8) 1周目 14歳 金細工
「わあ、きれ〜い」
白く、美しい少女がソファーに腰掛けて、隣に座った青年の手の中の金細工を覗き込んでいる。少女のやわらかい微笑みを見て、青年も幸福そうに微笑む。
可愛らしい少女は、まるで白い陶磁器の置物のようだ。ふわふわとウェーブがかった長髪は、白い色をしている。青みがかった灰色の瞳を縁取るまつ毛の色も白い。繊細なレースの施された水色のドレスを着て、深緑色のソファーに腰掛けている。
青年は金髪碧眼で、耳が出るくらいの髪の長さだ。背丈に差があり、少女よりも歳上のようだった。白い襟付きのシャツに、濃紺のズボンを着ている。ふたりとも上質なものを身につけていて、貴族の恋人同士のように見える。
部屋に、窓がないことだけが異質だった。
外からの光が遮断された部屋は、昼なのか夜なのか、皆目検討がつかない。そのかわり魔石でつくられた橙色の灯りが、部屋の壁やテーブルの上、あちこちにあり、部屋をあたたかく照らしていた。
「アステル様、これが、いま研究に用いているという魔石ですか?」
「そうだよ、シンシア。これは、使用の制限がなく、どんな魔法の触媒にも使える、そういう魔石だよ」
丸い形をした美しい金細工の中央に、紫色のまるい魔石があしらわれている。
「きみを太陽の光から守る魔法も、あと少しで完成するよ。完成したら、この魔石に魔法を込めるから、そうしたら――」
「これを身につければ、きみは、太陽の光をもう恐れる必要はなくなる。ぼくと一緒に、外へ行くことができるよ」
アステルはシンシアを不安にさせないように、明るく伝える。
「でも、私……外に行くのは……」
シンシアが外にでたときの記憶は『痛み』で溢れている。陽の光にあてられると、すぐさま皮膚が赤くなり、爛れ、火傷になってしまう。シンシアが患っているのは、そんな奇病だった。
くわえて、暗いところで育ってきたためなのか目にも病があり、アステルの魔法がなければ、ひとりで歩くのがやっとというところだ。
シンシアの怯えた表情を見て、アステルは言う。
「もちろん、ぼくと魔術院の研究者たちで研究をして、このネックレスが『しっかり君を守れる』とわかるまで、君で試すつもりはない」
そんなことをすれば、シンシアを11歳のときに無理矢理外に出した、彼女の実の父と同じになってしまう。シンシアは左足に、消えない火傷の跡がのこっているのだ。
「君を守るよ、シンシア」
アステルはシンシアの白い手に、自分の手を重ねる。
「君の目も、ぼくが必ず、遠くまで見渡せるようにしてあげる。今は、少しだけ良くしてあげられる程度だけど、必ず。
陽の光の下も、いつかかならず、少しも恐怖を覚えることなく、歩けるようにしてあげる」
シンシアの表情は、不安そうだ。
「あの、アステル様」
「シンシア、いつも言ってるよね、アステルって呼んで」
シンシアの頬が赤く染まる。
「アステル……様と、一緒にいられるだけで、私は良いのです。その……」
シンシアはもじもじとしながら、小声で伝える。
「アステル様のことが、好きなので」
シンシアの言葉に、アステルも顔を赤くする。
「アステル様は、寂しい場所にいた私を、この素敵な部屋に連れてきてくださいました。
私の目を良くしてくださって、図録や本を読んでくれて、本当に嬉しかった。また、様々な素敵なものを持ってきて見せてくださり、この世界のことを教えてくださいました」
シンシアは両手を祈るようにぎゅっと合わせると、微笑む。
「私は、アステル様とのこの部屋での時間があれば、それでもう、充分幸せです」
「きゃっ」
そんなシンシアの様子を見て、たまらずアステルは立ち上がり、シンシアのことを抱き上げる。
「ななな、なにをされていますか?」
急にふわっと体が持ち上がり、アステルの手や腕の感触も感じて、シンシアは狼狽する。
「シンシアの目が、もっと近くで見たいと思って」
アステルはシンシアに顔を近づけると、シンシアの目を覗き込む。シンシアもアステルの目を見ると、青い色の中にきょとんとしたシンシアが映り込んでいる。
シンシアは思わず、ふふっと笑った。
「そんな真剣に見られると笑っちゃ……」
「ぼくは真剣だよ」
アステルの熱意に、シンシアは黙り込む。
「大切な妻のことだからね」
「まだ妻じゃ……」
「でも婚約者でしょう? 変わらないよ」
シンシアの顔は真っ赤だが、アステルも頬を赤らめている。
アステルはシンシアをそっと床に下ろすと、屈んで、白くカーブをえがく横髪に隠れる顔を覗き込んだ。
「シンシア……ねえ、愛しいシンシア。
一緒に、本物を見に行こう。絶対に」
「……海も?」
「もちろん」
「……雪も?」
「もちろん。この国ではなくて、外国もだよ」
「本当?」
「一緒に、夫婦で旅行しようね」
「でも、アステル様はお忙しいから……」
「忙しくてもかならず、きみのために時間をつくるよ」
アステルは、シンシアの頬にそっと触れたあと、口付けようとするが、シンシアの表情が優れないのを見て、手を戻す。腕を広げ、アステルはシンシアを守るように抱きしめる。
「かならず、きみに、自由をあげるからね」