起こった事件と励ましの言葉
アデラインさまと最初の作戦会議をして以降、学院にいる間、わたしの視線は常にアデラインさまを探すようになった。
本当はそばにいるのが一番いいのだが、さすがに学年が違うため難しかった。
ただ、アデラインさまの周りにはあの三人の取り巻き令嬢たちがいるので、アデラインさまがひとりになる機会はあまりない。その点はわたしも安心していられた。アデラインさまに何かあれば、令嬢たちが騒ぎ立ててくれるはずだから。
学院の中でアデラインさまがひとりになるとすれば、お昼休みの時間にあの一室にこもるときくらいだろうが、そこは第三学年の建物内で関係者しか近寄れない一角のうえ、アデラインさまがその部屋にいることを知っている人物はほとんどいないため、ひとりでいても比較的安全だと思われた。
そうしてアデラインさまを見守るようになって、わたしはふと気づいたことがある。
なぜかアデラインさまの近くには、いつもミレイさまの姿があるのだ。
わたしとミレイさまは同じ第二学年で、アデラインさまは第三学年だ。
学年が違えばすれ違う機会もあまりない、はずなのだが。
(偶然……? でも不自然なほど近くにいるよね……?)
最初は偶然かと思った。
でもそのうち、もしかしたらミレイさまはベイジル王太子殿下と自分の仲のよい姿を、アデラインさまに見せつけるためにわざと近寄っているのではという疑念が浮かぶ。
しかししばらくして、それも何か違う気がすると感じ始める。
なぜならミレイさまひとりだけのときでも、アデラインさまの近くにいることがあるのだ。いや、むしろミレイさまひとりでいるときのほうが多いのではないだろうか。
そう、まるで何かの機会をうかがうように……。
わたしは警戒感を強める。
しかしそんな中、事件は起きてしまう──。
その日の午後、授業と授業の合間の休憩時間、中庭から何かを騒ぎ立てるような声がして、わたしは不安を覚え急いで向かった。
多くの生徒たちがざわつきながら、遠巻きに何かを取り囲むように集まっている姿が見える。
人垣をかき分け、先頭に出ると、そこにはアデラインさまがいた。
アデラインさまの両隣には、三人の取り巻き令嬢たち。
向かい側には、涙ながらに何かを訴えているミレイさまの姿。
そしてすぐそばには、水の女神をモチーフにした彫像の噴水があり、女神が持つ水瓶からは地下から汲み上げられた雪解けの水が流れ落ちていた。
(しまった──!)
わたしは恐れていた出来事が起こったことを、瞬時に理解する。
急いで視線をやると、ミレイさまの手にはびしょ濡れになった手提げ袋が見えた。
「ひどいじゃないですか! いくらみすぼらしい手提げ袋だからって、わざと噴水に落とすなんて! あんまりです……!」
ミレイさまは目に涙を浮かべ、手提げ袋をぎゅっと両手で握りしめて訴える。
対するアデラインさまは無表情だ。
でもその裏で激しく動揺しているであろうことは、わたしにはわかった。
「あら、わざと落とすだなんて! ぶつかってきたのはそちらでしょう!」
「そうよ! そうよ!」
「ぶつかって落ちただけじゃない!」
取り巻き令嬢たちは口々に怒りをあらわにする。
「そのようなうす汚れた手提げ袋が水に落ちたくらいで、騒がないでいただけないかしら!」
「そうよ、おおげさですわ!」
「この機会に、もっとよいものでも買われたどうかしら!」
しかしミレイさまはふらりと足元をふらつかせ、地面にぺたりと座り込む。
力を振り絞るように、アデラインさまたちを見上げると、
「これは亡き母が唯一残してくれた大事なものなんです! たしかにアデラインさまたちからすれば、価値のないものに見えるでしょう! でもだからって、こんなの……!」
まるで耐えられないといった様子で、両手で顔を覆う。
そのとき、
「何をやっているんだ──!」
そこに立っていたのは、ベイジル王太子殿下だった。
周りの生徒たちはさっと後ろに下がり、殿下に道を譲る。
まるで予期していたかのような登場に、わたしはがく然とする。
ベイジル王太子殿下は急いでミレイさまに駆け寄ると、その華奢な肩にそっと手を当て、立ち上がらせる。
ミレイさまの手元にある濡れた手提げ袋を目にすると、キッと顔を上げ、
「アデライン! ミレイ嬢の持ち物を噴水に落としたのはきみか!」
非難するような声を上げる。
取り巻き令嬢たちは、さすがに王族には反論はできないようで肩を振るわせ、目をそらす。
その場で毅然として立っているのは、アデラインさまだけだった。
あれほど騒然としていた中庭は、一気にしんと静まり返る。
周りの生徒たちは固唾を呑んで行方を見守る者もいれば、好奇心を抑えきれない様子で見ている者もいる。
そんな視線を一心に受けながらも、アデラインさまは眉ひとつ動かさず、ただ静かに「……存じません」とだけ答える。
公然と王族を非難することを避け、なおかつ自分に非はないことを示す言葉だった。
しかしベイジル殿下は嘲笑うように、
「はっ! よくもそんなことを! 素直に詫びれば許してやったものを、しらを切るとは!」
アデラインさまはそれでもなお反論せず、じっとたたずんでいる。
わたしは胸が苦しくなる。
「──何をしているんですか! みなさん、授業が始まりますよ!」
そのとき、女教師が慌てたように中庭に駆けつけてきた。両手を鳴らし、生徒たちをこの場から強制的に移動させる。
ほっと息をつく者、このあとがどうなるのか気になって仕方がない者、それぞれが立ち去り難い様子で後ろを振り返りながらも、徐々にその場をあとにする。
わたしは向こう側に視線を向ける。
ベイジル王太子殿下がミレイさまを労わるように、その肩に手を置き、何か耳元でささやいている。それを受けて、ミレイさまは涙を拭きながら頬をゆるめ、小さく頷く。そしてふたりは肩を寄せ合いながら、校舎のほうへと歩いていった。
まるで恋人同士のような光景を、アデラインさまはただ静かに見つめている。
わたしは駆け出していた。
「──アデラインさま!」
アデラインさまはわたしに気づくと、こらえていたものがあふれ出すように表情を一変させ、苦しげな表情を見せる。しかしすぐに、自分を押し殺すように顔を背ける。
事件に関係のありそうな場所には近寄らないと約束していたのに、それを破ってしまったことを申し訳なく感じているのだ。
おそらく取り巻き令嬢たちに言われて断りきれず、噴水があるこの道を通らざるを得なかったのだろう。特別授業が行われる別棟へ行くには、最短距離のこの道を通るのが普通で、あとはかなり遠回りするしかない。
わたしは両手でアデラインさまの右手をとる。
ひどく冷え切ってしまっていることに気づき、胸がますます締めつけられる。
「大丈夫です! 大丈夫ですから!」
わたしはアデラインさまの瞳を見つめて言った。
「頼っていいんです!」
前にレイから言われて励まされた言葉を、今度はわたしがアデラインさまに伝える。
アデラインさまはキュッと唇を噛みしめる。
そしてためらいながらも、わたしの手をしっかりと握り返してくれた。
ここまでご覧くださり、ありがとうございます。ブクマやポイントなどでの応援、励みにさせていただいています(*ˊᵕˋ*)引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
「面白かった!」「続き読みたい!」「応援しようかな!」など思っていただけましたら、ブックマークや、下にある☆ボタンを押していただけると連載の励みになります。よろしければ、よろしくお願いいたします!




