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93) 2周目 カタマヴロス城にて


 ロアンとリアは、星の瞬く夜空に投げ出される。ここは、魔王城の上空のようだ。

「う、わ、わー!」

 ロアンは空中でなんとか、リアの体を抱え込む。

「お、お父様のばかー!!! お父様は飛べても、私たちは飛べないのー!!!」

 リアは目をぎゅっとつむる。

 

 リアの胸に揺れる紫色の魔石が淡く光ると、ふたりの落ちる速度は減速する。ふたりのローブが風を孕み、ふたりは魔王城の屋根にふわっと着地する。


 ロアンはぽかーんとした後、吹き出す。

「リアに必要なすべての魔法……ふふっ あはは」

 ロアンはお腹を抱えて大笑いしている。

「落下の衝撃を緩和する魔法がお守りのっ……ふふっ……リアに必要な魔法に含まれている!」

 大笑いするロアンの背をリアは、ばしばしと叩く。

「そのおかげで助かったのに、なんで笑うのよ!!」

「いやー リアの運動音痴っぷりをウィローはわかっていたんですねえ」

(スペンダムノスで階段から落ちたことはロアンには言わないでおこう)

 リアはかたく心に誓う。


 魔王城の屋根の上に立ち、リアは夜空を見上げる。晴天で、月と星がとても綺麗に見える。

(ウィローも魔王城にいるはずよね。ウィローも、月と星を見ているかな)

 見ていたらいいな、とリアは思う。


ーーーーーーー



 金色の髪に青い瞳のウィローは、螺旋階段を登っている。さらさらとした髪に隠れて、月と星の耳飾りが揺れる。金色の刺繍の入った黒いローブを身に纏っている。クロコスの遺品のローブは、ウィローには少し大きい。


 月明かりが足元を照らして、ウィローは光源をたどる。螺旋階段の途中、高い位置に小さな窓がある。

(今まで、気がつかなかったな)


 辺境領の塔の小窓を思い出す。

『光に(さわ)れる』と言った可愛いリアのこと。


 見上げた小窓から、月と星が見える。

 見納めだとウィローは思う。



 封印の扉の前で、クヴェールタがウィローのことを待っていた。

「おかえり、魔王様。心は決まったのかな?」


「決まったよ。ぼくは、死ぬのは怖いけれど……やっぱり、死ななければならないよ。とにかく、きみたちの魔王様を封印することにしたんだ。大切な友達が病気になってしまったからね」


 ウィローの言葉に、クヴェールタは毛布を傾げる。(首を傾げるように毛布を傾けている)


「魔物にとっては、死ぬのも結構、難しいものだよ。あなたのなかの人間が死にたがっても、魔王様がそうさせてくれるかはわからないよ」


 クヴェールタは黒い瞳を輝かせる。


「それに、運命はきまったところに行き着くようにできているんだ」

「そうでもないよ」

 ウィローには『シンシアの運命を変えた』という思いがあるため、そう言った。

 しかし、クヴェールタはこう返した。


「あなたについて話しているよ、魔王様」


 ウィローは少し、怖くなった。


「……クヴェールタ。ぼくがもし、失敗して死に損ねていたら、殺してくれないか?」

 ウィローは、クヴェールタを縋るように見つめる。


 クヴェールタは微笑んでいるが、細められた目が笑っていない――微笑みのなかに『愚かな人間』への嘲りがある。

 ウィローは思う……クヴェールタは前に、ウィローを助けてくれた。しかし一体クヴェールタは『だれを』『なにを』助けてくれたのだろうか。


 クヴェールタは、大きな赤い口と白い牙を見せて笑った。

「魔王様が自分の願いしか叶えないように、クヴェールタもクヴェールタの願いしか叶えないよ。だって、魔物だからね」


「わかったよ。クヴェールタ、いろいろと教えてくれてありがとう。さようなら」

「またね、魔王様」


 クヴェールタに別れを告げ。ウィローは封印の扉に手をかけて、開ける。カンテラの灯りを手に、暗い廊下をまっすぐにすすむ。一度も振り返らず、止まらずに進んで、暗い穴のなかに飛び降りる。



 ウィローはカンテラの灯りを床に置く。黒いローブのポケットから白い石を取り出すと、時間をかけて丁寧に、複雑な魔法陣を描き終える。自らの血を入れた正八面体の魔石を、たくさん、たくさん、魔法陣の上に散らばせる。


(シンシア、ウィローの木に灯す魔石だよ)


 愛するシンシアに祈りを捧げたあと。

 ウィローは魔王の遺骸を見つめる。

 魔王の呪いを引き寄せるのは、2回目だ。


 ウィローは少しの間、躊躇する。躊躇するうちに、ウィローの心のなかに、幻が浮かぶ。

 明るい春の陽光が窓から差し込むアズールの家に、元気になったロアンがいて、リアが笑っていて、そこにウィローもいる。

(楽しかった、楽しいな)

 その場にいるような気持ちになり、ウィローは微笑む。守りたいもののことを、しっかりと胸に抱く。


 黒いローブのポケットから小刀をとりだし、ウィローは自らの腕を切る。

 赤い血が、魔法陣の上に滴り落ちる。


ーーーーーーー


 ロアンとリアは、ふたたび魔王城の屋根を歩いている――『魔王の遺骸』の『上』を目指して。


 ふたりは先ほど、白い螺旋階段を登り、封印の扉へと辿り着いた。そして封印の扉に手をかけたが、開かない。ロアンが力をこめて開けようとしても、びくともしない。

「お父様、開いているって言っていなかったっけ?」

 リアが手をかざして神聖力をこめたりしてみるが、どうやっても開かない。

 まるで何かに阻まれているように。


 ロアンは地図とにらめっこする。

 ルーキスにもらった『魔物が使う魔王城の地図』はひどい地図で、すごくわかりづらい。ここまで来るのにも、だいぶ迷ってしまった。


 リアは魔石をポケットから取り出して壁に当ててたまま、触れる。一瞬、光るがすぐに光が消えてしまうようだ。

「なんの魔石ですか?」

「お父様が、魔王城は壁に閉じ込められる系の罠が多いから『壁を壊す魔法』を持っていきなさい、って魔石をくれたの。人間の街で買ったんだって言ってたわ。

 でも、この壁はダメみたい。壊せない壁みたい」


 ロアンは地図上の一点を指さす。

「このあたりから、もう一度屋根の上に出たら、魔王の遺骸の『上』に辿り着けないでしょうか」

 ロアンは考える。

「壁も床も屋根も同じ石でできているようですから、屋根もその魔石で壊せるかも」



 ふたりは螺旋階段を降りて、別の階段を登り、窓を伝い屋根の上に出て『魔王の遺骸の上』を目指す。


「ここ?」

「たぶん……」

 その場所の屋根は、勇者と魔王の戦闘の爪痕が残り、隙間が多くあった。リアが下を覗き込むと、遠くに、灯りのようなものがチラチラと見える。まるで頭上だけではなく、リアの足元にも星が瞬いているようだ。

(ウィロー……?)

 リアは、ウィローではないかと期待する。

 ロアンと相談し、ウィローに瓦礫が当たらないようなすみっこで『壁を壊す魔法』を試みることにする。この距離で飛び降りるのは勇気がいるし、『ウィローのお守り』頼りの作戦だが……。


(ウィロー、いま行くからね)

 リアは魔石を置こうと『屋根を壊す場所』を探す。


 ロアンは準備をするリアを見ながら、ふと気づく。

 体が軽い。魔病になってからずっと、ほんの少しだけ怠いような感じが続いていたのに。ロアンはローブと袖をまくり、自らの腕に目を向ける。灰色の斑点が、魔病の証が消えている――


 リアは魔石に触れ、起動させる。ロアンは予定通り、リアの体を後ろから抱きしめる。

 魔王城の屋根が崩れ落ち、ふたりはまっすぐに、星のように瞬く灯りに向かって落ちていく。


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