58) 2周目 13歳の誕生日
村の広場に、木の舞台が組み立てられている。お祭りの会場には多くの人がいて、たくさんのテーブルや椅子が並び、ごちそうが次々に運ばれている。あちこちに赤や黄色の紙でできた鮮やかな飾りがつるされ、魔術で作ったであろう色とりどりのお花が飾られている。
春の訪れを願う、冬のお祭りだ。
「お祭りってはじめて!」
リアは見るもの見るもの新鮮な様子だ。
(ウィローが人混みを心配するから、行ったことがなかったのか)
ロアンは嬉しそうなリアと並んで歩く。タフィの村のお祭りは、賑やかだが出店などはないようだ。コルネオーリの首都のお祭りは出店もでて本当に賑やかだ。
(昔、アステル様とお忍びで遊びに行ったっけ……リアもいつか、可能なら、連れて行ってあげたい)
ウィローは本当に後をついてきているだけだ。お面にローブの怪しい人であることを気にしているのか、ふたりから少し離れたところにいる。
珍しいお面に、子ども2-3人に群がられている。
「おにいちゃん、なんでお面をつけてるのー?」
「……」
「とってみてー!」
「……」
「なんもいわない、つまんなーい!」
祭りの魔王の劇がはじまるようで、子どもたちが集まっていく。リアもロアンも劇を見るのにウィローを誘ったのだが「ぼくはここにいるよ」と動かなかった。遠目から『楽しそうに劇を見ているふたりの姿』を眺めている。
お面をつけているので表情がわからないのだが、ずっとテンションが低い。リアは気掛かりだ。
(無理につれてきて、かわいそうだったかな?)
劇を見たあと、リアとロアンは一緒に村の人に声をかけて、ある民家に入っていく。しばらくしてリアは、祭で花を撒く係の服を着て戻ってくる。白いブラウスの上に袖のない赤いワンピースを着ている。その上からポケットつきの白いエプロンをつけている。頭に白い頭巾をかぶっている。ブラウスの袖やワンピースの裾、エプロンの裾、頭巾に、色とりどりの刺繍がたくさん入っている。
タフィの民族衣装を着たリアを見て、ウィローはびっくりした様子だ。
「とっても可愛いね、リア!」
「可愛いですね、リア。子どもらしくて」
「どういう意味、ロアン」
リアはロアンをにらむ。
「リアがこういう服も似合うのは、ぼく、はじめて知ったよ」
「ありがとう、ウィロー」
リアははにかんで笑う。
(ようやく、ウィローとお祭りを楽しんでる感じ! でも、ウィローがいてくれるだけでも、良い誕生日だと思わなきゃ)
近ごろは会えない時間のほうが長いので、リアはウィローが来るというだけで最近ずっとそわそわしていた。ウィローからの手紙(もちろん『愛しいリア』ではじまっている)を頻繁に読み返して、ロアンにウィローの話ばかりしていた。昨日もロアンに「ウィロー いつくる?」と聞き続けて、流石のロアンも「もう他のことを考えましょうよ、リア」と言うくらいだったのだ。
(ウィローのお嫁さんになりたいからがんばる。でもウィローにも、ちゃんと私をお嫁さんにしたいって思ってもらわなきゃだめなんだ。……すこしでも振り向いて欲しい)
じゃあ、どうすればいいんだろう、とリアは最近ずっと考えている。
ーーーーーーー
夜になると、タフィの村の広場に灯りがともる。陽気な音楽がかかり、人々が踊っている。
寒くなってきたので、リアは民族衣装の上に白いコートを着ている。さっきウィローが2人分のコートを持ってきてくれたのだ。ウィロー自身は厚手の緑のローブを羽織っていた。
(そのウィローが見当たらない)
「ウィロー、どこかへ行ってしまいましたね」
「私、さがしてくる!」
「リア! ちょっと!」
ロアンの声に振り返らず、リアは走ってウィローを探す。
ウィローは少し離れた木の下にいた。お祭りの広場が見渡せるが、暗い場所だ。
「ウィロー! そんな暗いところにいないで、こっちにおいでよ!」
ウィローが動かないので、リアがウィローのそばまで歩く。リアは暗いところに行ってみて、はじめて、月明かりに気づく。
リアは月を指さし、ウィローに笑いかける。
「ウィロー、見て! 月が綺麗だよ」
「綺麗だね」
お面をつけたウィローは、木の下に立っている。
「きっと、きみの生まれた日もこんなふうに、月が綺麗だったんだろうね」
リアは、離れたところにあるお祭りの会場も指さす。
「ねえ見て、みんな踊っているわ! ウィローは、踊らないの?」
タフィに伝わる音楽だろうか、笛の旋律がメインの、不思議な、明るい楽しい曲に合わせて、村の人たちが楽しそうに踊っている。
「リアは踊りたいの?」
「踊りたいわ」
ウィローは、リアの片手をとる。リアの腰に手を添えて、リアの体を引き寄せる。リアは驚いて真っ赤になる。ウィローは音楽に全然あわない、ワルツのステップを踏んだあと、リアと繋いだ手を上にあげて、リアのことを、くるくる、とまわした。
ついていけずにリアの足元がふらついたのを、ウィローが支える。
「目がまわっちゃった」
「あはは、だと思った」
ウィローはお面の下で笑う。
「ウィローはこういうダンスが踊れるんだね」
(王子様だったんだものね……)
リアはウィローにとられた手を見る。
急に、気づく。
(私って、ウィローにつりあっていない)
リアは真っ赤になる。
(やっぱり、ウィローの『いちばん大切』がどうして私なのか、全然わからない!)
「リア?」
ウィローは手を離して、心配する。
リアは12歳の秋まで、自分は『ちんちくりん』だから、ウィローに恋愛対象として見られていないと思っていた。
スペンダムノスへ行ったとき、婚約者候補だったと聞いて、恋愛対象にもなり得るのかもしれないと期待した。ウィローはリアを「愛している」、「一番大切な人」だと言った。でも「娘のように妹のように愛している」とも言った。
旅行やお守りの一件で、ウィローには想い人が他にいるみたい、ともリアは感じていた。きっと、ウィローがキスしたことがある人だ。でもリアは、ウィローはその人と、もう会えないと思っているんじゃないかな、とも感じていた。ウィローにとって祈る対象ということは、想い人というより神様みたいに思っているんじゃないかなと。それなら、人間の自分にもチャンスがあるんじゃないかなと思ったのだ。
そして13歳の誕生日、やっぱり自分は『ちんちくりん』で、つり合いがとれていないのだと気づく。
この1ヶ月と少し、ロアンと花嫁修行をしていて――お料理したりお裁縫したり神聖力の練習をする中で、ロアンはウィローをよく知っていて、よく見ていて、リアは驚いた。ロアンはウィローを大切に思っていて、大切にしている。
(じゃあ、私は?)
大切にしたいし、役に立ちたいと思っているのに、そういう気持ちはあるのに、いつもわがままばかりだ。
リアがウィローを困らせても、ウィローは全然怒らない。でもそれは、ウィローが『娘のように妹のように』リアを愛している証拠ではないか? とリアは思う。
(ウィローを困らせてばかりなのは、『私は子どもです』って言ってるようなものなんだわ)
(なのに今日も、お祭りに行きたくないウィローを引っ張ってきちゃった)
もっとウィローが喜ぶこととか、考えないと、きっとダメなのだ。ウィローに振り向いて欲しいのであれば。自分の気持ちを押し付けてばかりではなくて。
「リア、本当に大丈夫?」
ウィローがかがんで、お面をつけたまま、リアの顔をのぞきこんでいる。
リアはハッとする。
「だ、大丈夫! ちょっと考えごとをしていたの。13歳になったから、考えることがたくさんあるの」
「そっか。そうだよね。
リア、お誕生日おめでとう」
「ありがとう、ウィロー」
「リアは最近、背が伸びたね。ぼくと会ったときはこんなに小さかったのにね」
ウィローはこんなに、と背の高さに手を出してみせる。そんなに小さかったかな? とリアが思うくらい、大げさだ。
「そうでしょう もう一人前のレディーだって認めてくれた?」
「さあ、どうでしょう?」
お面の下で、ウィローはきっと、笑っている。
(きっと認めてくれていない、ウィローは)
リアはふと、なにかウィローが喜ぶことをしてあげたい。と思う。
でも、ウィローはキスは喜ばない。お面してるから、できないし。
そういえば……と思い出し、民族衣装のエプロンのポケットに手を伸ばす。
「ウィロー ちょっと屈んでね」
リアはポケットからハンカチに包んだお祭りのお花を出す。
「このお花をかけてもらうと、幸せになれるんだって」
ウィローがずっと遠まきに見ていたので、かける隙がなかったのだ。
「だから、ウィローに、私からのおまじないだよ」
お面をかぶったウィローの頭に、赤い花びらがひらひらと舞う。
「ありがとう、リア」
(ウィローはお面の下でなにを考えているんだろう? 嬉しかったらいいな)
ウィローは自らの髪についた花びらをそっととると、ローブの左胸の位置にある内ポケットにしまう。
「ロアンが心配してるかな。リア、そろそろロアンにも声をかけて、屋敷に戻ろうか」
『ウィローともう少しふたりでいたい』という言葉をのみこんで、リアは頷く。
ーーーーーーー
ウィローとリアがお祭りの会場に戻ってくると、なんとロアンが女の子と話していた。丸顔でふっくらしていて、優しそうな印象の茶色い髪の女の子だ。ロアンと同い年か、少し上くらいに見える。
女の子はリアを見て、お面のウィローを見て、びっくりして会釈をして去っていく。
リアは聞く。
「今の子、だれ?」
「テイナって子です、村の仕事でよく見かけていて、声をかけてくれたので」
ロアンはタフィの村の仕事を手伝っているので、そこで知り合ったようだ。
「ふうん」
(ロアンが女の子と話してるのはじめて見た)
リアの興味がお祭りの別のことにうつると、ウィローはロアンの背中をとん、と優しくたたく。
「よかったね、ロアン」
「な、ななななんですかウィロー」
お面の下で機嫌が良さそうなウィローに気持ちが筒抜けな気がして、ロアンは顔を真っ赤にしながら目をそらす。