59) 2周目 10歳 太陽の光の克服/祈り
小さなリアと出会ったあと、ウィローとロアンは3日ほど塔に滞在した。リアにかける魔法の調整と、リアに太陽の光を克服してもらうためだった。
「目の病をよくする魔法と、髪と目の色を変える魔法は、本当はもっと長い時間かけておくことができる」
ウィローはリアに魔法について説明をする。
「けれど太陽の光を防ぐ魔法が難しくて、これは本当に1日ごとにかけないといけない。だから念のために、こうしようと思っているよ」
ウィローは塔の床に片膝をつき、小さなリアの瞳を見つめる。
「毎晩、ぼくはきみに、3つの魔法すべてを1日分かける。効果を、髪と目の色の魔法、目の病を良くする魔法、太陽の光を防ぐ魔法の順で切れるようにする。そうすれば、髪が白く戻った時点できみは、身の危険に自分で気づくことができるからね」
太陽の光の克服についてウィローはまず、塔に唯一ある小窓のカーテンを開けてみよう、と提案した。
リアは怖がっていた。
「怖いなら、ぼくのローブを被っていてごらん」
ウィローはローブを脱いでリアに渡す。
リアはまだ、ローブの裾をずるずると引きずっていた。ウィローは、怖がるリアのことを抱っこした。
ロアンはウィローの指示でカーテンを開ける。ウィローは塔から、ウィローの木が見えることに気づく。
「ほら、リア、見てごらん。塔から木が見えるよ」
リアはウィローの腕のなかで目を開ける。太陽の光が、リアの足の先に当たっている。しかし、痛くない。あたたかい。リアは、びっくりする。小さな窓から、手を伸ばして光に触れてみる。痛くない。
「触れる」
リアは不思議そうにする。
「私、光に触れるみたい。ウィローさま」
その言葉を聞いて、ウィローは微笑む。
魔術の調整と、ばあやに別れの挨拶を済ませると、曇りの日の明け方にリアはウィロー、ロアンと共に塔をあとにする。リアは本邸を振り返る。本邸の窓から、視線を感じたためだ。
(お父様)
リアは父、ルーキスの意図がまったく汲み取れないまま、屋敷をあとにする。ウィローはリアの視線を見て、ルーキスの存在に気づく。ウィローもルーキスに視線を送る。
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「すごく綺麗なお花ですね! この透明な雫が本当に綺麗です」
「リア、それは朝露ですよ。このお花の一部じゃなくて、お水なんですよ」
旅の初日、リアは見るもの見るものに感動している様子だ。歳の近いロアンにさっそく懐き、「これはなんですか」「あれはなんですか」とロアンに聞きながら歩く。ロアンも知らないものがあると、ロアンがウィローに聞きにきて、リアに教えに行く。
兄妹のようなふたりを見ながら、ウィローは嬉しそうに微笑んでいる。
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その夜は辺境領の街の宿に泊まる。
おまじないのあとで、ウィローはリアから目が離せずにいる。
2つ先のベッドのロアンに目をやると、ロアンはぐっすりと眠っている。ウィローは床に跪いて、リアの寝顔を眺める。
(嗚呼)
奇跡だ、と思う。奇跡の積み上がりで、失ったシンシアが自分のもとに戻ってきた。もちろん12歳に戻ったあの日から、用意周到に計画を練ってきた。失敗しないように、後悔しないように。けれど、計画以上にうまくいってしまった。
これからこの子を、絶対に守りぬかねばならない。この子を危険に晒すすべての人間を殺してでも、この子を守り抜く。
たとえそれで化け物になろうが、自分の身が滅ぼうが、この子の命、笑顔、幸福のためなら一向に構わない。
やり直しなんてもうできないのだから。
(小さなシンシア、なんて可愛いんだろう)
すやすやと眠るリアの顔は、本当に愛おしかった。
(この子はシンシアだけれど、あのシンシアではない)
計画を練る中で、そう思おうと、ずっと考えてきた。けれど目の当たりにすると、どうだろう。シンシア以外の何者でもない姿を見て、胸にわきあがるのは喜びだった。シンシアの表情で、目線で、声で、話しかけるリア。抱き上げたリアの、覚えのあるあたたかさと匂い。シンシアが笑っている。はじめて外の世界を見て、嬉しそうにはしゃいでいる。
一方で、喜びと幸せを感じている自分自身を、どこか許せない自分がいた。
数年間、毎日、毎日毎日毎日、妻のシンシアのことを考えてきた。シンシアのことを思わない日はなかった。シンシアを救えない夢を見る。救えない自分の夢を見る。どうして自分が代わりに死ななかったのかと思う。シンシアが自分を責めるという都合の良い夢を見て、どうか殺してくれと願う。
けれど、そのたびに思い出した。
暗い記憶とともに、あたたかな記憶を。
シンシアの笑顔、声、つないだ手のあたたかさを。
あの雨の日、
『じゃあ、アステル様が迎えにきてください』
と微笑んだシンシアのこと。
この世界の、左足に火傷の跡を持たない、虐待を受けていない幼いシンシアのことを。
世界が良いものだと信じているシンシア。
それは唯一の救いだった。シンシアの願いを叶えたい。一緒に家出して、色々なものを見に行きたい。そして、幸福を教えて、今度こそ守り抜きたい。
お守りも耳飾りも新たに作って、それらに触れながらふたりのシンシアのことを考え、妻のシンシアに祈った。
出会った幼いシンシアは、何も覚えてはいなかった。当然のことだった。当然のことだったけれど、ひょっとしたら、シンシアにも記憶が残っていて――巻き戻りに気づいて、『アステル』と微笑んでくれるのではないかと、心のどこかで淡い期待を抱いていた。シンシアを置き去りにしたのは、自分だというのに。
しかし、塔へシンシアを迎えに行った夜、何も知らない愛らしい小さなシンシアは、魔物の魔力を感じとり、ひどく怯えた。
(なんて浅はかな)
もう一度、この子の信頼を勝ち取らなければならない。今度は、愛は、勝ち取らなくていい。なぜならこの子は自由だからだ。そのうちに魔物と化すかもしれない自分には、相応しくない。
けれど自分はこの身を尽くして、この子を愛する。当然だ。この子を愛し、守り抜くために、戻ってきたのだから。
(この子はぼくの生きる理由だ。……死ぬ理由にもなるかもしれないけれど)
構わない。自分は妻のシンシアが死んだ日に、一度、死んだも同然だ。
(シンシア、どうか見守っていて。ぼくがきみの願いを叶えて、小さなシンシアを助けるのを)
ウィローはお守りに触れ、祈る。
(ぼくはまたいつか、きみに会える日まで、がんばるからね)