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63) 1周目 直談判 /「感謝してるから、」


 エルミスとアステルは、エオニア城内の貴賓室で待っている。ふたりとも、他国の王に会うのに相応しい格好をしている。エルミスから見ると、アステルは『着させられている感』が強かったが。しかし、それはアステルの中身を知っているからだ。中身を知らない人間が見れば、コルネオーリの王子らしい見た目だろう。


(アステルも、顔は良いからな。中身が残念だが……)


 社交性の低い弟……しかも怒ると手がつけられない……に付き添って他国にいるというだけで、一人で来るのと緊張感が2倍……4倍違いだった。

 転移魔法陣に乗る前にエルミスは「おまえ、魔石を持っていないだろうな?」と、子どもにするように、アステルの上着のポケットを軽く叩いた。念のためだ。すると「シンシアまで『持っていかないでください』と言うから、持って来なかったよ」と弟は言った。

 

 『マヴロス大陸に広がる8つの国は平等である』という条約があるとはいえ……コルネオーリから見て、エオニアは大国だ。アサナシア教の総本座ということもある。

 エオニア城は教会がいくつか組み重なったような形をしており、宗教色が濃い。廊下にステンドグラスがあったり、宗教画が飾られていたり、女神アサナシアの像があったりした。


 貴賓室のソファーに座る弟は、大人しかった。何を考えているのだろうか。

(アステルでも、緊張することがあるのだろうか?)

 エルミスは考える。


「アステル、もし教皇様に会えることになって……お前の思いが通らなかったとしても、その場で思いを通そうとするなよ。一旦、退け」

「わかったよ、兄さん」 

(本当に心からわかっているか?)

 エルミスは疑いの目で弟を見る。

 国同士の間の、火種になるようなことをしないだろうな……と弟を疑う。


 エオニアの教皇は、一昨年、代替わりをした。エルミスとそう年齢に大差がない。つまり教皇は、30代の前半のはずだ。この代替わりは、前教皇が急死したためだった。エルミスも一昨年、父と兄と共に弔問に訪れた。


(教皇が若くて、兄さんたちと同じくらいだから意見が通りそうだ! とか思うなよ、アステル)


 部屋の扉がノックされ、聖職者らしき使いの者が入ってくる。エオニア城はアサナシア教の本拠地も兼ねているため、聖職者だらけだ。


「エルミス殿下、アステル殿下、お待たせして申し訳ありません。やはり、教皇様は執務で時間がとれないと」

 やはりか……と、エルミスは思う。


 そもそも、エルミスの助言を受けながらアステルが教皇へ手紙を書き、送ったのだが、返事が来なかった。もう魔病討伐まで時間がなくなってきたため「お会いできないかもしれませんが、訪問します」と再度、手紙で知らせての訪問だ。教皇から「訪問して良い」と返事を貰ったわけではないのだ。


 使いの者は、こう言葉を続けた。

「しかし、執務室までご足労いただけるなら、アステル様だけであれば、お会いすると」

「本当!?」

 アステルは立ち上がる。

 アステルだけ、と聞いてエルミスの心臓は跳ね上がる。


 エルミスは、不愉快だ。

(さんざん待たされた上に、執務室に来い、だなんて)

 ずいぶん下に見られている。しかし、となりにいる弟は、純粋に喜んでいるようだ。おそらく、エルミスも一緒に呼びつけたら外交問題に発展しそうなので、アステルだけ呼んだのだ。

(もしくは御し易いのがアステルだと思ったか、だ)

 弟を軽んじられている気がして、エルミスは(アステルを一人で送り出す)不安とともに、怒りも覚える。


 しかし、軽く見られる理由もわかるのだ。アステルは、本当に疎いからだ。立場、上下関係、人からどう見られているか――等々。弟は、それらのことに興味がない。


 また、シンシアに対する好意や悪意は気にかけている様子があるが、アステルは子どもの頃と変わらず、アステル自身に対する好意や悪意には鈍感だ。社交界には、向いていない。外交にも、向いていない。


「どうしますか?」

 使いの者は聞く。 

 エルミスは不安でいっぱいだが、アステルはもう立ち上がって、エルミスに微笑んでいる。

「じゃあ、行ってくるよ、兄さん」


「くれぐれも気をつけるんだぞ、アステル」

(お願いだから、穏便に済んでくれ)

 エルミスは願う。


ーーーーーーー


 広い執務室に、アステルは通される。


 執務室には、大きな机で書き物をする教皇と、その斜め後ろに高位聖職者らしき初老の男がいた。アステルを案内してきた使いの者は、高位聖職者に話しかけ、教皇とアステルに礼をして帰っていく。


 教皇は手を止めて立ち上がり、アステルの方に向かう。アステルは挨拶をする。


「はじめまして、イリオス・アハーティス・アルデンバラン・カタレフコス教皇陛下。

 アステル・ラ・フォティノース・コルネオーリです。シンシア」

・ラ・フォティノース・コルネオーリの夫です、と言おうとしたが、教皇がアステルに握手を求めたので、遮られた。

 アステルは握手に応える。


 教皇イリオスは微笑む。柔和な微笑みだ。

「はじめまして、アステル殿下。よくいらっしゃいましたね」


 教皇は銀色の髪に、紫色の瞳をしている。高位の聖職者のまとう、白くゆったりとした上着を羽織っている。

 優しそうな印象だ。中性的な雰囲気があり、エルミスに少し似ている気がした。年齢がエルミスに近いからかもしれない。先王が早くに亡くなり、王子ではなくエオニアの王なので、偉いはずなのだが、偉ぶるそぶりがまったく見られない。


「どうぞ、おかけください」

 教皇はソファーへの着席を促す。

 教皇が座り、向かいに、アステルも座った。


「あまり長い時間はとれそうになく、申し訳ありません」

「いえ、お忙しいなか、話す時間をいただき、ありがとうございます」

「お手紙にあった件ですよね」

「はい」


 アステルが手紙に書いた内容はこうだ。

 魔病討伐にあたり、妻のシンシアが不安そうなので、2つの要望があると。1つは、同じ部隊への配属……これは、ダメ元だった。もう1つは、儀式への立ち会いの許可だ。


 教皇はアステルの送った手紙を、手元に置いていた。ちゃんと目を通してくれていたようだ。


「聖女様がご不安に思われているとのことで、私たちも尽力したく思っていますが、」

 教皇は、すまなそうな顔をした。

「同じ部隊への配属については、ご要望に添えそうになく、申し訳ありません」

「……そうですか」

 アステルは目を伏せる。


「ですが、儀式への立ち会いについては……私の権限で、許可しようと考えています」

「……本当ですか?」


 アステルは信じられない気持ちで教皇の顔を見る。絶対に『ダメだ』と言われて、当日、儀式に乱入することになるとアステルは思っていた。侵入経路までもう考えていたくらいだ。

 隠しきれずに嬉しさのにじむアステルの表情を見て、教皇は優しく微笑んだ。


「私たちも、聖女様の病をなんとかできないものかと……私たちが幼い聖女様を見つけたときから、ずっと心を痛めておりました。目の病も、太陽に嫌われる病も、高位の神聖力でもなんともできなかったものでした。それを貴方は、魔術を駆使して、解決なさった」


「聖女様は、太陽の光を克服なさったことで、魔病討伐に参加し、封印の儀にのぞむことができるようになりました。

 ですから今回の魔病討伐における、貴方の功績は大きい。これで、大陸の平和が守られます。

 エオニアは貴方に、とても感謝しております」


 教皇はアステルに微笑みかける。


「どうぞ、儀式に立ち会ってください。聖女様も貴方が居てくださったほうが、安心して儀式にのぞめるでしょうから」 

「……ありがとうございます」


 アステルは――『シンシアの病は、魔病討伐や大陸の平和のために克服したわけではない』という思いが、この場でも、あった。ただ、シンシア本人の幸せと笑顔のためだけに克服したのだと。


 しかし、直近では冬に「期待外れ」だと辺境伯に言われたばかりだ。「期待外れ」と言われるよりは……「大陸の平和のためにも、必要なことだった」と言ってもらったほうが、ずっとマシに決まっていた。ふたりの努力を軽んじられるよりも、ふたりの努力を認めてもらえたほうが、ずっと。


「妻に付き添えるとわかり、安心しました」

 アステルは微笑みを返す。

「ありがとうございます、教皇様」

 言葉を重ねて、礼を述べる。


 詳しいことは手紙に書いて送ると、教皇は約束をした。アステルは執務室を後にする。良い知らせをシンシアやルアン、エルミスに持ち帰れることを嬉しく思いながら、アステルはエオニアの城を歩く。

 

ーーーーーーー



 執務室に、ペンを走らせる音が響く。


 高位聖職者は聞く。

「教皇様、よかったのですか?

 神聖な儀式への立ち入りを許可して……しかも、あの者、つよい魔力を持っていましたが。

 魔王の遺骸に近づいたりしたら、あの者、死ぬのではないですか?」


 教皇はペンを止めて、顔を上げる。


「何か不都合があるか?」

 教皇は、聖職者に笑いかける。


「お前は、あの男を見なかったのか? あれは納得のいかないことは、是が非でも押し通すタイプだ。儀式への参加を断ろうものなら、当日、儀式中に、乱入してきただろう」

 

 教皇は、机に向き直る。


「今は、信頼させておくことだ。儀式の正しい時間を、あの男に伝える必要はない。今、疑いをもたれて詮索されて、聖女の役割を知られることが一番困る。

 かつ、聖女シンシアの死後、一番やっかいになるのはあの男だろう。愛妻家という話だから。聖女と一緒に消せるなら、こちらにとっては都合がいい。儀式に招き、死んでもらおう」


 教皇は機嫌良さそうに、言う。

 聖職者は教皇に聞く。


「コルネオーリに儀式の真相を伝えなくて、本当に良いのですよね」

「今回は、聖女がエオニアに生まれなかったのが異例なのだ。通常通り、エオニアに生まれた場合であったとしても、親族に儀式の真相が伏せられるのは『慣例通り』だ」


 教皇は目を細める。


「魔病討伐は、聖女一人の命で、大陸の民すべてが救えるのだから、聖女は……『魔王の花嫁』は、尊い犠牲という他ない。しかし、身内はその犠牲を納得しないからな。身内に知れると、聖女を隠そうとする。前例もある」


 教皇は、聖職者に再度、目を向ける。


「今回の場合、これがコルネオーリの皇太子の正妃だったりしたら、国家間の問題に発展してエオニアも困っただろう。しかし、嫁ぎ先が第四王子なのが都合が良い。 

 調べたが、あの者は、コルネオーリ城内で重要視されていない。魔術の才があるが、ただそれだけの男なのだ。社交界にもまるで顔をださないから、存在すらあまり知られていない。正室の子どもではなく、側室の子どもだ。

 あの男とその妻が死んだところで、コルネオーリはエオニアを前に、動かないはずだ」


 聖職者は窓の外をちらり、と見る。

 やわらかな春の陽射しを見ながら、話す。


「しかし……魔術の才については、我々にも恩恵がありましたね」


 教皇は、おかしそうに笑う。


「そうだ。我々は5歳のシンシアを見つけたときから、どうやって聖女シンシアを、魔王城まで連れて行くのか? その議論を重ねてきた。ああまで病が重く、呪いにかかった者を、果たして本当に『魔王の花嫁』にすることが可能なのか? 八方塞がりであったから、別の者を聖女に仕立て上げることまで考えていた」


「あの男は、その問題を一気に解決してくれた。本当にアステル・ラ・フォティノース・コルネオーリには感謝の気持ちしかない」

 

 教皇は紫色の瞳を細めて、手元のアステルからの手紙を見つめた。


「感謝してるから、死んでくれ というところだな」


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