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47) 1周目 ひとりじめにしたい 


 チリンチリン、とお店のドアベルが鳴る。無事にアステルへの贈り物の注文を済ませたシンシアは、ほくほくとした笑顔で店から出てくる。

 するとすぐ、もう一度チリンチリンとベルが鳴った。シンシアが振り返ると、身なりの良い若い男性と、その護衛らしき男性が出てくる。若い男性はシンシアに微笑みかける。


「こんにちは。突然声をかけて、驚かせてしまってすみません。お嬢様は、護衛をつけていらっしゃらないのですね」 

 シンシアは知らない人に急に話しかけられて、言葉がでてこない。

「先ほどから貴女のことを見ていました。美しい方が護衛をつけていないので変だな、と思っておりまして」

 男性はシンシアに手を差し伸べる。

「よろしければ、私たちが、家までお送りしましょうか?」

 シンシアはどうしよう……と困る。そこに、ルアンが現れ、シンシアはホッとする。


「護衛ならここにおります。お嬢様、お待たせしました」

「ああ、外にいらっしゃったんですね、安心しました」

 男性は少し残念そうにしている。


「あの……せめてお名前だけでも、お教えいただけませんか?」 

「難しいです、おひきとりを」

 ルアンは速攻で断りを入れる。第四王子の婚約者だ。言い寄っても、この人だって困るはずだ。


 しかし、シンシアは男性が名前を知りたい理由がよくわからないようで、男性とルアンにふわっと笑いかけた。 

「ルアン、いいですよ。親切な方ですし……」


 ルアンは、路地の横道からアステルが来たことに気づいてぎょっとする。

(早すぎる、どうやって見つけたんだ?)

 男性とその護衛も、アステルに気づく。

 アステルはもうめちゃめちゃに機嫌が悪そうで、ルアンはぞっとする。


 シンシアは男性に笑いかけて、名前を言おうとする。

「私は……シ……」

 シンシアは、後ろから軽く、口をふさがれておどろく。振り向くと、アステルがいる。


 アステルは男性を冷たい目で見つめ、告げる。

「きみに教える名前なんてない」

 男性は困惑してアステルを見る。 

「貴方はえっと……彼女の何ですか?」


 アステルは答えない。シンシアの手をとると、踵を返して歩き出してしまう。

「ちょっと、ちょっと!」

 護衛の男が憤り、アステルを呼び止める。

「こちらのかたは、ツィンドーニア伯爵様ですよ!? 無礼にも程がありますよ」


 アステルは振り返る。

 じっ……と、青い瞳で伯爵と護衛を見つめると、また踵を返して歩き出してしまう。


 男性は、シンシアがアステルの手を握り返しているのを見る。男性は護衛の男に苦笑いをする。

「いいんだよ、どうも私は恋人たちの邪魔をしてしまったようだから」


「私の主人が失礼なことをして、本当に申し訳ありません」

 ルアンはふたりに頭を下げると、急いでアステルとシンシアのあとを追う。


(アステル様は本当に社交能力に欠ける……)

 昔から得意な印象はなかったが、どんどん輪をかけてひどくなっている気もする。それに加えて、シンシア姫に対するアステルは嫉妬深すぎて、びっくりする。 

 こんな人だっただろうか? と思うほどだ。


ーーーーーーー

 

 ルアンが手配した帰りの馬車の中は、沈黙が流れていた。ルアンはカスタノ家に寄ってから戻るというので、シンシアはアステルとふたりきりだ。


(どうしよう……)

 シンシアは困惑していた。アステルは窓の外ばかりを見ている。シンシアのことを見ない。無表情でいつものような微笑みがない。それだけでアステルのことが、とても怖い。

 謝らなきゃ、と思う。でも、何を、どうやって謝ったら良いのだろう? なぜアステルがこんな様子なのかもシンシアにはよくわからず、話しかける言葉が見つからない。


 シンシアは、あたたかくて優しいアステルしか知らない。他人に対して、あんなに冷たい声、冷たい視線を向けることができるなんて、知らなかった。あの目が、自分に向けられたらどうしよう、とシンシアは思う。『いずれ王子に捨てられる』というお父様の声を思い出す。

(アステル様はそんなことしないわ)

 そう思うけれど、けれど……あれはシンシアの知らないアステルだった。



 魔術院に到着すると、アステルは先に馬車から降りて「シンシア」と手を差し伸べる。手をとるときにアステルと目が合うが、そらされてしまう。

 アステルはそのまま手を繋ぎシンシアを部屋まで送り届けると、部屋の前で手を離し「じゃあ、シンシア、おやすみ」と、去ろうとする。


「アステル様、待って!」

「シンシア、良い夢を見てね」

 アステルは振り返ると、それだけ言い、立ち去ってしまう。シンシアとの会話を拒絶するような振る舞いだ。

(まだ夕方なのに……)

 シンシアは困惑する。



 しばらくして、ルアンがシンシアに夕食を届けに来た。シンシアはルアンの顔を見て、ほっとした。 

「仲直り、できましたか?……できていなさそうですね」

「アステル様、すごく怒っているみたいなんです……」 

「シンシア様はどうやってアステル様から離れたんですか?」 

「逃げちゃいました」

「何も言わずに」

「はい……」 


 それは怒るだろう、とルアンは思う。あのときのアステルの焦燥した様子もよくわかる。シンシアの身になにかあったと思ったのだろう。 


「アステル様はどうして、あんなに怒っているんでしょうか」 

「そりゃ……心配したからですよ」

「心配、ですか?」

「シンシア姫が誘拐されてしまったのかと勘違いしたのではないですか?」

 シンシアは(コルネオーリは治安が良い国だから、私が一人で歩いても問題ないんじゃ?)と思っていた。ルアンの言い方だと、そういうものでもないようだ。 


「どうやって仲直りしたらいいのでしょうか……」

「お茶に誘ってみたらいかがですか?」

「お茶?」

「アステル様は、お茶が好きでしょう?」

 ルアンは、当然のことでしょう? という様子だ。シンシアはふたりの仲の良さを羨ましく思う。

(いいな。私もルアンくらい、アステル様のことを知っていたら……怒らせなかったのかな)

 

 その日「良い夢を見てね」の宣言どおり、アステルはシンシアの部屋に帰ってこなかった。

 シンシアは(明日になったら、お茶を飲もうって誘おう。そして謝ろう)と思いながら眠りにつく。

 

ーーーーーーー


 深夜遅くに、アステルはシンシアの部屋の扉をそっと押し開ける。替えの服を部屋に置かせてもらっているので取りに来たのだ。部屋に入ると、ソファーの前に置かれたテーブルの灯りだけがぽつんとともっている。アステルが来るかもしれないと思った、シンシアの気遣いだろう。

(ぼくはあんな態度をとったのに、シンシアは優しい)


 そっとシンシアの寝ている部屋に入り、立ったままシンシアの寝顔を眺める。いつもならシンシアが寝ているときに寝室に立ち入るなんてことはしない。でも今日は、どうしてもひと目、シンシアを見たいと思ってしまった。


 シンシアがいなくなったとき、アステルはシンシアの無事を思うと、不安で胸がしめつけられる思いだった。危ないめにあっていたらどうしよう、ルアンを連れてこなかった自分のせいだと。物語の棚で足を止め、目を離したことを激しく後悔した。


 最初はがむしゃらに探してしまったが、ルアンと会ったことで冷静になり、魔法を使おうと思った。ローブを着ていないから調子が狂ったのだ。店に行き、魔道具を買い揃えて探知魔法を使い、シンシアは書店の裏の店にいるだけだと知った。シンシアは自分で書店を出て行ったのだ、と気づいた。 

 そこまでならシンシアと再会したときに『どうしてそんな危ないことをしたの』とシンシアに聞く心の余裕があった。『もうこんなことはしないで』と抱きしめようと思った。 


 しかしシンシアは、知らない男と話していた。名前を告げようとしていたから、シンシアにとっても知らない相手だ。それはわかっている。そうだとしても、シンシアが『シンシアに気がありそうな男』に優しく笑いかけていたのが信じられなかった。


 シンシアの笑顔も、声も、姿も――シンシアに気がありそうな男に、少しも渡したくなかった。名前なんて、なおさらだ。もうひと言もシンシアに口を開かせたくなくて、口をふさぎ、その場から急いで離れた。


 馬車のなかでも心の内が整理できず。口を開いたらシンシアを傷つけてしまう気がして、ずっと口を閉じていた。この感情はなんだ? とアステルは思った。

(ぼくはシンシアを、ひとりじめにしたいみたいだ)

 それこそもう、ずっとこの『シンシアの部屋』にいてほしいと思うくらいに。シンシアに自由を与えたくて、必死に努力して、研究して、ふたりで自由を勝ち取ったのに――矛盾している。


 シンシアの寝顔を見る。触れる勇気はなかった。


(ねえ、シンシア、何を隠しているの?)

 シンシアが何かをアステルに隠していることも不安の原因だった。恋人にも夫婦にも、隠しごとはあって良いだろう。しかし、シンシアが何を考えているのかが、まるでわからない。


 最近のルアンとの仲の良さだってそうだ。ふたりで何かこそこそとしている。あまり愉快ではない。シンシアはルアンの好みとは違うと、長年の友人であるアステルにはわかっている。しかし、シンシアはルアンをどう思っているのだろうか?


 それこそ、アステルとシンシアは政略結婚をするわけなので、ルアンではなかったとしても、本当に好みな相手をシンシアが見つけてしまったら……と不安になる。今日、見ず知らずの他人に笑いかけている姿を見ただけでこんな思いをしているのに、身がもつ気がしなかった。


(ぼくはシンシアを大切にしてきたつもりなんだけど……)


 愛を与えて、愛を勝ち取れたら、最高だけど。でも、たとえ想いが返ってこなくても、アステルは別に構わなかった。大切にして、笑顔が見られるだけで幸せだった。


(でも……離れていくのはダメだ、許せない。ずっと一緒にいてほしい)


(ちゃんとシンシアと話し合わないと)


 離れてほしくないのなら、今日の自分は失格だったと、アステルは思う。シンシアに冷たい態度をとってしまった。

(明日になったら、謝らないと。そしてシンシアの話を聞いて、自分の気持ちも伝えよう)


 シンシアの寝顔は可愛らしくて、誘惑に負けて髪に触りたくなるが。シンシアに触れずに、アステルは部屋からそっと立ち去る。


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