9) 2周目 アズールの浜辺にて
2人分の麦わら帽子が、居間のテーブルに置いてあった。涼しげな夏用の服も、リアとロアンの分が。
「ウィローの分は?」
「ぼくはローブのフードを被るし、木陰から見ているよ」
「えー! 一緒に遊ぼうよー!」
リアは頬をふくらませる。
「ウィロー、見ているだけで暑いので、せめてローブはぬいで、薄手の布地を頭にかけるのはどうですか?」
「最近、ローブがないと落ち着かなくて……」
(私の主人はどうしてこうなってしまったのか……)
子どもの頃はあんなにキラキラと輝いていたのに、今の発言はジメジメすら感じる……とロアンは思う。
しばらくして、3人とも自分の部屋で着替えてきた。ウィローも渋々、という感じでローブを脱ぎ、涼しげな素材のズボンに、襟付きの白いシャツの長袖をまくっている。
「あはは、ロアン、麦わら帽子にあわないね!」
「そういうリアは……にあっていますね」
リアは、髪を白いリボンの髪飾りで肩のあたりでゆるく束ね、つばの広い麦わらをかぶっている。
真新しい涼しげな白いワンピース姿だ。
「リア、良かったですねえ、可愛い服を買ってもらえて……」
ロアンは苦労した甲斐があった、とホロリ、とする。
「ロアン、私、可愛い? 新しいお洋服はすごく嬉しいんだけど、似合っているか心配なの」
「似合っていますよ。ウィローはリアに似合う服を選ぶのが上手いですね」
「まあね。リアの服を選ぶことにかけて、ぼくの右に出るものはいないよ」
ロアンは少し首を傾げるが、ウィローがとても満足げなので、黙っている。
「私、自分で自分のお洋服が選べるようになりたいな」
「そのうちね。リアなら、絶対に上手に選べるようになるよ」
ウィローは屈んで、リアの麦わら帽子をぽんぽん、とする。そして帽子の中のリアの顔をのぞきこむ。
「とっても可愛いよ、リア。天使みたいだ」
「天使!?」
「天使!?」
リアは真っ赤になり、ロアンも(悪魔の間違いでは?)という感じだ。ふたりから聞き返されて、ウィローも少し頬を赤らめた様子だった。
アズールの街に来てすぐ、リアは「海に遊びに行きたい!」と言っていたが、家の片付け、魔道具探しと『帰還の魔法』の設定、服や日用品を買いに行ったり等々で、すこし時間が経ってしまった。
初夏の日差しが急に暑くなり、今日はちょうど良さそうだという日。朝、居間の窓を開けてウィローが、
「今日はアズールの浜辺に行ってみよう」
と提案し、2人分の真新しい服を出し、テーブルの上に置いたのだった。
リアはもちろん大喜びだ。
ロアンは、自分の服もあったことに感動しきりだった。
ーーーーーーー
「海って近くで見ると、遠くで見るよりもっと変なのね!」
ザザーッと寄せては返す、透明な波を見て、リアもロアンも目を輝かせている。
3人の生まれ故国、コルネオーリに海はない。本や絵で見たり、伝承で聞くのみだ。
「リア、ロアン、靴を脱いだほうが良いよ。ここの砂浜は砂の粒が細かいらしいから、裸足のほうが良さそうだ」
ウィローは靴を脱ぎながら言う。
「物知りですね、ウィローだって海ははじめてでしょう?」
「ギルドに行ったとき、聞いただけだよ」
ロアンもリアも靴を脱ぐ。
「裸足なら、海に入っても大丈夫ってことですよね?」
「問題ないけど、気をつけてね」
ロアンはせっかくの麦わら帽子を靴のところに置いている。リアに「似合わない」と言われたのを気にしているのだろうか。
「入ってみましょ、ロアン!」
「あっ リア、待って!」
リアは待ちきれずに走り出し、ロアンも慌てて後を追う。ウィローも、のんびりとふたりのあとを追い、波がこないぎりぎりのところに流木を見つけて腰掛ける。
「わあ、冷たーい!」
ザザーッと波がくると、リアとロアンの足元を濡らす。濡らしては、波はかえっていく。
「そして、不思議! どうして動きがあるのかしら?」
「不思議ですね……」
ロアンも緑色の目を輝かせて、波の動きを見ている。足元に来る波と、遠くに見える波は、まったく違うものに見える。
(どうして寄せては返すのかしら?)
リアは、いつまででも見ていられる、と砂浜をなぞる波を眺める。
(世界には不思議なことが、たくさんあるのね!)
白いワンピースの裾をたくし上げて、膝の上あたりできゅっと結ぶリア。足首だけではなく、ふくらはぎあたりまで海に浸かれるようにする。
「はしたないですけれど、仕方ないですよね」
ロアンもズボンの裾をまくり、リアについていけるようにする。
リアは、海水をおそるおそる手にすくうと、ロアンにえいっとかける。ロアンの顔がびしょびしょになる。
「やったな、リア……」
やり返そうとしたロアンは、あることに気がつく。
「……しょっぱい?」
「え、うそ! ほんとだわ、海ってしょっぱいのね……きゃ!」
指を舐めてみたリアに、その隙にロアンは海水をかける。ロアンは15歳の少年らしい、満面の笑みだ。
リアはロアンにやり返そうとして、あるものに気づく。
「ウィロー!」
リアが振り返り、大きく手を振ると、ウィローも手を振る。波で遊ぶリアの足には、火傷も、傷も、ひとつもない。
「ウィロー、みて! 船だわ!」
リアは、遠くに見える船を指さして笑う。
そんなリアの姿を見て、ウィローも本当に、幸せそうに笑った。