5) 2周目 髪飾り
「これ、かわいい!」
露天の雑貨屋にて。リアは白いリボンを見つけて指をさす。
「それは、魔法の触媒にはならないのでは? 魔石のついたものが良いって話でしたよ、ね、ウィロー」
「そうだねえ、可愛いけれど、ならないねえ」
「可愛いのになあ〜」
リアは残念そうだ。
ウィロー、ロアン、リアの3人は、買い物のためにアズールの市場を歩いていた。『帰還の魔法』――触れて『指定された特定の場所』に戻りたいと願うと、瞬時に戻ることができる魔法――をこめることのできる道具を探しに来ている。
道具に魔法をこめるには、魔石がついている必要がある。魔石にも良し悪しがあるが、魔法の効き目は使用者次第なので、『魔石の良し』とは使用回数が多いもののことだった。
(でも、大きいとか小さいは関係ないんだな)
ロアンは剣の柄頭につけるために魔石のみを探し、大きくて安い魔石を見つけて「私はこれが良いです」と言った。しかしウィローは「それは2回くらいしか使えないよ」と、小さな魔石をいくつかすすめた。
ロアンはその中から青い魔石を選んだ。
「私の目の色にしないの?」
リアがジトっとロアンを見る。宝石がウィローの目の色であることを気づかれて、ロアンは耳を赤くしながら言った。
「私はウィローに忠誠を誓っているのであって……リアの目の色を選ぶのは誤解を招きかねなくて怖いですし……」
「? ふたりとも何話してるの?」
「ロアンがウィローの……むぐぐ!」
「リア!」
焦りながら、ロアンがリアの口をふさぐ。
「仲良しだねえ」
ウィローはあはは、と笑う。
あとはリアだけだ。ウィローはあらかじめ『帰還の魔法』用に、魔石を用いた装飾品を用意していると言う。
ところがリアの魔石がちっとも決まらない。これも可愛い、あれも可愛い、と迷い続けては店や露天をあとにすることが続いた。
(女の子の買い物、長すぎる……)
ロアンは飽き飽きしていたが、ウィローはまったく苦ではない様子で、リアが選ぶのを見守っている。
街行く人たちが、ウィローの容姿の良さをチラチラと見ていることにロアンは気づく。中には美しい女性もいるのだが、ウィローが目で追っているのはリアのみだ。街で見てくる人間のことは、ウィローの眼中にはないようだ。
ただし、街中の誰かが、リアを見ていたとき――ウィローはひどく冷たい視線を相手に送り、相手は慌てて目を逸らす。
ロアンは恐怖で、ドキドキとする。
(なにごとも起こりませんように!)
「リアが危ないめに合わないか心配だよ」とよく言っているので、ウィローは、街中では気を張っているようだ。でも、話しかけるリアに返答する表情はそれを感じさせず、おだやかだ。ウィローもロアンよりずっと、買い物を楽しむのが上手で慣れているようだった。
「リア、こっちのお店はどう? アンティークのお店だから、一点ものとか、良い魔石がついたものがあるかもしれないよ」
「アンティークって何?」
「古いけれど、大切にされてきたものとか、そういうもののこと」
ウィローが店のドアを開けると、チリンチリンとドアベルが鳴った。
「どうぞ、お姫様、騎士様」
「ありがとうございます、偉大な魔術師さま」
リアはウィローに恭しく礼をして入店する。
「ウィロー、私にドアを押さえさせてください! 流石に気まずいですよ!」
焦るロアンに(しー!)と、ウィローは人差し指を自分の唇にあてる。
小さな店の中は静かだった。初老の店主のほかは、ウィローとロアンとリアだけのようだ。少し薄暗かったが丁寧に掃除されており、窓があいていて風が入ってくるのが心地よかった。
リアは心地よい風に惹かれ、窓に向かって歩く。すると、窓から光が差す机に陳列されたアクセサリーのうち、ひとつに目がとまる。
「ウィロー、見て! これ、ウィローの持っているお守りに似ているわ」
ちいさな青い宝石の周りを、ひし形の金細工が囲んでいるデザインの髪飾りだ。金細工は蔦の模様だが、少し作りが雑な感じだ。本物の金ではなくレプリカのようだった。古いものらしく、錆びつきが見られる。
リアはウィローを振り向き、見上げる。
「これ、魔石?」
「そうだね、金細工はいまいちだけど、魔石はとても良い品だね。魔石の鑑定ができる人は少ないから、大きさで判断されて売買されることがよくあるんだよ」
ウィローはリアに聞く。
「本物の金細工じゃなさそうだけれども、これでいいの?」
「これが良いわ。小さなウィローのお守りみたいで、とっても素敵」
(それにさっき、ロアンが選んだものを見て、私も魔石の色は青が良いって思ったから……)
髪飾りを見つめるリアに、ウィローは後ろからこっそりと耳打ちした。
「ぼくの目の色を、身につけてくれるの?」
リアは真っ赤になって振り返ると、ハッとする。
「ウィロー! さっきの会話も聞いてたの?」
「え、なんですか? ウィロー? リア?」
「あんなに近くにいて、聞こえていないのがおかしいと思った……」
「ナイショ」
ウィローはいたずらっぽく笑ってみせる。
店の外にでると、リアはさっそく髪飾りを紙袋の中からとりだし、陽の光にかざして眺める。青い石と金細工が、キラキラと煌めいてとっても綺麗だとリアは思う。
そんなリアのことを、ウィローは懐かしそうに見つめている。(買い物がやっとおわった)とロアンはホッとしている様子だ。
髪飾りを見つめながら、リアは、ウィローとロアンと旅をはじめたばかりの10歳の頃を思い出す。