46) 1周目 15歳 街にデートに
「あの……ルアン、お願いがあるのです」
ある日、シンシアが魔術院の廊下でルアンを呼び止める。
「アステル様に内緒で、贈り物を用意したいと思っているんです」
「もうすぐ誕生日ですものね」
春のはじめの、アステルの誕生日。もちろんルアンも忘れていない。もう贈り物は用意してある。
「こんどアステル様が街へ連れていってくださると仰っていて、そのときに私、1人で買い物できたら……と思っているのですけれど」
両手の白い指先を合わせて話す少女に、ルアンは眉をひそめる。
「1人で、は難しいですね。護衛の立場からもおすすめできません。私がついていれば……」
そこまで話して(本当に可能か?)とルアンはこわくなる。
「アステル様には内緒なんですよね?」
「内緒で用意できたら嬉しいなあって……」
ということは、ルアンとシンシア姫で、アステルを撒くということだ。シンシア姫とのデート中にアステルを撒く? 死ぬかも。
「お店はどのあたりですか?」
ルアンは手帳から小さく折りたたんだ城のすぐ外にある街の地図をとりだすと、広げてみせた。シンシアは指さす。
「たぶんこのあたりかと」
すぐそばに大きな書店がある。ルアンもよく訪れる店だ。魔術書もあり、物語の本も多くある。アステルをここに連れていき、シンシア姫がお化粧をなおすのでルアンがついていくと言う……で、帰りが遅くて叱られると。運が良ければアステルは魔術書か物語の本にひっかかって、時間を忘れて読んでいることだろう。
「……わかりました、当日、一緒にがんばりましょう」
「よろしくお願いします」
シンシアは嬉しそうにルアンに頭を下げる。
ーーーーーーー
「どうして君がついてくる前提なの? 君を連れていくなんて言っていない」
当日、アステルは無慈悲にもルアンにそう告げる。
「でも、護衛を連れずに街を歩かれるのは……」
「ぼくがいれば、シンシアを危ないめに合わせたりはしない」
アステルは、まっすぐにルアンを見て断言する。
「せっかく久しぶりに、ふたりで遊びに行くのに……ルアンはぼくとシンシアの邪魔をしたいの?」
「いえ……」
ルアンは困り果て、シンシアに目配せをする。
(シンシア様、こっそりついていくので書店で合流しましょう!)
(ルアン、私ひとりでがんばるってことですね、わかりました!)
シンシアはニコッとルアンに笑いかける。
「最近、きみたち仲が良いよね」
アステルは、やや不機嫌そうに言う。
ーーーーーーー
おだやかな春の陽射しだ。大通りから少し外れたところにある、美しい庭の見えるカフェのテラスでお茶を飲みながら、シンシアはアステルを見ている。
「? シンシア、何を見ているの?」
「アステル様が、ローブを着ていないのが新鮮で」
(流石にローブは着るなってルアンが言うから)
ローブがないと魔石をたくさん持てないので、アステルは落ち着かない気持ちだ。
「とてもかっこいいです」
シンシアは俯きながらも、頬を染めてアステルに伝える。
「ありがとう。シンシアもそのドレス、似合っているね。思ったとおりだ」
アステルは嬉しそうだ。シンシアの着ている淡い水色のドレスは、アステルが贈ったものなのだ。
デザートが届いて、シンシアは食べ始める。シンシアが小さなスプーンでデザートを食べるのは、小動物がちまちまと食べているようだ。
(かわいいなあ)
アステルは微笑むが、ふと視線を感じてまわりを見回す。街中ではアステルも目立つが、珍しい容姿なのでシンシアのほうが目立っている。アステルは、シンシアが大衆の目に晒されていることが落ち着かない。
ふたりとも日々、魔術院にこもりきりだ。城の敷地の外となるとさらに出ない。周りから見て、貴族であることはわかるだろうが、誰なのかはわからないだろう。
(シンシアが……他の人に見られているのが、なんだか落ち着かない)
なぜこんなに居心地の悪い気持ちになるのかが、アステルにはわからない。シンシアと出会ってから感じるようになった気持ちだ。言語化できない。
(だから外に行くのはあまり好きじゃない。こういう、人の多い場所は特に)
「アステル様、とっても美味しいですね!」
シンシアは花のように笑ったあと、アステルのお皿を見て、不思議そうな顔をする。
「アステル様の分、溶けちゃってますよ?」
アステルは、自分の分を食べるのを忘れていた。でも、デザートなんてどうでもよかった。シンシアが美味しそうに食べるのを、ずっと見ていたかった。
ーーーーーーー
シンシアが書店に行きたがったので、ふたりは大通りを歩く。アステルはさっきから、シンシアがなんとなく落ち着かない様子なのが気になっている。
「シンシア、どうしたの?」
「え?」
「ずっとそわそわしている気がして」
「ほ、本屋さんが楽しみで!」
たいへんだ、気のそぞろさがアステルにバレているようだ……とシンシアは思う。
「そっか」
アステルは微笑み、シンシアの手を繋ぐ。
「なにかあったら、なんでもぼくに言ってね」
書店は、あまりに大きくてシンシアは感動してしまう。
「ルアンがおすすめしてくれたんです!」
「ルアンが? そう……」
アステルは視線をそらす。
シンシアは書店の中を楽しそうに歩く。そのうちに、アステルが本に触れず、本を見るシンシアを見ているのに気づく。ずーっとついてくるので、外へ出る隙がない。シンシアはわざと魔術書の本棚へ行く。
「アステル様、魔術の本があるみたいですよ。お読みになってみては……」
「魔術書なんていつでも読めるよ。本屋さんで楽しそうにしているシンシアは、今しか見られないけど」
(どうしよう、ルアン! 作戦失敗かも……)
シンシアは、落ち着かない気持ちで書店を見て回る。と、アステルがひとつの本棚の前で足を止めた。
(……物語?)
シンシアは意外だ。アステルは、じーっと本棚を見て、どんな本があるかを眺めている。なんだか、楽しそうな横顔だ。
(いまだ!)
シンシアはそーっと、アステルから離れる。
「ねえ、シンシア」
アステルは明るく声をかけて、シンシアがそばにいないことに気づく。
「あれ……?」
アステルは、書店のなかを探す。いない。何度探してもいない。
(外に出た? そんなバカな。あのシンシアが? ひとりで?)
『護衛を連れずに街を歩かれるのは……』
ルアンの言葉を思い出す。カフェや街中でシンシアに向けられていた目、それらになにも気づいていなさそうだったシンシアのことを思い出す。
(ひとりで出て行ったのではなく、誰かに連れ出されたのかもしれない)
アステルは急ぎ書店を出て、シンシアを探す。
ーーーーーーー
ルアンは書店に向かおうとして、アステルとすれ違う。ルアンはアステルを呼び止める。
「アステル様!」
「ルアン」
アステルは焦燥しきった顔で、息を切らしている。
「シンシアがいなくなった」
ひとりで書店を出て行ったと知って、ルアンも心配だが、ルアンはシンシアがどこにいるのかを知っている。
アステルの表情に心が痛む。しかし、シンシア様のためだ、とルアンは腹をくくる。
「手分けして探しましょう。私はこちらの道を探してみます」
「ありがとう、ルアン!」
わざとアステルが別の方向へ向かうように誘導し、シンシアが買い物をする時間を稼ぐと、ルアンはシンシアの元へと向かう。