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85) 2周目 雪の日


 珍しくタフィのコミューンに大雪が降った。

 夜中にルーキスが魔術を用いたので、屋敷の門から玄関にかけては雪が溶けている。しかし、庭には雪がたくさんつもっている。

 朝、ロアンとリアは、庭に出て雪かきをする。まだはじめて少しだか、リアはもう音を上げている。


「やっぱり、お父様に魔術で溶かしてもらいましょ」

「『夜に動いて、お父様は寝ているから』と言ったのは、リアでは?」

「……ロアンもあんまり無理したら良くない気がするわ」

「私はもう大丈夫ですよ、リア。毎日、貴女に神聖力をあてて貰っていますし……」


 魔病は、高熱が出る短い期間と、皮膚症状以外はまったく自覚症状がない長い期間とが繰り返し訪れる病だ。ロアンは今、日常生活を過ごすのに何の問題もない。でもリアは『ロアンが寝込んだ恐怖の日々』を過ごしてから、ロアンの体をいつも心配している。


「庭がこれだと、剣の鍛錬をする場所がありません。朝に鍛錬しておかないと落ち着かない。先日の一件で、だいぶ身体が(なま)っていますし……私とリアにとって雪かきは良い運動ですよ」


 ロアンはリアにいじわるを言う。

「リアは運動しないで食べてばっかりいるので、そのうちにぶくぶくに太って、ウィローに呆れられますよ」

「ウィローは私が少し太ろうと『ぷくぷくして可愛いね、リア』って言うわ。それに、逆に私は太りたいの! こんな痩せっぽっちじゃなくて。胸とかもっと、テイナくらいあったらなあって思っているの」

「胸とかって」

(おれに言うことか?)とロアンは呆れる。


 突然、雪かきで雪をためた場所に何か落ちたような音が聞こえて、ロアンはリアを守ろうと慌てて抱き寄せる。雪の山が動いている。(生き物?)ふたりが警戒して見ていると、ウィローが雪のなかから顔を出す。ウィローの頭にもローブにも雪が山盛りに積もっている。足はまだ雪の中だ。

「やあ、ロアン、リア。すごい雪だねえ」

「なんでそんなところに転移してくるんですか……?」

 ロアンはウィローを救出しようと、手を伸ばす。

(もう手も、自分のほうが大きいな)

 ウィローの手を握り、ロアンは気づく。


「雪が降ったなんて知らなかったんだよ、ぼく。暗いところからきたから」

「ウィロー、暗いところに住んでいるの? 本当に魔物っぽくなっているような……」

 リアが心配そうに声をかける。

「魔物っぽくなってるかもって目で見てるからぼくが魔物に見えるんだよ、リア。

 もっとほら、心の目で見て」

「心の目?」

 リアは目をぱちくりすると、雪だらけのウィローに両手を広げて駆け寄る。


「ウィロー、おかえり〜!」

「ただいま、リア」

 リアはウィローをぎゅーっと抱きしめる。

「大好きだよ〜!」

「ぼくもリアが大好きだよ」

 ウィローはひしっとハグを返す。

「本当に付き合っていないんですか?」

 ロアンは呆れる。


「心の目で見たら、大好きだなあって思ったの! そんな大好きなウィローに、私、お願いがあるんだけど……」

「リアのお願い? なんだろう」

「あっ リア! こら!」

 ウィローは小麦色の髪を揺らして、優しく笑いかける。ロアンは察する。


 ウィローが魔術で、ほんの少しの時間で庭の不要な雪を溶かしてくれて、リアは大喜びだ。

「こんなことで良いの?」

「かんぺきよ、ウィロー! ほっぺにチューしてもいい?」

「いいよ」

 ちゅ、とリアが頬にキスをすると、ウィローは少し気恥ずかしそうにしている。ロアンが見ているからだろうか。ロアンはもうツッコミを入れる気力もない。


「さ、雪が溶けたなら、リアは私の剣の鍛錬に付き合ってもらいますからね」

「え! 運動いや〜〜 お花のお世話がしたい〜〜 ウィロー、たすけて〜〜」

「ロアン リア、嫌がってるみたいだよ」

「ウィローはリアに甘すぎです!」

 リアがロアンに引きずられていくのを見て、(かわいそう……)という顔をしながら、ウィローはふたりのあとをついていく。



 剣の鍛錬から雪遊びになり、3人でたくさん遊んで笑ってから、屋敷に戻ってお茶を飲む。部屋の中は暖炉に魔術の火があり、あたたかだ。


「ロアン、珍しく長袖だね」

 ウィローが指摘する。

「きみっていつも部屋の中だと半袖のイメージがあったんだ」

「外はこの寒さですし……あと、テイナがお兄さんのお下がりをたくさんくれたんです」

「そっか。それは着ないと悪いよね」

 ウィローはあたたかいお茶を飲みながら、微笑んでいる。

「逆にウィローは長袖のイメージが強いですね」

「そうかも。だって、まくれば良いかなって」


 リアはハラハラしながらふたりの会話を聞いている。ロアンがだいぶ回復した日に、お茶を飲んだときを思い出す。


ーーーーーーー


 ロアンの部屋で、ロアンとリアはお茶を飲んでいる。


「私の病気は、魔病でした」

「魔病?」

 リアは眉をひそめる。

「……って何?」

「医学的にはマヴロ病といいます。通称が魔病、もしくは魔王の呪いです。マヴロス大陸独自の病です。リア、基礎教養ですよ。本当に知らないんですか?」

「知らない……」


 ロアンは、リアに告げる。

「リア。魔病は、死に至る病です」

「え!?」

 リアの顔が青ざめる。

「しかし、すぐに死ぬものではありません。5年から10年くらい猶予があります。そして魔病は、原因がはっきりしています」

「原因?」

「魔王の遺骸です」

「え? え、どういうこと?」

 急に『魔王の遺骸』がでてきて、リアは混乱する。


「マヴロス大陸はかつて魔王のものだった。魔王が倒されて8つの国ができた。ここまではリアも知っていますか?」

「うん、だから魔王城が残っているんだよね」

「城には『魔王の呪い』……ウィローが『魔王の遺骸』と呼んでいるものと同じものですが、それが封印されています。アサナシア教会が封印の儀式を百年に一度行っています。儀式が近くなると古くなった封印から魔王の呪いが漏れ出して、普段、私たちが触れている空気のなかに漂います。魔王の呪いに触れ続けると人間は魔病にかかります。今がちょうどその時期なので、魔病にかかる人がたくさんでています、流行しているんです」

 ロアンはリアに、右腕の皮膚に浮かぶ灰色の点々を見せる。

「この皮膚の変色が、魔病の特徴的な症状です。それから、大事なことなのですが……魔病は不思議なことに、魔王の遺骸が再封印されれば、全員が、完治する病なんです」


(ウィローは『魔王の遺骸を封印する』と言っているから……じゃあ、ウィローの封印が成功したら、ロアンの病気は治るってこと? ロアンは死なないってこと、だよね)

 リアは頭の中で情報を整理する。



「私は、リアにお願いがあります」

 ロアンの緑色の目が、リアをまっすぐに捉える。

「私は魔病にかかっていることを、ウィローに隠したいんです」

「え?」

 リアはびっくりする。


「え……ちゃんと、ウィローにも話そうよ、ロアン」

 ウィローはロアンのことも、すごく大切にしている。病気だって知ったら、なんだってしてあげたいはずだ。それに……

「内緒にしたら、ウィロー、あとで知ったときに傷つくよ」

 リアはまっすぐにロアンを見つめる。


「私たち3人の『魔王の遺骸の封印』が、うまくいけば……それまで隠しとおせれば、傷つきません。傷つけません」

 ロアンはリアを見つめ返す。

「隠しとおすためには、リアの協力が必要です。魔病は、神聖力によって進行を抑制することができる病だからです」


 ロアンはリアに懇願する。

「お願いです、リア。私の病気の進行をおさえる手助けをしてください。そして、ウィローに病気を隠すことも、手伝ってください」


 リアは戸惑いながら、ぽつり、ぽつりと言葉にする。

「ロアンの病気の進行を、おさえたいのは私も同じ。私、毎日、ロアンに神聖医術を施すのをがんばってみる。マヴロ病について、ちゃんと勉強するね」


「でもウィローに、隠すことは反対。手紙を書いて、ウィローにもちゃんと話をしよう?」

「絶対に嫌です」

 珍しくロアンが頑なで、リアは驚く。

 ロアンは、切羽詰まった声だ。


「お願いだ、リア、頼むから……あの人、これを知ったら、魔王の遺骸の封印を急ごうとするはずだ」

 ロアンが感情だっている。今にも、泣き出しそうだ。

「それこそ、あの人自身を代償にしてでも、魔王の遺骸を封印しようとするはずだ!」


 ロアンは、机の上に置かれたリアの手を、両手で握る。大きなあたたかい手が、震えている。リアは、ロアンの恐怖を感じとる。


「お願いです、リア。ウィローはいま、封印について安全な方法を探している最中であるはずです。そんなところに私が魔病になったなんて知ったら……私は、ウィローのことを失いたくない。せっかく最近、幸せそうなのに」

「失うだなんて、そんな……」

 リアには、想像がつかない。

 けれどリアは、青い小箱に丁寧に納められたアズールの家の鍵を見たときの、心臓がぎゅっとなる気持ちをふたたび思い出す。


「……わかったわ、ロアン。ロアンが隠したいなら、私、協力する」


ーーーーーーー


「リア リア、起きて」

「え!?」

 気がつくとウィローの顔が真近にあって、リアはハッとする。リアは居間の椅子を窓に寄せて、積もった雪を見ているうちに少し眠っていたようだ。


「こんなところで寝たら風邪を引くよ」

「あれ、ロアンは?」

「テイナのところに出かけてくるって。雪でどうしているか心配だってさ。ルーキスも今、いないみたい」


「リア、元気ないね。体調悪い?」

「あの、体調は悪くないの。なんか、こう……なんだろう? 心細い?」

「え」

「みんなといるのにひとりぼっちみたいな……そんな感じ」

 ウィローは気持ちが傷ついた様子を見せた。(ぼくがいるのに心細いの?)と顔に書いてある。


「ぼくに何か、してあげられることはある?」

 リアは黙り込む。

(本当はウィローに洗いざらい聞いてほしいけど、できないから、)


「ウィロー、」

「ん?」

「抱っこして」

 リアは両手を広げる。

 ウィローはリアを、お姫様抱っこで抱き上げる。リアがウィローの首のうしろに手をまわしたので、顔が近い。藍色の瞳のなかに、リアが映っている。

(なんかこれ、雰囲気が、)

 リアはウィローに顔を近づけてみる。

(自然と、キスできそうな――)


 急にウィローは、リアを抱っこしたまま、ソファーに座った。すとん。そして、リアをウィローの膝から下ろして、となりに座らせる。

「……ぼく、運動不足かも。ずっと抱っこしていられなくて、ごめんね」

 ウィローの頬が赤い。リアは(ウィローが逃げた)と思う。ウィローは、リアと良い雰囲気になって慌てて座った感じがあったからだ。

(でも、良い雰囲気だったってことだよね?)

 リアの作戦が効いているのかもしれない。名付けて『ウィローの幸福度を下げずに、地道に好意を伝え続ける作戦』だ。


 ウィローはとなりに座ったリアの肩を抱き寄せて、ぽん、ぽんと優しくたたいた。

「リアはひとりじゃないよ、ぼくがいつでも味方でいるからね」

 ウィローの微笑みを見て、リアは罪悪感でいっぱいになる。

(ロアンのあんな顔を見ちゃったから、協力するけど……胸が痛い)

 大好きなウィローには正直でいたい、と思いながら、リアは微笑みを返す。

「ありがとう、ウィロー」


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