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78) 1周目 辺境伯と、反魂の魔法陣


 辺境伯 ルーキス・ラ・オルトゥスは、魔術院院長 クロコス・ラ・プロヴァターキの葬儀に参列するためにコルネオーリ城を訪れていた。

 かつて若きクロコスは、ルーキスが魔物であることに気づき、対峙し、会話の末に見逃した。その後ルーキスがコルネオーリの辺境伯となっても、沈黙を守った。


 ルーキスは葬儀中、居心地の悪さを感じた。クロコスが長く病を患っていたことと、クロコスの人柄によるものだと思われるのだが、なんと明るく朗らかな葬儀であることか。ルーキスの気分とはそぐわなかった。

 ルーキスは自らの献花が済むと、早々に教会を後にする。



 転移魔法陣まで向かうため、コートを手に黒い喪服姿でルーキスは歩く。渡り廊下から城の美しく手入れされた裏庭が見える。ルーキスは立ち止まり庭に目を向け――地面に白い奇怪な模様が描かれているのに気づき、目を凝らす。


 それは、ルーキスが見たことも聞いたこともないような美しい魔法陣だった。魔法陣は白く丁寧に描かれ、大小のまるい円が幾つも幾つも折り重なるかたちをしている。内部の図形や文字や数も、とても丁寧にかかれている。


 ルーキスは渡り廊下から裏庭への数段の階段を降りる。すると、魔法陣を描いている喪服姿の少年の姿が見えた。少年は目から大粒の涙をこぼしながら、庭に白い魔法陣を描いている。

 しかし円が重なり合う、大きな美しい魔法陣は、発動に必要な触媒が足りるとは到底思えなかった。


 ルーキスは、少年に声をかける。


「君は、何をしている?」


 少年は答えなかった。泣いて俯いているので顔がわかりづらいが、金色の髪に青い瞳だ。城の裏庭に魔法陣を描くなんていたずらが許されるのだから、王子かもしれない。しかしコルネオーリの王子は三兄弟で、全員、成人していたはずだ。


「これは、何のための魔法陣だ?」

 魔法陣に興味のあるルーキスは、少年に問う。返答はない。ルーキスはもう一度聞いた。

「これは、何のための魔法陣だ」

「うるさいなあ!」

 バチッと音がした。

 少年の手から、ルーキスの足元に雷の魔法が放たれた音だ。ルーキスまでは届かない。おそらく、威嚇だ。


 ルーキスは静かに聞く。

「それが、見ず知らずの弔問客にする態度かね」

「弔問客?」

 少年は立ちあがり、振り向いた。国王の面影がある。


「おじいさまの葬儀は、まだ終わっていないだろう?」

 そこでルーキスは思い出す。クロコスの娘は、国王に見初められて側室となったのではなかったか。


「気分に合わなかったものでね」

「ぼくもだ」

 少年は言った。

「ぼくも、嫌で出てきた。あのひとたちにおじいさまの何がわかるっていうんだ。なんで笑っているんだ。信じられないよ」


「気分の悪い葬儀だったことは同感だが……では君は、プロヴァターキ氏の何を理解しているんだ」

「……」

 少年はルーキスを睨み、沈黙する。そしてまた背中を向けてしゃがみ、魔法陣を描き始める。


 ルーキスは階段に腰掛けて、魔法陣を眺める。見れば見るほど素晴らしい魔法陣だ。ルーキスには、絶対に描くことはできない。しかし――


「これは、触媒が足りないだろう」

「そうだね。だからこれは、ただ描いているだけさ」

「何のための魔法陣なんだ?」

「おじいさまの魂を、戻そうとしている。もう一度、会話したいんだ」


 少年は祖父と会話するために反魂の魔法陣を描いていると言う。


「亡くなった人間の魂を、戻すことができると思うか?」

 少年は手を止め、しゃがんだままルーキスを見た。

「思うし、できる。ぼくの理論の上ではね」

「ふむ」

 ルーキスは顎の下に手を当てて考える。

「その理論とやらを教えて欲しい」

「いいよ」

 少年は立ち上がり、早口で、長い長い話をはじめた。


 少年の「理論」を聞きながら、ふと、ルーキスは思う。

 この王子は、側室の子だ。そしてクロコスは平民から魔術でのしあがり、伯爵家に婿養子に入った身だ。他の王子では無理だっただろうが、この王子なら或いは――。


「――というわけだよ。わかった?」


 ルーキスは黙って頷き、少年に聞く。

「君は、年は幾つだ」

「13。もうすぐ14」

 見た目よりも上だ。しかし、15も離れているわけではない。


「君は、何に興味がある」

「魔術」

 それはそうだろう。その年でこのような大人も顔負けの魔法陣をすらすらと描いている。先程の「理論」も突飛だったが、実現できるかもしれないと思わせるような彼なりの「根拠」だった。


「君は、信仰深いか?」

「信仰? ないよ、そんなの。信仰深かったらお葬式を抜け出したりしていない」

 少年は手に握った白い石を転がしながら答える。


「女の子は好きか?」

「嫌い」

 今までの質問に比べて、返しが格段に早く、そして語気が強かった。


「婚約者はいるか?」

「いない。ぼくは全部、断りたい。大人たちは保留にしていると思うけど」

「なぜ」

「みんな、気持ちが悪いから。パーティーで『アステル様、踊りましょう』って誘ってきて、うるさい」

「ははっ」

 ルーキスは笑う。

 アステルという第四王子は、捻くれている。年相応なのかもしれないが……王子と考えると、少し幼い気もする。

 他の王子はもう少し立場を考えて物を言うだろう。この王子にはそれがないようだ。自分の立場に関心がないというのは、とても都合が良い。


「最後にもうひとつ聞かせてくれ」

「何?」


「君は、大陸の平和に興味があるか?」

 ルーキスの灰色の瞳が、輝く。


「興味ないよ、そんな大層なこと。

 ぼくは、魔術の研究さえできていたらそれでいい。今年、魔術院の研究生になったばかりなんだ。ようやくやりたいことができている。

 いま、研究でいっぱいいっぱいなのに、どうして大陸の平和なんて考えなきゃいけないの?」

 アステルは面倒くさそうに言った。


「つまり、身内と大陸の平和なら、身内を優先するのだね」

「もちろんだよ。何言ってるの? 家族とか友達に比べたら、大陸の平和なんてそれこそ、どうでもいいでしょ」

 アステルはそう答えると、質問に飽き飽きした顔でルーキスのことを見た。


「質問はもうおしまい? 弔問客さん。そしたら、ぼくは魔法陣を描くのに忙しいから、帰ってくれる?」

 アステルは魔法陣を見つめる。

「これがぼくなりの、おじいさまへの弔いなんだ。ひとりで描きたいんだよ」


 ルーキスの答えを待たずに、アステルはふたたび描きはじめる。

 素晴らしい魔法陣の完成を見届けたい気持ちもあったが、ルーキスは腰をあげる。帰ったら第四王子について調べてみようと思いながら、辺境領への帰路につく。


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