表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/152

95) 2周目 魔力切れ


「良いところだなあ、良い風だなあ。この木、良い木だなあ。ここはどこだろう。どうしてぼくは、ここに来たんだろうか」


 夜が明けて空が白みはじめたころ、アステルはへんてこな木の前に立ちつくしている。枝垂れた葉がやわらかな風に揺れて、優しい音がする。アステルの金色の髪も、風にさわさわと揺れる。


「さっきまですごくすごく悲しかったのに、この木を見たら、なんだかほっとしてしまった。ようやく来られたから――会いに来ることができたんだね」


(だれが、だれに?)

とアステルは思う。わからないことだらけだ。


 アステルはその場に座って、しばらく木を眺めたあとで、おなかが空いていることに気がつく。楽しみにしていたケーキを食べ損ねた気がする……でも、おかしい、昨夜の誕生日パーティーで、ルアンとごちそうをたくさん食べたはずなのに。


 アステルは手に持った革袋に気づき、開く。

 魔石をひとつ手にとって眺める。

「この黒い結晶は、ぼくにとって、大事なものだった気がするんだけど……あ、」

 アステルは魔石をひとつ取り落として割ってしまう。魔王の呪いが溢れ出て、そばに居たアステルの中に入っていく。

 アステルには、声を聞くことができない。


「眠い……すごく眠い。でも、ぼくはこの結晶を食べなきゃいけない気がする……。

 ぼくの頭と体のなにかが、この結晶と結びつきたがっているみたい」

 アステルは眠気に抗いながら、黒い魔石を口に入れる。かたい。しかし、アステルが魔力を込めて噛むと、魔石はアステルの口の中で割れた。


 魔王の遺骸はひどい味と食感がしたが、それ以上に、粉々になった魔石がアステルの喉から先を傷つける。


「気持ち悪い……ひどい味だ……痛い……吐きそう……」

 アステルは吐きそうと言って、吐血する。

 吐血してなお、魔王の遺骸を食べ続ける。

「痛い、痛い……眠い……」

 袋の魔石の5分の1を食べたところで、アステルは力尽き、地面に倒れ込む。

「やっぱり、眠い……どうして……」


 枝垂れた葉が風に揺れている。女の人の白い手がそっとアステルの髪を撫でる。

『アステル、きっと、食べすぎたのよ』 

「そうかもしれないね、シンシア……」

 アステルは、目を閉じる。





 朝の光のなか、ロアンとリアはウィローを見つける。葉の枝垂れた木のそばに、横向きになって丸まっている。

「本当にいた……」

 ロアンは声をひそめる。

 少し離れた茂みから、ロアンとリアは顔を出して様子を伺う。


 リアはウィローの姿を見て(手負いの、ボロボロの魔物だ)と思う。出会ったときより、さらに魔力が強くなっている。でも、ずいぶんボロボロになっている。


 ふたりはそっとウィローに近づく。

 リアは草むらに座り込んで、ウィローの心臓に耳を当てる。鼓動の音を聞く。

 ウィローは、眠っているようだ。

「眠っているみたい」

「魔力切れでしょうか……」


(アステル様の魔力切れを、はじめて見た)


 とにかく無事に保護できただけで、ロアンもリアも、本当に泣きそうだった。



 リアは座り込んだままウィローを見つめて、ぽつり、と呟く。

「私、聖女になろうかな」 

「え?」

 怪訝な顔をしたロアンに、リアは説明する。

「もちろん大陸の平和のためじゃないわ、だって魔王の遺骸はもう無いのだから。

 神聖力でウィローが封印した『魔王の遺骸』を浄化したら、神聖医術で、記憶を戻せないかなって……聖女くらい神聖力を高めたら、それが、できるんじゃないかなって思ったの」



「私、ウィローを助けたい。きっとウィローがここまで傷ついて、何もかも無くしてしまったのは、私を愛していたからだもの」


 リアは、お守りをそっと握りしめる。


「だから、私も愛したい。

 ウィローから貰った愛を、私もウィローに返すの」


 リアはロアンを見上げる。

「ロアン、お願い。できる範囲でいいから、私とウィローの力になってほしいの。

 ロアンの人生なのに、ごめんね」


「何言ってるんですか」

 ロアンは片膝をついてしゃがみこみ、リアと目線を合わせて、笑う。

「私の人生は、いつもアステル様と、それからリアと共にありました。これからも一緒ですよ、リア」


 ロアンは口元に手を当てて、本当にむずかしい、という顔をした。

「とはいえ……こんなに魔力や魔の属性値の高い人を、どうやって匿いましょう? この革袋の中身を含めたら、魔王2人分の魔力を持っているんですよ、このバカアホ主人は。街中にいたら、すぐに教会が飛んできそうですが」

「カタマヴロス城で暮らす?」

「良いアイデアですが、本当にウィローが魔王になってしまいますねえ……うーん」

「じゃあ、やっぱりタフィのコミューンかなあ」

「タフィもタフィで、魔王に祭り上げられそうなんですよねえ……」

 ロアンは嘆く。


「ウィロー、ゆっくりやすんでね。

 あとは、私たちにまかせてね」

 リアは、眠るウィローの金色の髪を、白い手で撫でる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ