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57) 2周目 タフィのお祭り


「絶対にいやだ」

「そこをなんとか、お願いできませんか?」

「いやだ」 


 季節は冬だ。約ひと月、姿を見せなかったウィローが陰鬱(いんうつ)屋敷に泊まった日の翌朝、居間でウィローにルーキスが頼みごとをしているのをリアは眺めている。

 ウィローは珍しく、頑なに断り続けている。


 ロアンがやってきてリアに聞く。

「ルーキスさんはウィローに何をお願いしているんですか?」

「今度あるタフィのお祭りの劇の、魔王の役をウィローに頼んでいるんだって」

 リアとロアンは草花の模様の入った茶色いソファーに座りながら、立ったままやりとりを続けるふたりを見る。


(あるじ)ほどの適任者はいません」

「いやだ。魔王の役なんてやりたくない」

 ウィローは首を横に振る。

「そもそもぼくは、タフィのお祭りに参加すらしないつもりだよ……大事な日だから、屋敷には来るけど、屋敷からは出ないよ」


 ロアンはリアに聞く。

「タフィのお祭りの日っていつでしたっけ?」

「私の誕生日」

 リアは、へへへ、というしまりのない顔をする。大事な日、という言葉が嬉しかったのだ。

 

「私、ウィローが魔王の役をやるならタフィの役をやりたいけどなあ」 

「私も、鳥の姿のリアを見てみたいですね」

「花嫁さんの格好じゃなくて、鳥の格好なの!?」

「そうみたいですよ、鳥の格好をして笛を吹く役なんです」

「やっぱりやめる……可愛くないなら、着たくない……」

 リアはソファーの肘掛けに頬杖をつく。


 ウィローに頼み込むも、ずっと「いやだ」と断られ続け、ルーキスは残念そうな顔をしながら諦める。


ーーーーーーー


 リアが家出して戻ってきた日の夜のこと。ウィロー、ロアン、リアの3人はロアンの部屋に集まり、絨毯の上に座りながら話をしている。


「タフィは、本当に魔物だらけの土地ですね。でも、人々は魔物と共存しているように感じます」

「ルーキスから何も聞いていないの?」

 ロアンの言葉に、ウィローは不思議そうだ。

(日々、聞けるような空気じゃなかったですよ!)

 ロアンはあの空気感を経験しなかったウィローを羨ましく思う。


 リアとロアンは、タフィという土地についてウィローから話を聞く。


「タフィのコミューンの結界内のエリアは、昔からのタフィ教徒のほか、魔物との混血の人間、なにかあって魔物になっちゃった人間、アサナシア教会に追われている人とかが住んでいるんだ。タフィの地は、そういう人たちが農業をはじめとする生活をしながら、お互いを支え合うための共同体なんだよ」 


 リアは、感動する。

「私たちにぴったりの土地ね。ウィローはどうやって見つけたの?」

「ルーキスが教えてくれた」

 リアは途端に、苦い顔をする。 


 ウィローは絨毯の上に木の板を置き、その上に紙を敷いて、羽根ペンの先をトントン、とつける。どう書こうか迷っているようだ。


「アサナシア教はタフィ教を、もともとマヴロス大陸に住んでいた『魔王と魔物に虐げられてきた者たち』の土着の宗教で、アサナシア教徒がタフィ教徒を救ったのだと位置付けている」

 ウィローは紙を見つめながら話す。


「でもその実、タフィ教は、魔王と魔物と共存してきた人間たちがその歴史を残し、共存し続けるための宗教だ」 

「……」 

「タフィ教徒たち曰く『虐げられてきた者』なんて存在しなかったと。魔王と魔物と人間たちで、仲良くやっていたところに、海の向こうから勇者たちの一行がきて魔王を殺してしまい、それからさらに大量の人間が押し寄せてきて、マヴロスの大地を変えてしまった、っていうんだ。だから変わる前の大地を、一村だけでも結界に封じ込めて残したんだっていうのが、コミューンに伝わっている話」

 ウィローは迷った結果、羽根ペンを置き、書くことを放棄する。リアがその羽根ペンをとり、インクをつけて勝手に紙に落書きをはじめる。


「それって……アサナシア教会にバレたら、この村は、滅ぼされるの確定ですよね?」

 ロアンは心配そうだ。


「だから、タフィのコミューンは結界で何重にも隠されているんだ。タフィの大結界は、本当に見事な結界なんだよ、誰にも真似できない歴史的な遺産だ。 

 ひとつめは、もともとタフィのために魔王が張ったといわれている結界なんだけど、二重三重の部分は誰が張ったのかよくわかっていないみたい」

「ウィローでも張れない結界なの?」

「ぼくも感嘆するような結界だよ。ぼくにも真似できないよ」

 本当に素晴らしいんだから、美しい結界だよ、とウィローは魔術的な遺産について嬉しそうに話す。


「タフィってなんなの?」 

「タフィは魔王の花嫁と言われているね。一説には小鳥だと言われている。だからタフィ教のシンボルは小鳥なんだ。タフィ教徒たちが言うには、魔王陛下は、タフィのような力が弱い者にも優しかったと。その心を忘れないためにタフィ教っていうんだってさ」

 ウィローはあんまり興味なさそうな顔で教えてくれる。


「一つ気になっていますが、ウィローが村を歩くのにお面をつけるのはどうしてですか?」

「……ぼくの魔力の量や質は、魔物たちに魔王を彷彿とさせるんだって」

「ウィローが、つよいから?」

「まあ、そうだね」

 ウィローはどんよりとした表情をしている。


「魔力を感じ取れるタフィの民や魔物の多くが、勝手にぼくのことを敬愛してくる。実は、タフィの村はぼく、本当に居心地が悪いんだ。お面をしていないとどんどん魔物が擦り寄ってくるし、人間には勝手に勘違いされる。お年寄りとか、ぼくに手を合わせて拝んでくるんだよ……。 

 屋敷の庭に『帰還の魔法』を設定した魔石を持っているから、ぼくは基本、屋敷から出ないつもり。ルーキスが屋敷に魔力を感知させない結界を張っているからね」


「もしかしてウィロー、居心地が悪いから一緒にタフィの村に住まないんじゃないの?」

「そんなことないよ、前にも話したけど、やるべきことがあるからだよ」

(本当に?)

 リアはジトッとした目でいぶかしむ。


 ロアンが紙を指差して聞く。

「リア、この落書きはなんですか?」

「タフィ かわいいでしょ」

(リアは絵が下手だなあ)

 鳥に見えない。周りにお花がいっぱい描いてあり、可愛らしくはあるのだが。


「ふたりにこれを渡しておくよ」

 話の終わりに、ウィローはふたりそれぞれに金色の細い腕輪を渡す。後ろをみると、魔石が埋め込んであるようだ。

「タフィへの帰還の魔法を施しておいた。何かあったときに使って」


 リアとロアンは嬉しそうだ。

「やった! これでアズールの家とタフィが往復できるね」

「アズールに行くのはぼくがいるときにして、リア。心配だから」

「……はあい」

 リアはふくれながら、ウィローに返事をする。


ーーーーーーー


 タフィのお祭りの日。昼ごろ、屋敷を出る前にリアとロアンはウィローに声をかける。ウィローは、ソファーにもたれかかりながら魔術の本を読んでいる。ルーキスの蔵書を借りたようだ。


「ウィロー、本当に行かないの?」

「ウィロー 一緒に行きましょうよ」

「ぼくは、リアの誕生日パーティーの用意をするよ ケーキを焼くんだ」

「でもお祭りって夜まであるのよ、ウィロー」

「……」 

「今年はお祭りが誕生日パーティーを兼ねているようなものですよね」

「そうそう」


 リアは思いつく。

「あーあ お祭りには村中の人がいるし、魔物もたくさんいるんだろうな〜 ロアンだけじゃ、不安だな〜 どこかにすっごく強くて、私のことをちゃんと守ってくれる人がいると良いのにな〜」

「あ! リア! このソファーでだらだらしている人、すごく強そうで守ってくれそうですよ!」

 ロアンが茶化す。

「きみたちねえ」

 ウィローはため息をつき、本を閉じてソファーに置く。


 ウィローは立ち上がるとリアのほっぺに指を伸ばして、本当にやさしく、軽くつまむ。むに。

「……リアはどうしてそういう悪知恵を覚えちゃったの?」

「だって、ウィローと一緒にお祭りに行きたいんだもの」

 リアはウィローの手をそっと振り払うと、そのままその手を両手でにぎる。

「おねがい! 私、誕生日よ、ウィロー!」


(可愛い……断れるわけがない……)

 ウィローは再度、ため息をつく。


「わかったよ。他ならぬ、可愛いリアのお願いなら、ついていくよ。でも、後をついて行くだけだよ。きみたちだって怪しいお面の人のとなりを歩きたくないでしょう」

「気にしませんよ。ねえ、リア」

「気にしないわ、ウィロー!」

 ロアンも笑顔、リアも満面の笑みでウィローを歓迎する。


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