83) 2周目 14歳の誕生日と、その翌日
ウィローとの喧嘩と和解のあと、リアは居間に向かいながら、ウィローを振り向く。
「蜘蛛のことは私、まだ、怒っているからね。罰としてウィローは今日一日、私と一緒にいてね!」
「……床の掃除をさせられるの?」
ウィローは何故かそう聞いた。ウィローにとって『罰=床の掃除』なのかな、とリアは笑う。
「違うわ、いつもどおりの一日を過ごすの!」
ウィローとリアは一緒にケーキを焼いたり、それを食べてリアの誕生日をお祝いしたり、花の世話をしたり、並んで読書したりして、いつも通りに過ごす。お祭りには行かずに、ふたりで。
夕方にロアンが一度帰ってきて、お祭りの話をふたりに聞かせてくれる。夕食を食べるのに加わってから、ロアンはもう一度出かけていく。きっとテイナとダンスをするからだとリアは思う。
夕食のあと、リアがウィローにいつ帰るかを聞いたら「深夜に帰るよ」というので、リアはウィローにもうひとつ『わがまま』を言う。
「私、ウィローにもうひとつお願いがあるんだけど」
「なに?」
「ウィローにおまじないをかけてほしいわ」
いつもの調子を取り戻しつつあったウィローは、急に警戒する……リアがあんなことをしたので、当然だった。
「……リアがもう、キスしてこないなら、いいよ」
「今日はもう、しないわ」
『今日は』を強調しながらリアは言う。
部屋に戻り、ベッドの上に座るリアにウィローは聞く。
「どんなおまじないをかけてほしいの?」
「いつもどおりがいいわ」
リアは『ウィローのお守り』を外して、ベッドのそばのテーブルの上に置く。リアは、黒い髪と黒い瞳の女の子から、白い髪に青みがかった灰色の瞳の女の子になる。
お守りを外したリアを見て、ウィローは背筋がゾッとし、緊張した。リアの神聖力が、すごく強まっていたからだ。お守りをつけた状態でも強まっているとは薄々感じていたが、外すとより顕著だった。
「リアは『リアの魔法』の練習を続けているの?」
リアは『神聖力の練習について、ウィローにはなるべく隠そう』とロアンが話していたのを思い出す。心配するだろうから、と。
「え!? ええ、まあ、ね」
「どうして?」
「ウィローの……ええと、人の役に立てたいからかな?」
ウィローはそれに対して『良い』とも『悪い』とも言わなかった。だが、難しい顔はした。
「リア、13歳の誕生日の贈り物は持っているよね」
「もちろん、あるわ」
リアは13歳の誕生日に、ウィローから怪しい、赤い小さな魔石が数珠繋ぎになったブレスレットをもらったのだ。
「タフィの外に出る時は、かならず肌身離さず持ちあるくこと。約束して」
「教会につかまっちゃうから?」
「簡単に言えば、そうだよ」
ウィローはすごく心配そうだ。
「ねえ、あれってウィローの血でできてるの?」
「……ぼくも、自分の血でできたものを渡すのって本当にセンスがないと思ったんだけど、神聖力を覆い隠す魔術を込める魔石の精製は、どんな魔物よりもぼくの血が一番効果が高かったんだ……ぼくは魔物じゃないけどね」
だんだん「魔物じゃない」の信憑性が薄くなってきた、とリアは思う。ウィローが蜘蛛をあやつったりするからだ。
「リア、ぼく、今年の贈り物を渡していないね」
「そういえば、そうだったわ」
リアにとってみたらウィローとふたりで過ごせるだけで最高の一日だったので、贈り物のことなんてすっかり忘れていた。
「リアが寝たら、枕元に置いておくから、明日の朝のお楽しみにしていてね」
「ウィロー、枕元に何か置いていってくれる妖精さんみたいね。どんな贈り物なの?」
「大切なリアへの大切な贈り物だよ」
ウィローは微笑む。
「楽しみにしているわ。ええと、それから、おまじないの前に……」
リアはそわそわっとする。
「ウィロー おやすみのキスは?」
「そんなのしてたっけ」
「頬にキスは家族でもするって言ったのは、ウィローだわ」
「そんなこと言ったっけ」
「言ったわ」
ウィローは少し考え込んでいたが、(仕方がないなあ)という感じで、リアがベッドに置いている手の上に手を重ねた。
「……おやすみ、リア」
ウィローはリアの頬にキスをする。
リアは嬉しそうにくすぐったそうに笑う。
リアは久しぶりにウィローが自分に魔法をかけるぼんやりとした灯りを見ながら眠りにつく。最高に幸せな誕生日だと、思う。
ーーーーーーー
リアが寝たあと、ウィローはリアが外した『シンシアのお守り』に手を伸ばす。ベッドのそばに椅子を寄せて、リアの可愛い寝顔を見ながら、お守りを両手の中に入れる。
(落ち着く……)
お守りが完成してからリアに渡すまでの約6年、苦しい時期を一緒に過ごしてきたので、重みと触り心地が他のものにはかえられないものがあった。ずーっと持っていたい、触っていたい、と思うほどに。
お守りを触りながら、リアのことを眺める。今日改めてウィローは、(この子は本当に突飛なことをする子だ、危なっかしい子だ)と思った……怒らせてリアにそうさせた原因はウィローのようだったが、それは置いておいて、そう思った。
(自分に対してだからいいけど……他の人にあんなことしたらと思うと本当に……)
『ウィローにしか、しないわ』
リアはそう言った。そうなんだ、と困りつつも嬉しくも思う自分が本当に嫌だな、とウィローは思う。
魔王城で、ウィローは気づいた。
(ぼくは、シンシアと同じで亡霊に過ぎない)
(なのに生きることへの執着が、未練がましくて本当に嫌になるよ)
ずっと可愛いリアと一緒に居たい、成長を見守りたい、と思ってしまう……今日の出来事は少々びっくりだったが。
ウィローはローブのポケットから青い小箱をとりだす。用意してきたリアへの14歳の贈り物だ。たぶんリアは、仰天してつっ返してくるだろう。
(でもぼくは、リアにあげたいから、あげるね)
ウィローは小箱をテーブルの上に置く。『シンシアのお守り』も、名残惜しくも同じ場所に戻す。
それからもう一度、リアの寝顔を眺める。リアの黒い髪をすくって撫でる。とても幸せな時間だ。静かな夜だ。
翌朝、リアが目覚めると、ベッドのそばのテーブルの上に青い小箱が置かれていた。青い小箱に、白い大きなリボンが結ばれている。
リボンをほどいてふたを開けると、古びた、可愛らしいデザインの鍵が入っていた。リアには見覚えがある鍵だ。
(これって――)
リアは、喜べない。
アズールの家の鍵が、リアの手の中にあった。
懐かしいお家。半年しか住まなかったけれど、大好きな3人の我が家。
(これは、もらえないよ、ウィロー)
アズールの家は、ウィローの家だ。ウィローの家であってほしいし、リアはまたいつかアズールの家でウィローと一緒に暮らしたい。
でも、これをリアに渡すということは、「ぼくはもう住まない」「だから、リアにあげるね」と言っているように聞こえた。
(ウィロー、本当に、どこに行ってしまうつもりなの?)
「シンシアのところへ帰らなきゃ」とウィローは言った。でも、ウィローはいつも「世界で一番大切なのはリア」といい、リアのことを「世界で一番可愛い」とも言う。
(じゃあ、シンシアさんはこの世界にはいないってことにならない?)
リアは、大変なことを思い出してしまう。スペンダムノスで、ウィローの木を見たとき。『ウィローにとって誰の木なのか』と聞くと、ウィローはリアを見つめたのだ。
『私とシンシアさんって、似てる?』
『瓜二つだよ』
(シンシアさんって、もしかして、故人だったりしない?)
リアの心に恐ろしい考えがよぎる。
(ウィロー、まさかまさか、死んじゃうつもりじゃないよね?)
リアは、とてもひとりで抱えきれない、と思う。着替えだけを済ますと朝食を食べずに、青い小箱を持ちロアンの部屋へと向かう。
ーーーーーーー
不真面目なリアが起きているのに、真面目なロアンが起きていなかった。とても珍しいことだ。
ノックしても返事がないのでおそるおそるドアを開けると、ロアンは毛布にくるまってベッドの上で眠っていた。しばらく待つも起きなかったので、リアが「ねえ、ロアン、大丈夫?」と揺すり起こすと「だるい、頭が痛い」と言う。リアが額に手を当てると、微熱がありそうだった。
「ロアンが病気なんて、はじめてじゃない?」
「病気にならないように日頃から鍛えて、栄養にも気を配っているんですけれどね……ウィローに嘘をついた罰でしょうか……」
ウィローに『リアは熱がでて寝込んでいる』と言ったことをロアンは気にしているようだ。
「リア、何しに来たんですか?」
「ちょっとロアンに相談があって……でも、ロアンの具合が悪いなら、また今度にする」
ロアンは片手で頭を抱えている。頭痛がひどそうだ。
「ウィローのことですか?」
「そう」
「今、聞かせてください」
リアは、ロアンに青い小箱の中身を見せる。ロアンもすぐ、それが何かに気づき、ショックを受けた顔をする。
リアはざっくりとした概要を話す。
「……それで、ウィローの想い人のシンシアさんが故人なんだとしたら、ウィローは死んじゃうつもりなんじゃないかって私、怖くなって……どう思う? ロアン。私の考えすぎかなあ」
ロアンの表情が固まっている。
何か知っている顔だ。
ロアンは悩んだ末に、リアに話す。
「リアも、もう14歳だから、話しますけれど……アステル様が12歳のとき、目を離したら死んじゃうんじゃないかってくらい心と体を病まれた時期があって」
ロアンは毛布を握る自分の手を見つめている。
「でも、そこから回復したんです。そして回復の理由は、リア、貴女なんです」
「わたし?」
「ウィローが……アステル様が、今、あんなふうに楽しそうに笑えていること……旅の途中やアズールの家や、タフィで笑えていることは、私は、リアの力が大きいと思っています。だから、リアには本当に感謝しています」
ロアンはリアの目をまっすぐに見て、伝える。
「アズールの家を出る前に、ウィローに『まだ死にたいと思っているか』と聞いたら『思うときもあるけれど、少なくなった。リアがいて、ロアンがいて、楽しいと思っちゃいけないのに、楽しいから』ってそう言ったんです」
ロアンは微笑む。
「だから私、ウィローに生きていてもらうためには、楽しくて幸せな時間を一緒に過ごすことだってそう思っているんです」
リアは、思う。
そうだったんだ。ふたりともそんな過去をリアに隠していたんだ、と。そんな中で小さなリアを守りながら、ふたりは、リアが笑っていられる時間をたくさんつくってきてくれた。それがウィローの笑顔にもつながっていたから「ありがとう」とロアンは言う。
(私、本当にふたりに大事にされてきたんだなあ)
リアは同時に不甲斐なさも覚えて、泣きそうになる。ロアンはリアの表情を見て、リアの頭を撫でる。
「大丈夫ですよ、リア。
物語だって読みたい気持ちになったのだから」
「物語?」
「そう、物語」
ロアンは笑う。リアには意味がわからないが、ずっと不安だったリアは、ロアンの笑った顔を見て、とってもホッとした。
「ただ、ひとつ、思うのは――ウィローの目的である『魔王の遺骸の封印』は、それこそ命がけであろうということです」
ロアンはそう続けた。
「ウィローには、封印の準備が整いつつあって、かつ、それが危険なことだと承知しているから、リアにアズールの家の鍵を託したのかもしれません」
リアはロアンの推測を聞いて、ウィローがアズールの鍵を贈った理由を納得した。ウィローが死にたがっているからと考えるより、よっぽど腑に落ちる理由だったからだ。
「私は『魔王の遺骸の封印』にウィローをひとりで行かせてはダメだと思っています。なんとかウィローを説得して、3人で行きましょう」
リアは話を聞いて、つよく頷く。
「うん! 私、ウィローの助けになれるかな?」
「神聖力の勉強を、リアは本当にがんばっていますよ。大丈夫ですよ」
ロアンの言葉は、安心するなあ、とリアは思った。
ロアンはテイナに不調を隠したいというので、その日はリアが不慣れな感じであたふたとロアンの世話を焼く。
「まさかリアに看病してもらう日がくるなんて……」
「私も、ウィローの看病じゃなくてロアンの看病をする日が来るなんて思わなかったわ。ロアンってすっごく丈夫なんだもの、いつも」
「花嫁修行にちょうど良いかもしれませんね」
ロアンは笑って、冗談を言う。リアはそれを聞いて、困った顔で笑った。
「ちょうど良くないわ、ロアン! 早く治して」
けれど、その日の夕方から、ロアンの熱はどんどん上がっていった。
そして、高熱となり、下がらなくなった。




