87) 2周目 ブランコ
リアが魔病について勉強してから、数日後。
ウィローが陰鬱屋敷の庭に転移してくると、ロアンが木に登っていた。ウィローは驚いてロアンを見上げる。
「きみは、相変わらず木登りが得意だねえ」
「おかえりなさい、ウィロー。おかえりついでにそこに落ちているロープをとってもらっても良いですか?」
ウィローが地面に落ちていたロープを拾って渡すと、ロアンは木の枝にロープを結ぶ。
「なにこれ?」
「ブランコです」
木の枝にはもうひとつ、すでにロープが結ばれている。2本のロープの先には木の板がついていて、地面の少し上で揺れている。
ロアンは木から降りて、ウィローのとなりに立つ。ウィローは紺色のローブに襟付きの白いシャツを着ていて、ロアンは襟付きの茶色の長袖のシャツだ。ふたりとも黒いズボンを履いている。
「村の人から良い感じの端材をもらったのと、リアの元気がないので、作ってみました」
「リア、元気がないの?」
このあいだも元気がなかった。
それで心配になって、ウィローは、もう一週あけようかと思っていたが早めにタフィに寄ってみたのだ。
リアが庭にでてくる。
「ロアン、ブランコでき……」
ウィローと鉢合う。
「ただいま、リア」
ウィローは微笑む。
「おかえりなさい、ウィロー」
リアはふたりの近くに来るが、ウィローにハグをせず、ロアンに話しかける。
「ロアン、ブランコできた?」
「できましたよ。リア、乗ってみますか?」
「乗ってみたいわ!」
リアは嬉しそうだ。
「ちょっと待って」
ウィローはふたりを止めて、木に手をあてて、何か詠唱して魔法をかける。
「これで大丈夫」
「何をしたんですか?」
「ブランコにも木にも強化魔法をかけたんだ。これで、どんな重い人が乗っても大丈夫だよ」
(今のは失言だろう)とロアンはウィローを見るが、ウィローは気づかないようだ。たぶん、リアの安全を考えて魔法をかけたのだろう。
「なにそれ」
リアは頬をふくらませる。
「どうせ私は、ウィローがずっと抱っこできないくらいの重さだわ」
「違うよ、リア。ぼく、ブランコって乗ったことないんだ。だから、ぼくも乗ってみたいなって思ったんだよ」
リアはウィローの困り顔を見て、すぐ、そっぽを向く。
「私もないわ」
「私はありますよ」
「いつ?」
ウィローがびっくりしてロアンに聞く。
「騎士団のみんなと遠方訓練に行ったときに乗りました、7歳のときに」
「ああ、そっか」
ウィローは(そんなこともあったっけ)という顔をする。
ウィローはリアの様子を伺ったあと、
「リアは軽いよ、ほら」
とリアを抱き上げようとするが、リアにさっと逃げられてしまう。
リアはブランコに座る。
「また重いって思われたらたまらないわ」
ウィローはロアンに目配せする。
(どうしてリアはこんなに機嫌が悪いの?)
と顔に書いてある。ロアンは肩をすくめてみせる。ウィローに伝えるすべがないが、ロアンは思う。
(……リアは、強がっているんだろうなあ)
数日前、リアとウィローについて話をした夜、リアは自分の部屋で大泣きしていた。ロアンはリアをなぐさめたかったが、ためらい、部屋に入ることができなかった。リアにかける言葉が見つからなかったからだ。
翌朝は元気がなかったが、泣き腫らした目で、無言で神聖医術をかけにきてくれた。翌々日にはもう、ロアンにはいつもどおり振る舞うリアだった。
しかし今日は、ウィローとどう接して良いのか戸惑っている様子だ。
ウィローはリアの背を押したいようだが、そわそわしながらも躊躇しているので、ロアンが代わりにリアの背を押す。
リアは笑う。
「これは、楽しいわ! もっと小さな頃に乗ってみたかったな」
「アズールの家に作ればよかったね」
ウィローがすごくしょぼん……としているので、ロアンはいたたまれなくなる。
「ああ、そういえば、私、テイナと約束していたんでした」
「え!?」
リアは背を押していたロアンを振り返り、服をつかんで小声で頼む。
「ロアン、行かないで! お願いだから」
「いいえ、行きます」
ロアンはリアの頭に手を置いてわしゃわしゃ、とすると、しょぼんとしているウィローに声をかけて立ち去る。
「じゃ、ウィロー あとはよろしくお願いしますね」
ウィローはロアンの声に(なんとかしてくださいね)の響きを感じ取る。
(そういわれても……)
ウィローは、困る。
「つぎ、ウィローの番だわ」
ふたりきりになり、ウィローがリアの背を押そうかどうしようか悩んでいるうちに、リアはブランコから飛び降りる。ウィローは落ち込んだまま、ブランコに座る……両足を地面につけて、すこしブランコを前後に揺らしたあと、止まる。
「ウィロー? 私が押そうか?」
リアはウィローの後ろにまわりながら聞く。
「いや……これ、」
ウィローは変な顔をしている。
「ぼく、苦手かも」
リアは思いっきりウィローの背中を押したい衝動にかられるが(流石にかわいそうかな……)と躊躇してやめる。たぶん、12歳だったら押していた。リアはもう14歳なので押さなかった。
リアはウィローの前にまわる。ウィローはリアがあまりみたことのない渋い表情をしている。
「ウィロー、怖いの?」
「怖くない……って言いたい」
ウィローは目をつむって、口をぎゅーっと結んでいる。
(言いたい、ってなに)
リアは吹き出しそうになるのをこらえる。
「見ている分には面白い動きだな、って思うんだ。計算してみたい動きだよ。けど、乗るのは遠慮したかったかも……」
リアは、ブランコに乗るウィローの膝に座って、ウィローを見る。
「これで、怖くない?」
ウィローは微笑む。
「怖くないけど、降りられなくなった」
「慣れたら楽しいかもしれないわ」
しかし、ブランコはまったく動かない。リアは少し楽しい気持ちになる。
リアの表情が明るくなったことと、膝に乗ってくれたことで、ウィローはホッとしたようだ。
「リアは機嫌、なおったの?」
「ウィローにも怖いものがあるんだな、って思ったら、安心したの」
「ぼく、怖いことだらけだよ」
「うそぉ」
「ほんと、ほんと」
ウィローは笑う。
ブランコから、リアが育てている植物が見える。春に向けて、つぼみがついている花々だ。花のつぼみを見ながら、リアは聞く。
「ウィローはどうして、私に、私の魔法を教えてくれたの?」
ウィローもリアの育てている植物に目を向ける。
「リア、お花を育てるのは、楽しい?」
「楽しいわ、大好き」
「そうかなって思ったんだ」
リアが育てている植物を見るウィローの眼差しは、とても優しい、とリアは思う。
「ねえ、ウィロー」
リアはウィローの膝に座ったまま、顔を見ずに聞く。スペンダムノスで、湖のボートの上で聞いたことを、もう一度聞く。
「ウィローは、ウィローになってよかった?」
あのときは、何も知らない小さなリアだった。今は、もう違う。
「私と会えて、よかった?」
「もちろんだよ、リア」
すぐに、優しい声が返ってくる。
リアはブランコから降りて、ウィローを見る。
「ねえ、ウィロー……私こそ、ありがとう」
「? どういたしまして、リア」
リアは、ウィローとはじめて会ったときに「ありがとう」と言われたことを思って、お礼を言う。
そんなことはつゆ知らず、リアにあたたかく微笑むウィローを見ながら……やっぱり、何があっても、教会には行きたくないなあとリアは思う。
教会は、ウィローの敵だからだ。
(私は、ずっとずっとウィローのそばにいたいな)
リアは、心から願う。