子の仕事を婚約者であるアデラインさまが行っていたこと、そして不審なお金の流れがある事実に会場が大きくどよめく。


 ベイジル王太子殿下はプライドを傷つけられたようにカッとなり、


「わ、私の仕事をきみが行っているだと⁉︎ そんなわけがあるか! 購入についても勝手なことを言うな、きみの勘違いだ! それにドレスの件が誤りだったとしても、ミレイ嬢のネックレスが盗まれて壊されたことや彼女を地下室に閉じ込めたことはどうなんだ! それらの事件が起こったときに、きみの姿を見たという証言や地下室に呼び出した手紙があるんだぞ!」


「それらについても、わたくしではないとはっきりと申し上げます。ネックレスがなくなったと思われる午前から放課後までの間、わたくしがひとりになることはほぼありませんでした」


「そんなこと、どうとでも言えるではないか!」


 一瞬会場が静まり返る。みな固唾を呑んで見守っている。


 わたしはもう我慢できなかった。


 人垣の先頭にいる人たちをかき分け、アデラインさまのすぐ後ろに立つと、力のかぎり叫んだ。


「──証拠ならあります!」


 突然現れたわたしに、会場内の視線が一気に集まる。あまりの重圧に足がすくみそうになる。


「……まさか、リゼ? どうしてここに」


 アデラインさまが目を大きく見開いている。


 『リゼ』と呼ばれたことで、勇気をもらえた気がした。

 わたしは怯みそうになる気持ちをぐっとこらえ、正面を見据えると口を開く。


「第二学年のリゼ・ヨークです。本来は部外者ですが、今夜は給仕の仕事のためにここにいます。証拠ならあります、そうですよね?」


 そう言うと、祈るような気持ちでアデラインさまのそばにいる取り巻き令嬢たちに視線を送る。


 すると、わたしの登場に驚きつつも応えるように、アデラインさまの横から北部の侯爵令嬢がずいっと前に出る。その手には手帳のようなものが三冊見える。


「これはわたくしたちの日記ですわ。わたくしたちは常にアデラインさまのおそばにおりました。ですから、アデラインさまの当日の行動もここに記されております!」


 北部の侯爵令嬢は、その三冊の日記を掲げると言った。


 続いて、西部と南部の伯爵令嬢も主張するように前に出ると、

「ええ、そうです! 今日(こんにち)に至るまで、学院内でのアデラインさまの行動はここに書いてありますわ!」

「アデラインさまの行動に不審な点があるというなら、この日記でご確認くださいませ!」


 わたしは無意識に拳をぎゅっと握りしめる。


(本当に、お願いきいてくれてたんだ……)


 ミレイさまの手提げ袋が噴水に落ちる事件があったあと、取り巻き令嬢たちが歩み寄ってくれ、さらにプレゼントまでくれた日、わたしが彼女たちにお願いしたのが、アデラインさまの行動を裏付けるための『日記をつけること』だった。


 日記は書き換えられるので、アデラインさまが犯人ではないというアリバイを証明する大きな効力にはならないかもしれないが、万が一に備えることはできる。詳しい事情は話せなかったが、アデラインさまを守るために協力してほしいと言ってお願いし、可能ならば卒業パーティーにその日記を持参しておいてほしいと手紙を出しておいたのだ。


 それに──。


 わたしはお仕着せのスカートのポケットに手を入れる。


「それに、これもあります!」


 そう言って、ポケットから一冊の手帳を取り出し、掲げて見せる。


「ここには、アデラインさまの行動を裏付ける証拠について書き留めています! 職員室の入退室記録や音楽堂の使用記録、食堂の利用有無、それに付随して、その日時にアデラインさまと会話したり、姿を見かけたりした記憶のある教員や外部講師、庭師、コックなどの学院関係者の証言もあります。さらに、入退室記録などの学院側で保管されている記録帳には、アデラインさまのサインも残されています! お疑いになるのでしたら、それぞれ保管されている実物をご確認ください!」


 一息で言い終えてから、わたしは肩で息をする。激しい動悸と緊張でどうにかなりそうだ。


 アデラインさまは驚きながら、わたしと令嬢たちを交互に見る。

 やがて安堵の息を吐き出し、お礼を述べるように優しく微笑んだあとで、さっと表情を引き締めてからベイジル王太子殿下に向き直る。


「──とのことですわ。とくにネックレスがなくなったとされる日のわたくしの行動でしたら、今日この場にいらっしゃる教師やクラスメイトの方々にもお訊きになってください。その日は、翌日の授業で行われる小演奏会の件で、多くの方と会話した覚えがありますから」


「ならば、地下室に閉じ込められた件はどう言い訳するつもりだ! ミレイ嬢を呼び出した手紙の筆跡はきみのものにそっくりで、イニシャルまで書かれていたんだぞ⁉︎」


「わたくしが書いたとおっしゃるのでしたら、筆跡鑑定人に鑑定を依頼させてください。専門家が見れば、その手紙を書いた人物がわたくしではないと証明してくれるはずです」


「筆跡鑑定人だと⁉︎ ああ、いいだろう、そこまで言うのならはっきりさせようじゃないか! 手紙は私が保管しているからな!」


 ベイジル王太子殿下は落ち着きない様子で片手を振り回す。すると、それまで黙っていたミレイさまがさりげなく手を伸ばし、殿下の手を下ろさせる。


 ミレイさまはぶわっと目に涙を浮かべ訴えるように、


「ベイジルさまが手紙を厳重に保管してくださっているとわかっていますが、その手紙は本当にわたしが受け取ったものでしょうか──? そんなことはあり得ないと思いますが、偽物と差し替えられている可能性もあるかもしれません。それならばアデラインさまの筆跡と異なることも……」


「手紙を差し替えるなんて、そんなことするわけ──!」


 さすがにわたしはカチンときて声を荒げそうになる。


 しかしその言葉を止めるようにアデラインさまがわたしの手に触れ、小さく首を振る。わたしはぐっとこらえる。こちらが下手に反論すれば言い訳に聞こえてしまうだろう。


 ミレイさまはさも悲しげな表情を見せると、「それに、地下室でアデラインさまの姿を見たという目撃情報もあるようで……」と言い、視線を人垣の中の一角に向けて尋ねる。


「ねえ、そうよね?」


 そのミレイさまの視線を受けるように、ひとりの令嬢が前に出てきた。やけに落ち着かない様子で左右に視線を動かしている。


「あの……、わたし見ました……。あの日地下室のそばを通りかかったときに、アデラインさまのお姿を──!」


 その瞬間、会場内がざわっとどよめく。



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