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84) 2周目 神聖医術


 深夜、リアは泣きそうになりながらルーキスの部屋の扉をノックする。

「お父様、私です、リアです」

 反応はない。寝ているのだろうか。いや、起きているはずだ。だって父ルーキスは、夜に生きる魔物だから。

「お父様、助けてください」

 リアはルーキスに助けを求めるのは本当に嫌だった。でも、ウィローは昨夜帰ったばかりでしばらくは来ない。ロアンの熱はどんどん上がって苦しそうに息をしていて、このままでは死んでしまうのではないかと恐ろしくなって、リアはルーキスの部屋まで走ってきたのだ。


 沈黙のあと、いつもどおりの険しい顔をしてルーキスは部屋から出てきた。

(相変わらず、娘のことを1ミリも大事に思っていない、冷たい目をしている)

とリアは思った。



 高熱のロアンを見て、ルーキスは言った。

「シンシア、貴女は神聖医術の心得がありますか?」

「ないわ、そんなの」

「私は少し理解している。私の教えるようにロアンくんに対して神聖力をあててみなさい」

 ルーキスはリアに似た瞳で、じっ……とリアを見つめる。

「それから本を持ってくるので、勉強なさい」

「お医者様を呼ぶのではないの?」

 まさか『リアが治せ』と言われるとは思っていなかったので、リアは不安になる。


「タフィの村は医術の水準が低い。そしてもちろん、タフィの村に神聖医術院はない」

 ルーキスはリアをにらむ。(少なくとも、にらまれているとリアは感じる)

「私は、貴女以上の適任者はいないと言っているのです」

「ロアンは大変な病気なの?」

「そうかもしれません。死にはしないが、苦しんでいる。貴女は、彼を苦しませたくなくて私を呼んだのでしょう。

 彼の苦しみを和らげる方法を、自分で勉強なさい」


 ルーキスはそう言って、リアに『熱があるときの神聖力のあて方』について説明をする。説明ののち、リアを残して部屋を出る。

 リアはルーキスに教えられた通りに手をかざし、神聖力をロアンの額にあてる。焦りからかうまくいかない。


 ルーキスがもう一度来て、本を2冊リアに渡す。こちらから読むように、と1冊を上にする。そしてすぐに部屋を出ていき、もうそれきり戻ってはこなかった。

 部屋にはベッドに横たわり、高熱で苦しそうな息をしているロアンと、リアだけが残された。


(こんなときウィローなら、ずっと一緒に居てくれるのに! 私をひとりで残したりしないのに……)

 リアは心細くて泣きそうになる。部屋を出て行った冷たい父の背中をうらむ。

(お父様は、ロアンは死なないって言った。でも、人間の熱じゃないような高熱だわ。苦しそう。ロアンが死んじゃったらどうしよう。私が神聖力をうまく使えないせいでロアンが死んだらどうしよう)

 リアは、神聖力をあてる手の震えに気づく。ぎゅっと目をつむる。

(ウィロー、助けて!)

 ウィローに助けを求めたい。手紙を書いて、もう一度(ウィローに手紙を送ってもらうように)父に縋り付くか、それか足の速そうな魔物に託して……。


 ロアンの声が、頭のなかに浮かぶ。

『だから私、ウィローに生きていてもらうためには、楽しくて幸せな時間を一緒に過ごすことだってそう思っているんです』

 ロアンの、ホッとする大好きな笑顔も。


(……だめ。ウィローを頼っちゃダメなんだ)

 きっとロアンは、ウィローを頼りたいと思っていない。心労をかけたいと思っていない。


(私ってなんて意気地なしなの。今、苦しいのは、ロアンなのよ。ロアンを助けたいなら、私にできることを、なんでも、するしかないじゃないの!)

 リアは唇を噛む。一旦、神聖力をあてるのをやめて、走って自室に戻る。深呼吸をして、覚悟を決める。『ウィローのお守り』を首に下げ、ロアンが縫った白いリボン付きの『髪飾り』で高い位置で黒髪をまとめる。


 ロアンの部屋に戻り、ロアンがよく勉強している机でルーキスが渡した本を開く。1冊目は神聖医術についての基本的なことが書かれた本だった。開いてリアは、本にペンで書き込まれた文字の量に驚く。

(お父様の字だわ)

 きっと、魔物であるルーキスに神聖力は扱えない。そのルーキスが、どうして神聖医術を勉強したのだろうか。

(……お母様の病のために?)

 ルーキスの書き込みは非常にわかりやすく、リアの理解を助けてくれた。


 リアが神聖医術の基礎的なことを理解する頃には、夜が明けていた。さらに、熱の下げ方を理解するのにもう少し時間を要した。

 リアは昼前ごろから、ロアンにもう一度神聖力をあてることを試みる。熱は下がらないが、眠りは穏やかになったように感じた。

(神聖医術の効果によるものだと良いな)

 リアは、拭える範囲のロアンの汗をタオルで拭い、毛布をかけなおす。


 神聖医術は『相手に対し、愛があるほど効力が高い』と本にあった。ルーキスがロアンの熱を下げるのに「貴女が適任だ」と言った理由だ。


(それならお母様の病気は、私が神聖医術を使うのが一番効力が高かったのではないの?)

 しかしルーキスもリーリアも、リアに神聖力があることを教えなかった。アサナシア教会についても教えなかった。ウィローと同じだ。彼らは全員、リアを教会に奪われないように? 同じことをした。リアにはっきりとした理由はわからないが、彼らは、リアのためにそうしたのだ。

(お父様とお母様が『私のため』を考えなければ、お母様はもう少し長生きできたんじゃ……)

 もう遅い話だ。

 ただ、本の書き込みに触れるたびに、父が母をどれだけ愛していたかを思い、リアは悲しくなった。

(そりゃ、私のことを愛せないよね)

 リアが居たから、父と母は離れて暮らしていた。リアが居たのに、母は早くに亡くなった。すべて、リアのために。



 ルーキスの部屋を訪れた翌朝からメイドが、リアの食事と水をロアンの部屋に届けてくれるようになった。

(お父様が伝えたのかな?)


 リアはロアンに神聖力をあて、必要な部分の勉強をし、また神聖力をあてることを繰り返す。リアは生まれてはじめて、寝食を忘れる経験をする。途中でふらふらしてきて、せめて食べないとダメだと気づく。神聖力の源は体力なのだ。

(ロアンがあのとき、どうしてあんなに怒ったのか、今わかった)

 リアがウィローにお守りを投げつけようとしたときに。あとからもロアンに言われた。ウィローは寝食を忘れて、『ウィローのお守り』を作ったのだと。

(このお守りには、ウィローの愛がたくさん詰まっているんだわ)

 そう思って胸にかかったお守りを撫でると、リアはまた、力が湧いて来るのを感じた。


 ロアンに神聖力をあてて、限界がきたら寝て、起きて、ロアンの看病をして、わからなくなったら本を読み、また、神聖力をあてた。



 メイドが夕食の配膳や下膳をするタイミングで、ルーキスが開いた扉の隙間からリアの様子を見ていることに、三日目の夜にリアは気づく。

 四日目の夜、目に隈のあるリアは急いで扉を開けて、ルーキスを捕まえる。

「お父様!」

 ルーキスは相変わらず無愛想な表情だ。

「なんでしょう、シンシア」

「ここがわからないの、教えて!」

 2冊目の神聖医術の本のわからない部分を、ルーキスに聞く。ルーキスは噛み砕いてリアに教える。

「お父様、ありがとう!」

 お礼を言ったリアに。ルーキスが、少しだけ微笑んだ気がした。

(私、疲れすぎてとうとう幻覚を見るようになっちゃったみたい)



 うとうとと、ロアンに神聖力をあてながら、リアは気づく。


 たとえば、目の前に川底が針だらけの川があって……ウィローは「そんな危ないところに行かなくて良いよ、リア。代わりにぼくが行くよ」と言うだろう。どうしてもリアが行かなければならないとき、ウィローはリアをお姫様抱っこして一緒に渡るか、リアに魔法のかかった靴を授けるだろう。「大切なリア、大好きだよ」と愛の言葉を添えて。


 ルーキスは、リアに板と釘とカナヅチを持たせて「渡りなさい」と言うだろう。リアが汗水垂らして、手が豆だらけ泥だらけになりながら橋を作って、失敗して足に針が刺さって血が出ても、ルーキスは何も言わないだろう。成功しても、労いもなにもないかもしれない。でも、ずっと、見ているだろう。リアが成功したり失敗したりしながら、自分の足で立つのを。


(それが、お父様の愛なんだ)

 リアは涙がにじむ。

(わかりづらいけど、あの人べつに、愛していないわけじゃないんだわ。そうだったんだ……)

 ひとりで泣きながら、リアは、ロアンに神聖医術を試み続ける。



 五日目の朝、ロアンの熱が下がり始める。

「やった……!」

 リアは嬉しくて、パンを頬張ったり水を飲んだりしながら、また、神聖力を使う。

 昼過ぎにロアンの額を触り、ほぼ平熱に近づいたのを確認すると、糸が切れたようにリアはロアンのベッドに倒れこみ、眠る。


ーーーーーーー


 夕方、ロアンは目を覚ます。

 一体、何日眠っていたのか。喉がカラカラだった。うすぼんやりとした記憶の中で、リアが泣きながら頑張っている姿を覚えていた。「私、がんばるから! ロアンもがんばってね!」リアからの励ましの声も。

 リアは椅子に座り、上半身だけベッドに倒れ込んでいる。ロアンは起き上がるとリアの髪に触れて、ベトベトだと気づく。一体何日、水浴びしていないのだろう。いつだかのアステルのようだ。


 腕に違和感を感じて、目を落として見ると、灰色の点々に気づく。こするが、取れない。いつだか、見た覚えのある点々だ。


(おれは、魔病にかかったのか)


 大変なことのはずなのに、不思議と安心した。こんなに辛い、苦しい、地獄のような熱。すぐ死ぬ病でもおかしくない、リアが居なかったら死んでいたようにも感じられた。しかし魔病は、死ぬまで5〜10年と言われているはずだ。いずれ死ぬとしても、すぐ死ぬような病ではなくてよかった。


 ぼんやりとした頭の中で、なぜか、ウィローの顔ばかりが浮かぶ。熱を下げるために死に物狂いで頑張ってくれたのはリアなのに、なぜだろう。


 物語の本を貸して欲しいと、恥ずかしそうに告げてきたウィロー。庭でリアを後ろからハグして得意げに見てくるウィロー。先日、リアとふたりで幸せそうにしながら、ごはんをたくさん食べていたウィロー。


 ニフタが見せた夢の中で肉片となっていた、その姿。


(これは、ウィローの背中を押しかねない)

 ロアンは、恐怖する。

 自分が死ぬことよりも、もっとロアンにとって重大なことに気づいて。


(ウィローの魔王の遺骸の封印の準備が、どこまで進んでるかわからない。でも多分まだ、完璧ではない)


(なのにおれが魔病にかかったなんて知ったら、ウィローはきっと、封印を急ごうとする)


 病気のロアンの存在が、ウィローの首を絞めることになる。


(ようやくあの笑顔が戻ってきたのに、あの笑顔を失いたくない、苦しめたくない)


 腕をかきむしりたい気持ちにかられる。この点々を無くしたい、今すぐに。


(どうすれば、ウィローに隠すことができる?)


 混乱する頭で、朦朧と、藁を掴むように手を伸ばして掴んだ先。


「痛!」

 ロアンは、リアの髪をひっぱってしまう。

「ロアン……」

 リアは黒い瞳をまるくして、それから、ぱああっと表情を明るくした。


「リア、ごめんなさい!」

 ロアンはガラガラの声で焦る。今回の大恩人の髪を引っ張って起こしてしまうなんて。

「ロアン!」

 リアは髪のことなんて、気にしていない。ロアンに抱きつき、ボロボロに泣いている。とっても嬉しそうだ。

「もう起きないんじゃないかと、何回思ったかわからないわ!」

「大げさな……私は丈夫ですから、大丈夫ですよ」

 ロアンは無理をして、リアに微笑もうとする。

「ロアンが丈夫だなんてもう、信じないわ! 本当によかった〜!」

 リアは喜んで、ロアンのことをぎゅーーっと抱擁する。


 抱擁してくるリアのベタベタな頭を、ロアンは抱き返す。震える手にぎゅっと、力をこめる。

「……リア。助けてくれて、本当に、ありがとう」

「どういたしまして!」

 ロアンが手を離すと、リアはお花が咲いたような笑顔で、ロアンに笑いかける。


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