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67) 1周目 教皇とシンシア、アステルとお守り


 封印の扉が音を立てて閉まる。

 シンシアは立ち止まり、教皇イリオスを振り向く。

「なぜ?」

 イリオスを批難する眼差しだ。

「どうしてアステル様に嘘をついたのですか?」


 廊下の先は薄暗く、イリオスは床に置いてあった燭台を手にして灯りをつける。


「貴女の夫が、時間を間違えただけですよ」

「そんなはず、ないと思います」


 確かにアステルは抜けているところもあるが、こんなに大切な時間を間違えるわけがないとシンシアは思う。

 この男が、アステルを騙したのだ。もしくはアステルの身を危険に晒して、足止めをしたのだと。


 イリオスは灯りを手にシンシアの先を歩きながら、儀式について説明する。


「この廊下の先に、勇者たちと魔王の戦闘で崩落した場所があります。その崩落した穴の中に、魔王の遺骸がある。貴女の役目は、魔王の遺骸に触れることだ。触れれば、聖女の神聖力は、魔王の遺骸の封印に向けて動く」

 

 シンシアはイリオスの後をついていくが、徐々に歩みを止める。アステルのことが心配で足が進まないのと、

(ルアンがアステルを連れてきてくれるなら、私は、時間を稼いだほうが良いかもしれない)

 そう考えたからだ。


 シンシアが立ち止まったのを見て、イリオスも立ち止まり、振り向く。

 イリオスはシンシアの姿を見つめる。

 白いドレスに、白く長く、美しくカーブを描く髪。肌も白く、目は青みがかった灰色だ。


「聖女様は、真っ白ですね」

「……」 

 よく言われることだと心の中で思う。

 しかしシンシアは、教皇とあまり話をしたくなかった。アステルへの裏切りが許せなかったからだ。

 時間は稼ぎたいのに、話はしたくない。


「貴女は、貴女の身につけている白いドレスを、何だと思っていますか?」

「?」

 シンシアには、イリオスの言葉の意味がわからない。イリオスは続ける。


「建国神話について、わずかな文献にのみ記されていることですが。魔王カタマヴロスは、愛する者を守るために死んだのです。

 魔王の遺骸、魔王の呪いとは――愛する者を守りたいという魔王の想いです。それが呪いとなって、この城に強く残っている。そうであるから私たちは百年に一度、魔王の呪い、魔王の想いをおさめるために花嫁を連れてくる。それが聖女です」

 イリオスは微笑む。


「ですから貴女のそれは、花嫁衣装なのですよ」


 意味がわからない、とシンシアは思う。


「私、花嫁衣装は冬に着ました。アステルの花嫁になったのです」

 シンシアは白いドレスの長い裾を見つめる。

「私は魔王の花嫁などになるつもりはありません。これは、聖女の祈祷用の服ではないのですか?」


 シンシアは不安だ。不安な中で、アステルの安否をずっと気にしている。シンシアの声は、震える。


「私はアステルの妻です、アステルを愛しています。だから――貴方が嘘をついたことに、怒っています」

 シンシアは泣きそうになる。

 涙をこらえて、イリオスをにらむ。


「なるほど、貴女は本当に彼を愛しているようだ。彼は無事ですよ。今はまだ」

 イリオスはシンシアの方へ歩み寄る。


「貴女はご存知ないかもしれませんが、封印の儀式は、聖女にとって長く、辛く、苦しいものです」

 イリオスはシンシアの肩に手を置いて、耳元に口を寄せる。


「逃げようなんて考えたら、貴女の夫の命はないものと思いなさい」

 怖い声で、シンシアを脅す。

 シンシアは青ざめる。


「逆に儀式に耐え抜いたら――貴女の夫の命は保証しましょう」

 教皇イリオスは優しい声色に戻ると、シンシアに聖職者らしい明るい笑顔を向ける。

 そしてまた灯りを手に、歩き始める。



 青ざめながら、シンシアはイリオスの後ろをついていく。足元に視線を落としながら、歩く。


(アステルが死ぬなんて、絶対にダメ)


 シンシアにとって、アステルの命は、シンシアの命の何倍も価値がある。


(このひと、お父様が言っていたとおり、怖い人だわ)


 アステルとルアンがここに来ようとすれば、ふたりの身が危ないのかもしれない。そうであれば来てほしくない、とシンシアは思う。


 けれど……『儀式に行くよ、かならずきみを支えるよ』という約束の通り、アステルはどんな状況にあったとしても、やがてシンシアのもとに来る気がした。


(アステルとルアンが来るまでに、私が儀式を終わらせれば――ふたりの身の安全は保証されるの?)


 シンシアは『星の耳飾り』をずっと手の中に握りしめている。ひとこと、「帰りたい」とさえ言えば、耳飾りはシンシアを懐かしく愛おしい場所に連れて行ってくれる。

 けれど、シンシアは声が出ない。言葉が胸のあたりでつかえる。大好きなアステルの、やわらかな笑顔や優しい声のことを思う。それらが失われてしまう恐怖に、胸が張り裂けそうになる。

 シンシアは『アステルと一緒でなければ、耳飾りは使えない』と感じる。

 そしてただ、イリオスの後をついていく。




 教皇イリオスとシンシアは、廊下が崩落した場所にたどり着く。イリオスが灯りを床に置く。

 暗い穴の底から風が吹く。穴には、天井から本当にわずかばかり、数筋の光が差し込んでいる。シンシアは光を頼りに、下を覗き込んでみる。暗い穴の底で何か、黒いものがうごめいているのを感じる。


 シンシアは怖いと感じ、後ずさる。

 すると、イリオスにぶつかった。


 イリオスはシンシアを見つめる。

 何を思ったのか、イリオスはシンシアに口付けようとする。シンシアは驚き、全力でイリオスを突き飛ばし、拒絶する。


「はは、」


 イリオスは笑うと、シンシアの細い首を絞める。シンシアは混乱し、もがき、苦しむ。シンシアが気を失う前に、イリオスは手を離す。

 シンシアは床に崩れ落ち、酷く咳き込む。怯えきって、イリオスのことを見上げる。


「……邪魔だな」


 イリオスは座り込むシンシアの首にかかる『シンシアのお守り』の鎖に手を伸ばす。片手に鎖、片手に小刀を持ち、まず、いたずらにシンシアの鎖骨の辺りを傷つける。シンシアは小さく悲鳴をあげる。お守りにシンシアの血がついたのを確認すると、鎖を伸ばし切った状態で、小刀を当て、お守りの鎖を切る。イリオスはシンシアからお守りを取り上げる。


 シンシアは痛みも忘れて立ち上がり、お守りに手を伸ばす。叫び、懇願する。

「やめて! 返して! 私の、大事な!」

(それは、アステルと私の――)


 イリオスはお守りを失ったシンシアを突き飛ばす。儀式をおこなう、穴の中へ。シンシアが床に落ちる音は聞こえない。シンシアが魔王の遺骸に触れたからだ。シンシアは絶叫する。シンシアの長い悲鳴が、イリオスの耳に聞こえる。イリオスは楽しそうに笑う。





 アステルは、2階に向かう螺旋階段で「アステル」と、シンシアが自分を呼ぶ声を聞いた気がした。胸騒ぎがした。おかしい。まだ約束した時間までかなりあるのに。


 アステルは早歩きで螺旋階段をのぼる。白く大きな扉が見えるが、誰もいない。

 扉に手をかけると、簡単に開いた。

(封印が施されているって話は――)

 不安になり、長い廊下を走りはじめる。すると、向こうから教皇が歩いてくるのが見えた。


「シンシアは?」

 アステルは立ち止まり、聞く。

「儀式はもう終わった、あとは花嫁の完成を待つだけだ」

 イリオスはアステルの胸に乱暴に何か押し付け、そのまま足早に立ち去っていく。


 アステルは押し付けられたものを手にして、見なくても、形と重さでそれが何かわかる。


 アステルは走り、暗い穴にたどりつく。穴の中から、シンシアの声が聞こえる。手の中に目を向けると、赤い血のついたお守りがある。


 アステルは迷わず、暗い穴に向かって飛び込む。 


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