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72) 2周目 「ただいま」


「こんにちは」

 ウィローは陰鬱(いんうつ)屋敷の玄関から、中に声をかける。季節は初夏だが、タフィの地は涼しかった。ウィローは青いローブを羽織り、白い襟付きのシャツに薄茶色のズボン姿だ。


 去年はこの季節にアズールの浜辺に行った。ロアンとリアが行きたがるなら、今年もアズールに限らず、どこかの海に行っても良いかもしれない。

(でもロアンは行くとすれば、彼女と行くかな?)

 そうなるとリアとふたりきりになってしまう。ロアンの彼女を誘って4人で行ったとしても、リアとまた、おかしな空気になりそうだ。


 ぱたた、と走ってくる音が聞こえる。

「ウィロー!」

 リアが、ウィローに飛びついてくる。

「ウィロー、おかえりなさい!」

「ただいま、リア」

 ウィローは笑いかける。


 リアは癖のある黒髪を『髪飾り』で高い位置でひとつに結んでいる。涼しげな水色のワンピースを着ている。


(リアはまた少し、背が伸びたね)

 

 最近リアは、ウィローに会うたびにハグをしてくる。ウィローのことを、ぎゅーっと抱きしめる。大好きの気持ちがこもっている。

 そのたび、ウィローは悩んでいる。リアにどこまでハグを返しても良いものなのかを、だ。

(リアからのハグは最高に嬉しいし、ぼくもハグしたいけれど)

 ウィローはリアの背中に軽く手を置いて、ぽんぽんと優しくたたく。全力で抱きしめ返すことは、もうしない。


 リアがウィローに可愛い好意を抱いていることに、ウィローはもう気づいている。


 他の人にお嫁に行くかもと思っているのに、リアの好意にどこまで応えて良いものなのかがわからない。……リアが他の人のものになることを考えると、相変わらず気が狂いそうではあったが。……。


(ぼくはもう、とっくに狂っている。だから、可愛いリアと一緒にいられなくなった)



 ウィローは1カ月に1回は陰鬱屋敷に顔を出すようにしていた。一度、研究に没頭しすぎて手紙も出さずにしばらくタフィの地に行くのを忘れてしまったら、次に行ったときにリアには大泣きで抱きしめられて、ロアンも小言の裏で、静かに怒っているようだったからだ。ウィローはふたりを悲しませたいわけではない。ふたりには、笑っていてほしい。


 冬から夏にかけての変化と言えば、春に、ロアンに恋人ができたことだった。お祭りのときにロアンと談笑していた、テイナという子だ。

 1周目でも、ルアンに恋人ができたことは何度かあった。しかし、長く続いた試しがなかった。ルアンが恋人よりアステルを優先しようとするから、恋人が拗ねてしまって毎回うまくいかなかったのだ。

(ぼくは、ちょっと負い目を感じていたんだよね)

 なので、今度は長く続くといいな、とウィローは思う。ウィローも会ったが、丸顔で穏やかで、とてもロアン好みな雰囲気の可愛らしい子だ。


 テイナはリアとも仲が良く、それもウィローは嬉しかった。

(ぼくは、シンシアに友達をつくるってことを考えたことがなかったなあ)

 シンシア自身もそれを望んでいる感じではなかったし、アステルは逆に、社交界にシンシアを出したらシンシアが傷つくと考えていた。

 でも、リアとテイナの様子を見ていると、シンシアにも誰か女の子の友達が居たほうが、もっと彼女は幸せだったかもしれないと思った。アステルにとってのルアンみたいに。

(まあ、もう、遅すぎる話だけれどもね)

 遅すぎる話ばかりだ。



 会うたびにリアは、ウィローがどこに住んでいるのかを聞いてくる。

「だって、お手紙の返事も書けないんだもの」

 ウィローはよく手紙をくれるのだが、リアは返事の送り先がわからないのだ。


「魔物に託したらいいよ。ぼくのところまで運んでくれるよ」

「リアが大きな魔物に手紙を託して、ウィローの住む家を壊したらどうするんですか」

「大丈夫だよ、リアに大きな魔物は近づかせないし」

 ウィローの言葉に、ロアンは(この人は何を言っているんだ?)と心配そうな顔をしている。


「もしかして、お父様はウィローの住んでいるところを知っているんじゃない?」

「ルーキスも知らないよ。でも彼は、ぼくに手紙を直接送れるけど、」

 そこまで話してウィローは、ロアンがじっとウィローを見ていることに気づく。


 ロアンは旅の最中(さなか)、ウィローが最もおかしくなった日のことを考えている。泥だらけの手でリアを抱きしめていた姿を思い出す。


 ウィローは、ロアンはこちらを探るような目をしていると感じる。が、ロアンは何も言ってはこなかった。


(発言に気をつけないと、もう、ロアンはいろいろなことに気づくかもしれないね。ロアンは、リアよりずっと長くぼくと一緒にいるから、色々見せてきてしまっているし。

 それにもう、ロアンは子どもじゃない。成人してるしね)


 ウィローは、ロアンが成人した16歳の誕生日パーティーでお酒を飲んだときのことを思って、心の中で思い出し笑いをする。


(アズールの家での日々は、楽しかったな)


ーーーーーーー


「何を見ているの?」


 ウィローはソファーでぼんやりしていたが、うしろからリアに声をかけられてハッと振り返る。慌てて手を握りしめ、手の中のものを隠す。

 リアはとなりに座り、黒い瞳でじーっとウィローを見つめる。


 ウィローはあきらめて手を開く。手のひらの上に、月と星の耳飾りがあった。リアにとっては、一度だけ見たことのある耳飾りだ。


「ねえウィロー、あのときの話って、うそだよね」

「え?」

「ウィローは『片方は、空に投げ出されるよ』って私たちに言ったの」


 ウィローはリアに微笑む。


「あと、これがレプリカっていうのも、うそでしょ? 本物みたいだもの」

「ほんとうだよ」

 ウィローは苦笑いをする。


「この耳飾りは、片方はアズールの家で、もう片方は、今のウィローのおうちにつながっているんじゃないの?」

「……そうだとしたら、」

 ウィローはリアに優しく聞く。

「リアは、この耳飾りを使いたい?」

「使わないわ」

「どうして?」


「ウィローが私をおうちに招待してくれるなら、喜んで、ウィローに使って欲しいけど。ウィローが嫌がるかもしれないのに、勝手に使ったりしないわ。

 私、冬には14歳になるんだもの」


 ロアンも、リアも。

(あんなに可愛かったのに、大人になってきたんだなあ)

 リアはまだまだ幼い顔も見せるが、なんだか、変わってきた。まるで、はやく大人になろうとしているような様子だ。

(そういえば「はやく大きくなりたい」ってリアは言ってたっけ。そんなに急がなくてもいいのに……)


 ウィローは「アステル様、アステル様」と心配そうにしていた9歳のルアンのことを思う。外にでてはじめて、いろんなものを見て喜んでいる10歳のリアのことを思う。


 ウィローはあの頃のルアンやリアのことを、とても懐かしく感じる。


ーーーーーーー


 夜、ロアンとリアが寝静まったあと、ウィローは客間でルーキスの話を聞く。


「先日、魔王城に観光に行きました」

「魔物は魔王城に、観光に行くの?」

 ウィローは変な顔をした。

「だって、アサナシア教会が管理しているんじゃないの?」


「まさか。ただ簡単な結界を置いているだけですよ。あの地は人間にとって毒がつよいですからね」 

「なるほど、じゃあ入るのはわりと簡単なわけだね」 

 それはウィローにとって、良い情報だった。そろそろ一度、行かなければならないと思っていたからだ。正直なところ、勇気が出ずに、カタマヴロス城に行くことを先延ばしにしていた。しかし『魔石による封印の研究』は、魔王の遺骸の現物を入手しなければ、進まないところまできていた。


「ぼくも行ったら、死ぬかな?」

「ご冗談を」

 ルーキスは笑う。

 ウィローは不満そうな顔をする。


「魔王城に行って確認してきましたが、やはり、魔王様はおられました――人間たちは『魔王の遺骸』と呼んでいるようですね」


 ルーキスは灰色の瞳をウィローに向ける。しかし、その眼差しは優しい。


「魔王様は魔王城にいらっしゃる。しかし、ここにもいらっしゃる。貴方様はいったい、どこからいらっしゃったのでしょうか」


 ウィローは沈黙する。

 沈黙ののち、聞いた。


「魔王の遺骸は、減ってはいなかった?」

「減ってはおりませんが、人間たちが『呪い』と呼ぶものは増えている様子でした」

「そう……」 

 

 ルーキスはウィローにお酒をすすめる。

「ぼくはいらないよ」

「弱いのですか?」

「逆だよ、いくら飲んでも酔わないんだ。回復魔法を無意識にかけちゃうみたいで」

「そんなことがあるんですね」


「生まれつき、毒ってぼくに効かないみたいなんだ。全部を試してみたわけじゃないけれどね」

「便利ですね」

「そうかな? ぼく、毒を盛られたことにすら気がつかないと思う。逆に、不便な話だとは思わない?」

 ウィローはルーキスに、苦笑する。


ーーーーーーー


 ウィローは陰鬱屋敷の裏庭にいる。

 今は、深夜だ。耳飾りを使うのはロアンとリアが寝静まって、だいぶ経った頃と決めている。


 リアの言った通り、耳飾りは、もちろん空になんてつながっていない。亡くなった人が向かう場所が空だというなら、空につながっていてもいいのだが。

 

 月の耳飾りも、星の耳飾りも。

 どちらも今は、アズールの家には繋がっていない。アズールの家への魔石は、別に持っている。ウィローはいくつか棲家(すみか)を持っているが、タフィを訪れたあとには必ず耳飾りを使って、その場所に帰る。


 ウィローは月の耳飾りを手に握りしめる。そして「帰りたい」と言う。ウィローは青い光に包まれて、消える。





 真っ暗だ。

 ウィローが手をかざすと、魔石に(あか)りが(とも)りはじめる。いくつも、いくつも、灯りは灯る。魔石の灯りがたくさんあって、明るい部屋だ。

(この部屋には、窓がないからね)

 窓どころか、もう、扉すらなかった。完全な密室だ。


「ただいま、シンシア」

 ウィローは微笑む。


『おかえりなさい、アステル』

 幻聴が聴こえる。記憶のなかで、シンシアは、お花が咲いたように笑っている。


「ぼくは、すこし寝るよ。それから、リアのための研究をすすめようね」


 シンシアの部屋は――頭がおかしくなった第四王子が作り、その部屋で死んだあと、扉が消えてしまったと言われている呪われた部屋は――ウィローの研究室となっている。相変わらず、紙と本だらけだ。


 ウィローは机の上にある栞を手にとって、ベッドの上で眺める。透明な魔石を薄く加工した栞のなかには、色褪せないように魔法をかけた赤い花びらが3つ、入っている。


(ぼくは、魔王の遺骸をかならず封印する)


(大陸の平和のためなんかじゃない。リアが犠牲になることなく――リアやロアンが、笑って暮らせるようにするために)


 ウィローは栞を両手で持ち、額に当てて目をつむる。


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