91) 2周目 コルネオーリ城にて
ロアンとリアは厩舎の裏に転移する。
あたりの様子に、ロアンは緊張する。
(人が、多い)
この時間帯になぜ、西門の馬をつなぐ場所に人が多いのか。通常時なら考えられないことだ。
(誰か、外出していた王族が帰ってきたような雰囲気だ)
西門は、獣狩りか墓参りくらいしか王族は通らないはずだ。運が悪い。
(こう人が多いと、厩舎の前を横切れない。魔術院に行くには、どうしてもそこを通る必要が――)
「きゃ!」
リアが悲鳴をあげる。
ロアンは、あわててリアの口をふさぐ。
(く、くすぐったいー!)
リアの背を、馬の鼻が押したようだ。
「誰だ!」
(見つかった!)
ロアンはリアの手を引き、厩舎の横にある林へ連れて逃げようとするが、その前に王国騎士団の3人に囲まれる。3人とも騎士団の紺色の制服に身を包んでいる。
「あやしいやつがいるぞ!」
「なんだあの異様なお面」
「魔物か?」
(どうする、どうする?)
ロアンは、焦る。同期に、従兄弟に、先輩――本当に見知った顔ばかりだ。
騎士団の面々はあやしいふたりに侵入されているというのに、危機感よりも興味が勝っている様子だ。暇をしていて、暇つぶしを見つけたような空気感だ。
(なんだか、話を聞いてくれそうな感じじゃない?)
リアは緑色のフードをとり、一行を見つめる。癖のある黒髪を右肩のところで髪飾りでひとつに束ねた少女が、立っている。
「おい、可愛いぞ」
「あやしい奴と可愛い女の子だ」
リアは遠くから視線を感じ、そちらを見る。草を踏み締め、こちらに歩み寄る足音が聞こえる。
「やめたまえ、おまえたち」
声を聞き、ロアンは思う。
(最悪中の、最悪だ)
女性を虜にするような美しい声が、やわらかく響く。
「その少女は、俺の客だよ」
騎士団の3人は、深く礼をして道を開ける。長年の習慣からロアンも礼をしそうになるが、こらえ、お面をつけフードを深くかぶったローブ姿のままリアの後ろに立ち尽くす。
リアの前に、金色の長い髪の男性が現れる。仕立ての良い茶色のスーツに、薄灰色のベスト。白い襟付きのシャツに深い赤色のタイを結んでいる。
男性はリアに微笑み、手を差し伸べる。
「待っていたよ、お嬢さん」
(か、顔が良い!)
リアはびっくりする。こんなに顔の良い男性を見るのは生まれてはじめてだ。
(そして、ウィローにそっくり!)
絶対に血縁者だ。ウィローよりも濃い色の金髪はさらさらとしてまっすぐで、肩よりも下で揺れている。ウィローに似た青い瞳だ。違いと言えば、ウィローは美しさの中に可愛らしさもある顔立ちだが、男性は美しく男前といった感じだ。ウィローにはないタイプの大人の色気を持っている。
「ほら、お嬢さん。怖がらずに俺の手をとってごらん」
リアがおそるおそる手をとると、男性は手を引きリアの腰に手をまわして引き寄せる。男性とリアの体が密着する。
(ひー!)
リアは真っ赤になって狼狽する。
「エルミス殿下の『お客様』でしたか……」
「なーんだ」
「しっ 聞こえるぞ」
「うちの者がお客様にご無礼をはたらき、大変申し訳ありませんでした、エルミス殿下」
エルミスは騎士団の面々に微笑むと、リアの腰に片手を回したまま歩き出す。一瞬だけロアンを振り返り、射るような眼差しを向ける。
(こわい)
幼い頃に植え付けられたエルミスに対する恐怖心が抜けない。
(しかし、おれは、リアを守らねば)
ロアンはふたりのあとを黙ってついていく。
偶然か必然か、幸運にもエルミスは魔術院の方向に歩いて行った。リアの腰を抱いたまま。
(なんでこの人、腰を抱くの!? 近いよ!! 良い匂いがする!! に、似てるからって、ウィローじゃないのにドキドキしてるの、私、ダメじゃない!?)
リアが真っ赤になって狼狽えている一方で、ロアンは俯きがちに歩いている。
(このままリアがエルミス殿下の部屋に連れ込まれたらどうしようかと思ったが)
逆方向だ。嫌な予感しかしない。
人気のない魔術院の庭まで、何も話さずにエルミスは歩き。リアの腰から、手を離し。数歩歩いて、振り向いた。
雰囲気が変わる――
エルミスの顔に笑みはない。
「さて、美しいお嬢さん。先ほどから俺は、貴女の美しさが気になって仕方がない」
エルミスの視線はリアの胸の『お守り』に注がれる。
「貴女のその――美しいネックレスが」
エルミスはネックレスに触れようとする。手を伸ばしてエルミスの手を止めようかと思い――しかしそんなことはできず、ロアンは跪き、叫ぶ。
「おやめください!」
「……跪く前に、顔を見せるのが道理ではないのか?」
ロアンは震える手で仮面をとる。
エルミスは、意外という顔はしなかった。
「ルアン・カスタノ」
エルミスの青い瞳に、憂いの色がある。
「お嬢さん、そのネックレスは俺の亡くなった弟のものだ」
「お兄さん。やっぱり。似ていると思ったわ」
「初めまして、お兄様。私は、リア」
リアは緑色のローブの裾を開いて、カーテシーをする。
「初めまして、リア。そして久しぶりだな、ルアン・カスタノ」
エルミスは、ふたりに鋭い目を向ける。
「では、弟の居所を教えてもらおうか」
「お兄さん、ごめんなさい。それはできないの」
「何?」
エルミスは不満と不安の入り混じった顔をする。
「何故なら私たちも、今現在、探しているところだからよ」
「……生きているんだな?」
「うん」
「そうか……」
エルミスは片手で顔を覆い、長いため息をつく。
「……生きているのだろう、とは思っていたんだ。しかしこの5年、手がかりが何もなかったんだ――ルアン、もう立って良いぞ」
「どうしてですか? エルミス殿下」
ロアンは立ち上がる。なぜ生きているとわかったのだろうか。
「もちろん俺はアステルの死体を見たし、葬儀のときに何度も棺のなかのアステルに触れて死を確認した。ひと月は悲嘆に暮れていたよ。可愛がっていた弟が、自殺したのだから」
「自殺?」
リアが眉をひそめる。
「魔術の事故ってことになっていたんじゃ」
ロアンも当惑している。
「俺よりも魔術に長けた弟が、魔術の取り扱いを間違えるなど、俺には信じられん。アステルが数年前から心を病んでいた事を思えば、事故に見せかけて自ら命を絶ったのだろうとしか思えなかった」
エルミスはつらそうな顔をしている。
「俺はひと月、本当にまともではいられなかったが――気持ちが少し落ち着いてきたころ。葬儀のときからずっとミルティア妃に対して抱いてきた疑念が頭をもたげた。
ミルティア様は、葬儀からずっと、平然としていたんだ。一人息子が亡くなったというのに――自ら命を絶ったというのに、平然としていた。周りは『もともとそういう人だから』と言ったが、俺には信じられなかった。
許せずに部屋を訪ね、ミルティア様に激昂すると、彼女はただ冷静に俺を見つめた。俺は困惑した。そして気づいた。アステルは、死んでいない。そして死んでいないことをミルティア様は知っている、と」
リアはこそこそとロアンに聞く。
「ミルティア様ってだあれ?」
「アステル様のお母様です」
エルミスはロアンに鋭い眼差しを向ける。
「決め手は、ルアン・カスタノの失踪だ」
「……」
「え!? 生きていることになってたの?」
リアはびっくりだ。(死んだって言っていなかったっけ?)と。ロアンは顔を赤くしている。
「恥ずかしいのでリアには隠したかったんですが……私は『私も死んだことにしたい』と言ったのですが、アステル様が『すべてが終わったあと、ルアンは、コルネオーリに帰ってもいいんじゃない?』と言って、それを許してくれなかったんです……」
「アステルは自らの死を偽装し、失踪した。ルアン・カスタノを供として連れて行った。どうだ、あっているだろう?」
エルミスはロアンとリアの顔を見る。
「しかし理由がわからない」
エルミスは、リアの胸にある紫色の魔石を、再度見つめる。
「理由は、きみか? リア」
「そうだと思うわ。お兄さん、弟さんを私が連れて行ってしまって、ごめんなさい」
リアはエルミスに謝罪する。
エルミスは、すこし寂しそうに笑った。
「いや、いいんだ。きみのせいではない。弟が自分で決めたことなのだから。
しかし俺はアステルに会って、直接、文句が言いたいんだ。ミルティア様にそうしたように、俺にも別れを告げて欲しかったと」
「わかったわ」
リアはエルミスと約束する。
「もし今日、アステルに会えなくても、あとでお兄さんに会うように言うわ。約束する」
ロアンは勇気を振り絞ってエルミスに伝える。
「エルミス殿下、私たちは魔術院にアステル様を探しに来たんです」
「魔術院?」
エルミスは怪訝な顔をする。
「無礼を承知で申し上げます。魔術院に入る手助けをしてくださいませんか?」
エルミスはさらに、変な顔をする。
「お兄さん、私からもお願いするわ!」
「ルアン・カスタノではなく、弟の大事なお姫様の頼みであれば、聞こうか」
(この人相変わらず、おれを嫌ってる)
(あれ? ロアンと仲悪いの?)
リアはふたりの顔を見比べる。
「では、行こう」
エルミスはリアの腰を、もう一度抱き寄せようとする。リアは両手で拒み、離れようとする。リアは頬を染めて目を逸らす。
「も、もう腰を抱く必要はないんじゃ……」
「そうかい? 喜んでいるようだったから、俺に近くにいてほしいのかなと思ったんだが」
エルミスはリアをからかっているようだ。
「よ、喜んでないわ!」
リアは真っ赤な顔でぎゅっと目をつむり、叫ぶ。ロアンは思う。
(ウィローが見てたら、怒り狂って大変だったな……)
「しかし、あの弟が――アステルが、まさか駆け落ちするだなんて。恋愛に興味なさそうだったのに、いっちょまえになあ……」
エルミスはぼやく。
「か、かかか駆け落ち!?」
リアはさらに慌てふためく。
「違うのか? 死を偽ってまで、アステルは君のところに行ったんだろう?」
「と、当時わたし、10歳だわ!」
「恋に年齢が関係あるのかい?」
エルミスはリアの手をとり、笑いかける。
「な、ないわ……ないけど……」
狼狽しているリアの手の甲に、エルミスはキスをする。リアはふらつき、ロアンが支える。
エルミスは大笑いする。
「あー 可愛い弟はその彼女も、可愛いなあ!」
「エルミス殿下、そのあたりにしておいてあげてください……」
ロアンはエルミスにからかわれすぎて茹で蛸になっているリアのことを支えながら、リアに同情する。