何事も情報収集は大事、とはいえ腹ごしらえも欠かせない
「ごめんなさいね、わざわざ来てもらって……」
王立貴族学院で第三学年が使う建物の中にある一室。部屋のドアを開けてわたしを招き入れながら、アデラインさまは申し訳なさそうに言った。
「いえ、大丈夫です」
今朝、登校時の馬車の中でアデラインさまに協力することを約束したわたしは、昼休憩を利用して今後の対策について話し合うべく、この部屋を訪れた。
わたしは部屋の中をめずらしげに見回す。
先日初めて入室した、高位貴族の方々が昼食をとるための特別な個室と同じような豪華な室内を想像していたが、部屋の中には本棚や小ぶりの執務机、四名ほどが着席できる大きさのテーブルと椅子があるだけでいたって簡素だった。
アデラインさまに促されるまま、わたしは椅子のひとつに腰かける。
すると、アデラインさま自ら紅茶を淹れて、わたしの前に差し出してくれた。
「す、すみません」
わたしは恐縮しながら、再度室内に目を向けて尋ねる。
「ちなみに、このお部屋は?」
アデラインさまはわたしの向かい側の席に腰を下ろしてから、
「特別に使わせていただいているの。空いた時間に作業できればと思って、あと色々と書類もかさばるものだから」
言われてみれば、窓際にある執務机の上にはたくさんの書類の束が置かれていて、つい先ほどまでアデラインさまが何か処理をされていた様子がうかがえる。
(生徒会の仕事、とかかな……?)
学院内に設置されている生徒会は在学している王族、または近親者が歴代会長を務めることが決まっていて、それ以外の役職は会長の指名制でアデラインさまも所属されていると聞く。ただし、会長職についてはその年に王族などの適任者がいなければ、各学年の首席の中から学院長が指名することになっているらしい。
わたしは左右に目をやり、尋ねる。
「いつもお昼は、あのご令嬢方とご一緒ではないのですか?」
てっきりあの取り巻き令嬢たちとの昼食が済んだあとで、個別に話し合いをするのかと思っていたのだ。
しかしアデラインさまは、とくに気にする様子もなく、
「いいえ、お昼はここにひとりでいることが多いわ」
その答えはアデラインさまの素の姿を知らなければ意外に思えただろうが、今朝の馬車での出来事もあり、意外どころか、らしいなと思えてしまう。
「そうですか」
そう言いながら、わたしは出された紅茶を一口いただく。
「──ん、おいしい!」
濃い赤茶色をした紅茶は黒糖のようなほのかな甘みがありながら、後味はすっきりとしてとてもおいしい。
「本当? お口に合ってよかったわ。自分用に特別にブレンドしている紅茶なの」
アデラインさまは少し頬を染めて、柔らかく微笑む。
その様子はまさに花がほころぶという言葉を体現しているようだった。
「……アデラインさまって、かわいいですよね」
思わず、ぽつりと言葉が漏れる。
(──はっ! しまった! なんて失礼なことを!)
言ってしまったあとで激しく後悔したが、次の瞬間、目を疑う。
そこには目を大きく見開き、顔を真っ赤に染めているアデラインさまがいたのだ。
(え、照れてる──⁉︎ あのアデラインさまが──⁉︎)
アデラインさまは恥ずかしそうに顔を背け、
「……そんなこと言われたの、初めてで。ごめんなさい」
(初めて⁉︎ そんな、まさか⁉︎)
わたしは心の中で叫んだが、はたと考えを改め、遠い目をする。
(そうか、きっと周りは思っていても、当然すぎる美貌を前に美しいとかかわいいとかすら言えなかったんだろうな……。それにしてもベイジル王太子殿下は、こんなに素晴らしいアデラインさまを放っておくなんて見る目なさすぎでしょ)
すでにアデラインさまの味方としての自覚が芽生えているわたしは、心の中でアデラインさまを蔑ろにするベイジル王太子殿下への文句を口にする。
(これは、なんとしてでもアデラインさまが断罪される未来を回避しなきゃ!)
強く拳を握り、切り替えるように、
「──さっそくなんですが、アデラインさまが知っている情報を教えていただけますか?」
何事も情報収集は大事だ。
「ええ、もちろんよ」
アデラインさまはすっと立ち上がり、執務机から一枚の紙と羽根ペン、インク壺を取ってくると、再び椅子に座って紙に何かを書き始める。
しばらくして書き上げたものを、わたしに提示してくれた。
「これは、これから起こる可能性のある出来事よ」
紙には、夏の半ばにある卒業パーティーまでに起こる出来事とおおよその時期が順番に書かれていた。
わたしはざっと目を通してみる。しかし少し首をひねり、気になった箇所をいくつか読み上げる。
「……ヒロインの持ち物を水浸しにする、ドレスを破る、アクセサリーを盗んで壊す、地下室に閉じ込める、階段から突き落とす。……これが断罪されるような”ひどい仕打ち”になるんですか?」
どれも許される行為ではないが、由緒ある侯爵一家が国を追われるほどの罪に値するだろうかと率直に感じる。
(最後の『階段から突き落とす』っていうのは、下手したら殺人になってしまうレベルではあるけど……)
それはアデラインさまも感じていたらしいが、それでもふっと顔を曇らせ、
「ええ、でも小説の中ではそれらが原因で断罪されることになるわ。自己中心的な考えで悪行を行い、罪もない他者の命を奪おうとした悪女は未来の王妃にふさわしくない、そしてその行為を止められなかった侯爵家にも罪がある、さらに殿下にとっては自分の愛する女性が命の危険にさらされたことは許しがたい罪だ、ということで……」
「……ふむ」わたしはひとつ頷いて続ける。「では、つまりはアデラインさまとの婚約を破棄してヒロイン、ミレイさまと結ばれるための理由づけがほしいというところでしょうか」
「ええ、そうね、そうだと思うわ。それにベイジル殿下とわたくしの婚約は王室の基盤を強化させる目的があるけれど、万が一婚約破棄にでもなれば、ウェイレット侯爵であるお父さまが黙っていないでしょうし、我が家を筆頭にその下に連なる家門すべてが王室を非難する立場に回るでしょうね」
アデラインさまはさらりと口にしているが、わたしは改めて肝に銘じる。
(さすがイーズデイル王国の中でも絶大な権力と財力を持つウェイレット侯爵家……、敵に回すと怖い存在だ……)
「そうなったらいずれ王位を継ぐベイジル殿下にとって、後ろ盾にならないウェイレット侯爵家を国に残しておいても利はないし、王家と敵対する反対勢力に加担することにでもなればもっと厄介でしょうから」
わたしはアデラインさまの冷静な分析力に感心する。
(でも、そのアデラインさまをもってしてもここまで回避できなかったんだから、万全を期す必要があるよね、なら──)
「作戦を立てましょう」
わたしはかつてないほど真剣な表情でそう言った。だがそこで、ぐー、と盛大にお腹が鳴る。
アデラインさまがくすりと笑う。
「先にお昼にしましょう。簡単なものになるけれど」
そう言って、バスケットに入ったおいしそうな具沢山のサンドイッチとフルーツ、クッキーを差し出してくれる。
わたしは目を輝かせる。
今朝は早くに下宿を出たので、朝食をとっていなかった。そのため、朝食兼昼食用としてチーズを挟んだだけの硬いパンを持参していたのだが、それは早々に平らげ、アデラインさまから差し出された昼食をありがたくいただいたのだった。




