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96) 最終話 秋の日のピクニック


 1人の人間を再構築するのには、きっと、とても長い年月がかかる。

 だから、リアの最期のときまで、リアはアステルとずっと一緒にいる。リアは、ずっと一緒に居たいと願っている。

 アステルを愛しているからだ。


 アステルは12歳までの記憶と、あのときに食べた魔石の分、5分の1のウィローの記憶を持っている。今のアステルは、見た目は20歳だけれど、心は12歳だ。それはアステルの様子を見て、(きっとそういうことなのだろう)とロアンとリアが話し合って、導かれた結論だ。


 その年のうちに、リアは魔石のなかの魔王の遺骸の呪いの浄化に成功した。魔王の魔力は、アステルにかえっていった。しかし、触媒として使われ、魔石のなかに残った記憶はかえっていかなかった。神聖力に長けたリアが記憶を読むことしかできず、アステルに直接、記憶を戻す(すべ)がなかった。

 アステルが痛いことを忌避するようになり、食べさせることができなかったためだ。


 残り、5分の4の記憶について。

 リアは選択をした。ロアンにも相談しながら。これは、話して聞かせる記憶。これは、話さない記憶。これは、慎重に整理してから話す記憶。


 今のアステルには、幸せな記憶しかないだろう、とリアは思う。

 もちろん、ある日うっかり、思い出せなかったことを思い出すこともあるかもしれない。

 本当のことを言えば、リアははじめのうち、アステルにすべてを思い出して欲しかった。ウィローに帰ってきて欲しかったからだ。



 けれど、ロアンが言った。


「もう、アステル様に、辛い思いや苦しい思いをしてほしくない。

 楽しいことや、嬉しいことだけ、この人のそばにあってほしい」


「私とリアで、アステル様を守ろう」


 リアは、ロアンの願いを叶えようと思った。



 アステルとふたりで横になりながら、物語のようにリアは話す。アステルの人生のうちの、楽しいことや嬉しいことを。

 アステルは青い瞳を輝かせる。


「ぼく、物語って大好きなんだ」

「知ってるわ」 

 リアは微笑む。

「ルアンに、よく話して聞かせたんだよ」

 アステルは本当に楽しそうに、幸せそうに笑う。



 5分の1の記憶については、アステルが何を覚えているのかがリアにもロアンにもわからない。

 ある日、急に「魔物になったぼくに魔除けをくれて、ルアンって本当におかしいんだ」とロアンに話しかけて、ロアンはおかえりパーティーや、お守りをリアが投げつけそうになったことを覚えているのかと思い、固まっていた。が、そうではなかった。ただ、ロアンにもらった魔除けのかたちを気に入っていることを、アステルは教えてくれた。


 リアは、リアという名前を名乗り続けようと思った。けれどアステルは、ウィローという名前を拒んだ。そしてリアとロアンのことは、シンシア、ルアン、と呼んだ。


「あなたはウィローと名乗っていたんだよ」

と伝えたら、

「ぼくはどうして、そんな変な名前にしたんだろう? おかしいね」

 アステルは本当におかしそうに笑った。



「シンシア」

 アステルは、リアのことを大切にしてくれる。

 でも、ちいさな「リア」のことは、覚えていない。



 アステルの大きな変化は、痛みを怖がり、代償を忌避するようになったことだった。

「痛いのは誰だって嫌だよ」

 アステルは(当然でしょ?)という顔をする。

「貴方は、平気で手や頭を切ったりおなかを切られたりして、それを魔法に変換してたのよ」

「なんでそんなことができるんだろう? 気持ちの悪い人だね」

「私たちが大切だったから、守るためにそうしていたのよ」

「ぼくだって、シンシアとルアンが大切だよ。でも、痛いのは嫌だよ。痛いことはしないよ」


 アステルの変化で、ロアンとリアが一番不安を覚えたのはそこだった。『代償』は人間にしかできない行為だからだ。

 アステルの人間性は、どこまで残っているのだろう?


「ぼくは、ぼくを大切にするんだ。シンシアとルアンが教えてくれたことだよ」


 そう言われてしまうと、昔の『自分を大切にできなかった』ウィローを思うと、アステルにはそのままのアステルでいてほしいな、とリアは思う。




 魔王の遺骸の消失によって、教会の動きが落ち着き。アステルが魔力を隠すのが上手になるとともに、だいぶ幸せな記憶を取り戻してきた、リアが16歳の秋。

 アステルをウィローの木に、連れて行った。


「ウィローの木だよ。私とロアンが、アステルを見つけた場所だよ。

 アステルにとって、とても大事な場所だったの」


 アステルはきょとんとした顔で、葉が枝垂れた木を眺めている。


「そうなんだ。風が吹くと、気持ちがいいね」


「音が綺麗だなあ」


「良い木だね、だからウィローだったのかなあ」

 

 アステルは葉に触れてみたり、木の幹を撫でたり、耳を澄ませてみたりして、何か思い出せないかと努力しているようだ。


 リアは、聞く。


「ねえ、アステル。ここで、私にキスをしてくれたのを覚えてる?」


 アステルは、覚えていなさそうな顔だ。リアは不満に思いながら、アステルの頬に手を添える。そして、キスをする。


「シンシアからキスしてくれるなんて、珍しいね」

 アステルは、嬉しそうだ。

「じゃあ、ぼくもお返しに」


 アステルはリアの頬に手を添えて、優しいキスをする。

「愛しているよ、シンシア」

「私も、愛しているわ」


「幸せだなあ」

 アステルは、笑う。

 アステルの笑顔を見て、リアも微笑む。


 ロアンが少し遅れて、サンドイッチを持ってやってきた。

 なごやかな秋の日に。紅葉を見ながら、3人はピクニックをする。









〜あとがき〜

本編はここでおしまいです。

ここまでお読みいただき、お付き合いいただき、本当にありがとうございました!


後日談が、ゆるゆるとのんびり更新で続く予定なので、たまに思い返したときに読んでいただけたら嬉しいです。ありがとうございました。

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