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50) 2周目 献身と暴力、良い人

 

 辺境領の塔を出る前夜、ウィローはロアンに話す。

「ロアン、リアは突拍子もないことをすると思うから、目を離さないようにしよう」 

「よくご存知なんですね」

「まあね。思いつきを本当にやっちゃう子なんだよ。だから、一番 警戒することは、リアが迷子になることだ」



 コルネオーリの辺境領からキアノスのアズールを目指す旅がはじまり、ロアンが驚いたのは、ウィローがその10歳の女の子を本当に大切に思っていることだった。

 ウィローは、旅慣れないリアを不安にさせないように、つとめて優しく、あたたかく接していた。話すときにはかがんで目線を合わせて、不安そうなら明るく声をかけたり、手を繋いだり。とにかくリアを笑顔にすることを、第一に考えているようだった。


 はじめのうち、街中ではずっとウィローかロアンがリアの手をつないでいた。迷子にならないように。歩くのが難しそうなところは魔術を使ったり、抱っこしたり、おぶったりして通った。急に雨が降れば、ウィローはローブに水を弾く魔法をかけて、リアを自分のローブの中に招き入れた。食べ物でも寝床でもなんでも、ウィローはリアが最優先で、2番目にロアンで、自分のことは一番後にしようとした。従者としては『主人より先』というのは納得できないと、ロアンはたびたび抗議した。

「でもきみは、まだ小さいから……小さい順だよ」

「小さくないです!」

 子ども扱いするウィローに、ロアンはむきになる。


 旅のはじめ、リアはあまり長くは歩けなかったし、よく体調を崩した。ウィローはリアの看病にすごく慣れていて、ロアンはそれもまた驚いた。

(アステル様のまわりに、病人なんていただろうか?)

 それこそアステル自身が、心身の健康を損なっていた時期はある。けれどその看病をしていたのはルアンだ。アステルではない。


 そんなこんなで「今日はここまで行きたい」と決めた目的地につくのに数日かかることもざらにあったが、ウィローは『それで当然だよ、のんびり行こう』という様子だった。リアが歩けなかったり体調を崩したことに不満を漏らしたのを見たことがない。むしろリアをひどく心配して、リアのことを一番に考えて旅程を組み直した。ロアンははじめのうちはウィローとの2人旅のようにいかない状況に文句が出そうだったが、ウィローの行いを見ているうちに(リアはまだ小さいから、そうしなければならないのだ)と思うようになった。


 長い旅のなかで、魔物には奇跡的にほとんど遭遇しなかったが、野生の獣がでたことは何度かある。はじめて獣に襲われた日、ロアンが剣を抜くよりはやく、ウィローが魔術で殺した。

(アステル様はこんな、実戦の経験があっただろうか?)

 獣の死を確認すると、ウィローは後方にいたリアのところへ走り、ロアンを振り向いた。

「ロアン、こうやって敵がでてきたときは、基本的には、ぼくが倒すよ。きみはリアを守って」

 リアはウィローの腕のなかで、怖がって震えていた。確かにそうだ、敵が複数いたらと考えると恐ろしい。ロアンは思った。

(おれは、リアと一緒に居てあげなければ)


 最初のうちはロアンに懐き、ウィローのことは何故か少し怖がっている様子だったリアも、日が経つにつれて優しいウィローに懐いていった。(そうでしょう、そうでしょう、ウィローは良い人ですからね)と、はじめのうちロアンはそう思っていた。


ーーーーーーー


 リアが11歳になって少し経っていたので、辺境領をでて3ヶ月ほど経った頃のことだ。ウィローのところに突然、手紙が届いた。手紙は魔術で送られてきたようだった。ウィローは読んですぐ、その手紙を魔術で燃やした。ふたりを結界を張った宿の部屋に置いていき、日が暮れる前に戻ってきて「あと2日ほど、ここにいてほしい」と話した。「毎日、日が暮れる前には戻ってくるよ」と。

 ウィローは見るからに元気がなく、様子がおかしくて、ロアンは心配になった。しかし、リアが「どうして?」とウィローに理由を聞くと、いつものようにかがんでリアと目線を合わせて「とても大切な仕事を頼まれたんだ」と話した。物語の本を数冊、紙とペンとインク、ロアンが欲しいと言っていた裁縫道具や布を買ってきてくれて、「リアのことを頼むよ」とロアンに言った。


 ウィローは次の日、約束通り夕方前には戻ってきた。しかしその次の日は、日が暮れかけても戻ってこなかった。リアは「帰りが遅いのでウィローを探しに行きたい」と言う。ロアンは「こんなに遅い時間から探すのは危ない」「町にいるとは限らない」とリアを説得しようとしたが、ふと目を離した隙にリアは部屋を出ていってしまう。


 慌ててあとを追いかけると、あたりはもう薄暗くなっていて、ロアンはリアを見失ってしまう。ウィローにあんなに言われていたのに迷子にさせてしまった、しかも夜に……とロアンは思う。次にリアを見つけたとき、リアは2人組の男に絡まれていた。リアの体を一人が捕まえていて、人さらいのようだ。声をかけると、もう一人が襲いかかってきたので、ロアンはその男を運良く倒す。するとリアを捕まえていた男は激昂し、リアの胸ぐらを掴んで持ち上げ、地面に叩きつけようとした。


 リアは、ふわっと地面に着地した。 

 ロアンが振り返ると、青い顔をしたウィローが立っていた。ウィローはなぜか手が泥だらけで、緑色のローブの裾にも泥がはねている。


 ウィローは魔術で男2人を捕縛した。「ごめんねリア、少し寝ていてね」とリアを睡眠魔法で寝かせた後、リアを投げた男を魔術でリアと同じ目に合わせた。空に投げて、地面に勢いよく叩きつけたのだ。そのあと、殴る蹴るの暴行も加えた。起きているロアンの目の前で。


 ロアンは優しく穏やかなウィローの、暴力的な姿にびっくりした。叩きつけるまででよかったじゃないか、魔術師なのに殴ったり蹴ったりしなくても、と思った。男の歯が折れているのが見えた。死んではいなかったと思うが、半殺しだった。


 戻ってきた、泥と血だらけのウィローに恐怖しながら聞いた。 

「ここまでボコボコにする必要、ありましたか?」 

 しかしウィローは、聞こえていない様子でリアのところへ歩いて行った。眠るリアを見るウィローの手が震えていた。ウィローは膝をつき、リアを抱きしめた。そして震えが止まると、リアを抱き上げ立ち上がり、歩き出した。

 


 宿に戻ったあと、ウィローは泥だらけのローブを脱いでベッドに座り、しかし眠るリアを抱えたまま離そうとしなかった。部屋は暗くなっていて、カンテラに入れた魔石の灯りが3人を照らしていた。

 ロアンはもう一度聞いた。

「あんなにボコボコにする必要、ありましたか?」 

「あったよ。リア、こわかっただろうに……ごめんね、リア。ごめんね……」


 眠るリアを抱きしめて謝り続けるウィロー。聞けばこの街で、先週、子どもが暴行される事件があったばかりだという。しかしウィローには、どうしても外に出なければならない用事があった。だからロアンとリアを結界の中に置いていったのだと。


「知っていたらもっと警戒したのに、どうして言ってくれなかったんですか」と聞いたら「きみたちを怖がらせたくなかったから」とウィローは話した。そういう経緯があって、あの2人が犯人だったと言うなら暴行についても、まあ頷けた。しかし、あんなふうに感情に任せて暴力を振るう人間は『良い人』だろうか? あの姿は、普段の優しくおだやかなウィローとかけ離れすぎていて、まるで幻だったのではと思うくらいだ。


 ロアンが小さな声で「あんなふうに暴行してほしくなかった」と伝えると、ウィローは言った。

「冷静じゃなかったことは、認めるよ」

 ウィローはリアのことを見つめて、リアの頬にそっと触れて。それから悲しそうに呟いた。


「きみの思うぼくでいられなくて、ごめんね」

 ロアンは胸が痛んだ。黙っていると、ウィローはこう続けた。


「でもね、ロアン、ぼくはね。リアときみ以外は、どうでもいいんだ。どうなってもいいんだ。それこそ世界が滅ぼうと、どうだっていいんだ」


 ずいぶん投げやりなことを言う、とそのときは思った。



 眠りから覚めたリアは、ウィローの腕の中にいることに驚いた様子だった。再度、ウィローはリアに謝った。ロアンも軽率な行動を2人に謝った。リアはウィローとロアンに「助けてくれたのに何を言っているの?」「私も、ごめんなさい」と言った。リアはウィローから離れようとして……腕の中から出してもらえなかった。


 その日、眠るときまでリアはウィローの腕の中にいた。「不安だから」とウィローはリアのことを離さなかった。リアは困惑していたが、途中からあきらめたようだった。眠るリアを抱き枕のようにして眠るウィローを見て、本当に不安なのだろうとロアンは思った。リアが迷子になったり、またあぶないめにあわないように、腕の中に入れているのだろうと。


 

 ロアンはその夜、寝つけなかった。カンテラの灯りに照らされる、同じベッドで眠るふたりをまじまじと見る。

 ロアンは気づく。部屋が暗かったのと、ずっとうつむいてリアの顔ばかり見ていたので気づかなかったが、ウィローは泣き腫らしたような顔をしている。帰ってきたときの泥だらけな手といい、どんな仕事をしてきたのだろう?


(アステル様は、元気になったと思っていた)

 ロアンはウィローの横顔を、心配そうに眺める。

(でも、本当に、元気なんだろうか?)

 あのとき研究していた魔法は『太陽の光を防ぐ魔法』だった。躊躇せず、獣を倒し、人に過剰な暴力をふるった。王子を辞めたのも。すべて、リアに関係している。

(リアが大切だから? どうしてそこまで……)

 でも『アステル』がそう決めたのなら、ロアンはそれに従うだけだ。ただ……ウィローにもう、あまりおかしくなってほしくない、とロアンは思った。

 


 翌朝、ウィローが顔を洗いに行ったタイミングでリアが起き、ロアンにこそこそと内緒話をする。

「ウィローが離してくれないから、体がガチガチになっちゃった」

 リアはうまく熟睡できなかったようだ。


「ウィローって本当に優しくて良い人だよね。でも、やっぱり、こわいなあって思うときがあるの」 

(おれも、そう思う)

 でも、リアはウィローが暴力を振るうのを見ていないはずだ。ロアンはリアから目をそらす。


「リアが危ないめに合わなければ良いんですよ。リアが危ないめに合わなければ、ウィローはおかしくならない」 

(そのためには、まず、おれがリアを危ないめに合わせないことだ)


 リアはロアンに言われたことが、しっくりこない。ちがうの、と喉元まで出かかった言葉をのみこむ。 

(私のことを、どうしてこんなに大切にしてくれるのかがわからないから、こわいの)


 ウィローが戻ってくる。

「おはよう、リア」

「ウィロー おはよう、よく眠れた?」

「ぼくはきみのおかげで、ぐっすり眠れたよ。でも、昨日は、抱き枕にしちゃってごめんね」 

 ウィローはかがんでリアと目線を合わせる。本当に昨日より顔色もよく、調子が良さそうだった。リアは頬を染めてうつむく。

「困ったウィローだなって思ったの。でも、眠れたのならよかったわ」

 ウィローは、何も言わず。腕をまわしてリアのことをハグした。ぎゅーっとハグをしてから、離れる。


「リア、本当にありがとう。ぼくはリアに、たくさん助けられているよ」

 リアの両手をとって、目を見てこう言った。

「ぼくは、がんばるからね」

(何を?)

 ロアンとリアは顔を見合わせる。その後、朝食を食べよう、と促され、ふたりはウィローのあとをついていく。


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