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45) アステルとルアン 2周目 物語


「ねえお母様、この子、飼ってもいい?」


 王の側室であるミルティア・ラ・フォティノース・コルネオーリ付きのメイドは、8歳のアステル王子が小さな浮浪児の手を引いて部屋に入ってきたのを見て、卒倒しそうになった。アステル自身も、朝、メイドが綺麗に整えた身なりが汚れ切って、土埃まみれだ。しかしミルティアは驚きもせず、こんなことを言った。


「アステル、口を開けなさい」

「あー」

 アステルはミルティアに口の中を見せる。

「代償、うまくいった?」

 ミルティアはアステルから血のにおいを感じとったようだ。

「まあまあかな。でもやっぱり、まだ血の味を感じていないとうまくいかないよ」

「しっかり覚えておいて想起するのよ、アステル」

 ミルティアはニコリともせずアステルに言う。

「代償はいざというときに貴方のことを守ってくれるから、覚えておいて損はないわ」


 ミルティアはとても美しい。金色の髪はゆるやかに肩の下まで流れ、すみれ色の瞳をしている。今日は妃らしくすみれ色のドレスを着ているが、ゆったりした服や魔術師のローブを好んでいて、メイドがドレスを着せないと勝手にそういうものを着て過ごしていた。 

 ミルティアは妃の一人なのだが、魔術にしか興味がなく、内向的で部屋にこもりきりだ。お茶会などに出席した試しがない。子どものアステルもミルティアに似て、魔術のことにしか興味がない。ふたりでよく魔術談義をしている。魔術がよくわからないメイドからしたら、不気味な親子としか思えない。


「それでその子は、アステルにとって猫や犬と同じってことなの?」

「違う。でも、『ぼくのだ』って言ったほうがこの城の中では傷つけられないでしょ?」

 ミルティアはアステルのことをじっと見つめる。

「それならいいわよ。ちゃんと人間らしくしてあげなさい」

 母親からの許しを得て、アステルはニコニコと嬉しそうにする。


ーーーーーーー


 アステルが8歳の秋、城の調理場から食べものが盗まれる事件が多発していた。アステルは調理場近くの中庭で本を読んでいることが多かったために、犯人ではないかと影で噂されていた。

 アステルは犯人扱いされていることはどうでもよかったが、(だれが犯人なんだろう?)ということには強い興味を持っていた。


 ある日、アステルが中庭のベンチに座って本を読んでいると、ガタッという怪しい音を聞いた。

(?)

 アステルは茂みの裏を覗き込み、城の外壁に白い板が立てかけられていることに気づく。板を外すと、四角い穴が開いており、トンネルのように奥まで続いている。

 アステルは8歳のわりには体格が小さめなので、なんとかくぐれそうだ。

(この先に生き物がいるかもしれない。食べ物を盗んでいた犯人は生き物かも)

 目をらんらんと輝かせて、白い服が埃まみれになるのを意に介さず、アステルはトンネルをくぐる。と、ハシゴを見つける。

(庭師のおじいさんが使っているものに似ているね)

 アステルはハシゴを登ってみる。

 白い手が赤くなって、じんじんする。


 ハシゴをのぼると、天井の低い小さな部屋のような空洞に出た。

「う、わ〜 なんだここ 秘密基地みたい」

 アステルは、城の中にこんな場所があると知らなかった。部屋の奥に、布切れが集められているのが見える。生き物はここかな、とアステルは布をはぐ。はいだ瞬間、誰かに床に押し倒されて、ナイフを首に押し当てられた。

 ボサボサでベタベタの黒い長い髪から、紺色の瞳がのぞいている。アステルよりも小さな子どもは、アステルの首にナイフを押しあてている。それに気づくとアステルは、躊躇なく子どものことを蹴り上げる。

「痛ーー!」


 蹴り上げたときに子どもの持つナイフが当たり、アステルのあごのあたりに傷がつく。

 アステルは血を指先でぬぐうと、ぺろ、と舐める。もぐもぐ。血を咀嚼しているアステルを見て、子どもは恐怖を覚える。

 アステルは回復魔術を使ってあごの傷を治す。子どものお腹にも手を当てると、子どもの痛みもやわらぐ。子どもはぽかんと口を開けてアステルを見ている。


「血を食べる人間って初めて見た……」

「ぼく、まだ、代償を使うのが下手なんだ」

「ダイショウ?」

「自分の体を魔術に使うこと」


 子どもはベタベタの黒いくせっ毛の隙間から紺色の瞳をのぞかせて、アステルのことをにらんでいる。

「おまえ、おれがここにいることを言うか?」

「言う」

 言う、と聞いて子どもが逃げようとするのを、アステルは子どもの手を両手で掴んで制する。

「でも、きみのために言うつもり! ついてきて!」


 アステルに手をひかれて、子どもは城のなかを歩く。しかしアステルの奇行にいつも目を光らせている大臣に2人は見つかってしまう。

「アステル様、その者は何でしょうか」

「拾ったの お母様に飼ってもいいかを聞きに行く」

「か」

 子どもは、抗議の声をあげようとするが、アステルは子どもに「しー」と人差し指を立てる。

「いけません! 捨ててきてください」

「大臣には聞いていない」

 アステルの青い目が光る。


 子どもはびっくりした。金髪の少年は、ものの1分もしないうちに体格の良い男を魔法でのしてしまったからだ。

(こわい……)

 

 子どもはアステルに対し、恐怖を覚える。


ーーーーーーー


「まあ、可愛い」

 メイドは浮浪児をお風呂に入れて、髪を切り、子ども用の使用人の服を着せてみて驚く。それなりの容姿をしていたからだ。

 黒く見えた髪は汚れていただけで、本当の色は紺色だったようだ。紺色の髪に紺色の瞳をしている。 

「ミルティア様、この子、可愛いですよ」


 ミルティアは思う。

 この子どもはよく知った貴族に似ている、と。あまり表に出てこない家だが、王国魔術師団とは深い関わりのある家だ。しかし、子どもからは魔力を一切感じなかった。

「あなた、どうして城にいたの?」

 子どもは何も言わなかった。

「いくつ?」

 子どもは手の指をひらいて『5さい』だと伝えた。



 ミルティアは母のベッドでごろごろと本を読んでいるアステルを呼ぶ。


「わ! きみ、ルアンみたい!」

 アステルは喜ぶ。

「ルアン?」

「ぼくが大好きな物語だよ。ルアンは、夜空の色の髪と瞳を持っていて、闇夜に紛れてひとを助けに行くんだ!」 

 輝くような笑顔で、アステルは子どもに笑いかける。


「アステルは、物語が好きなのよ。私には何が良いのかわからないんだけれど。父親譲りね。魔術以外にも好きなものがあるのは、良いことだと思うわ」 

 父親譲りと言われるとアステルはやや不満そうな顔をした。


「きみ、名前は?」 

 子どもは何も言わない。 

「名前ないの?」 

 アステルは首を傾げる。

「じゃあ、ぼく、今日からきみのこと、ルアンって呼ぶよ! 友達になろう!」 

 アステルは、子どもに手を差し出した。

 ルアンは、おそるおそるアステルの手をとった。

 

 ルアンははじめのうち、ミルティアとアステルの使用人の部屋で生活をはじめた。アステルがそれを望んだので、基本的にアステルに付き、一緒に勉強をしたり、剣の稽古をしたりした。


 ルアンはミルティアには、出自がバレていそうだと思った。ミルティアがアステルとの付き合いに口を出さないのは貴族の子とバレているからだろう。しかし、本当の家にはもう二度と戻りたくない。妾の子だから、魔力がないから、出来損ないだといじめられる生活はもう嫌だった。そもそも家を出ていっても探されてもいないのだ。


 そのうちに、剣の腕を見込まれてカスタノ子爵家の養子になることになった。カスタノ家は城に近かったので、カスタノ家と城を往復しながら生活をした。


ーーーーーーー


 8歳から12歳の誕生日までのアステルはよく、中庭や自室でルアンにお気に入りの物語を聞かせてくれた。ルアンは勉強が苦手で、文字を読んでいるとすぐに眠くなってしまう。しかし、不思議とアステルに読み聞かせてもらうと、頭に入ってくるのだった。

 アステルは物語をたくさん知っていた。特に『ルアンの大冒険』が大好きで、新作が出るたびに、ルアンが城まで届けると大喜びで。読んでは、朗読劇のようにルアンに聞かせた。


 観客はルアンだけだったが、目を輝かせて話をするアステルに、ルアンも目を輝かせて、拍手し、たくさん笑った。ふたりで剣の授業のときにルアンごっこをして怒られたりもした。小さなアステルとの日々は、小さなルアンにとって最高に楽しい日々だった。



 12歳の誕生日以降のアステルは、なんだかそれどころではなくなってしまって。それからアステルがウィローとなっても、物語が好きなことなんて忘れてしまったかのようだった。


 リアと出会って、はじめて宿に泊まらずに野営をしたとき、リアはいったん寝ようとするも起きてきて、焚き火をしているふたりの間にすわった。


「眠れないの? リア。魔法を使おうか」

 ウィローが声をかけた。

「魔法で寝るのはなんだかこわいから、いいです」

 リアはまだふたりに慣れておらず、敬語まじりだ。


 ウィローは焚き火に乾いた木をくべる。

「子どもが眠れないときって、どんなことをするんだっけ?」

「ミ……ウィローのお母様は何をしてくれましたか?」

「魔術の話をしてくれたなあ。難しくて寝ちゃうんだよ」 

「ふつうは、お話を聞かせるんですよ」

 ロアンはあきれる。


 ウィローは「お話かあ……」と言う。あんなに好きだったのに、ちっとも話を思い出せないような顔をしている。ロアンはなんだかムッとしてしまう。


「では、私が聞かせてあげましょう、リア」

 ロアンは小さいころアステルに聞いた物語をひとつ、うる覚えだが、リアに話す。 

「楽しい! もっと話してほしいです」

 ロアンが話し終えると、リアはたくさん拍手する。興奮して目がらんらんとして、余計に寝なさそうだ。 


 ウィローは、楽しそうなリアとすこし照れた様子のロアンに微笑む。

「きみがこんなに物語を話すのが上手だなんて、知らなかったな」

「だれかさんに、たくさん話して聞かせてもらいましたからね」

(そのだれかさんは、物語を忘れてしまったようですけれども)



 ロアンはその後、小さなリアにせがまれて、よく物語を話した。旅路の休憩時間に話したり、寝かしつけるときに聞かせることもあった。ウィローはロアンのお話を聞きながら微笑んでいた。けれど、何も言わなかった。


 ある日、ウィローがいないときにリアにお話をしたら「前にも聞いたわ」とリアが言う。ロアンはリアに話した話を手帳にメモしているので、おかしいな、と思う。


「あのね ロアン、ウィローが話してくれたのよ」

 こっそり、ナイショ話をするようにリアは打ち明ける。

「このあいだ私が風邪をひいて、ロアンが薬を買いに行ってくれたときに。お話が聞きたいって言ったら、こっそり話してくれたの」

 リアは嬉しそうだ。

「私、ウィローはお話を話すのが得意じゃないから黙っているんだと思っていたの。あんなに話すのが上手なのに、どうしていつも、聞かせてくれないのかしら」


「そうなんですよ!」

 ロアンは思わず、前のめりになってしまう。ロアンの嬉しそうな表情におどろいたリアは、目をぱちくりさせる。

 ロアンは顔を赤らめる。


「ロアンも、ウィローのお話を聞きたいの?」


 聞いてみたい気もする。今のウィローが、もし、楽しそうに物語を話してくれるのなら。

 でも、違う。とロアンは思う。

 いっときで良いから、『ルアンの大冒険』を楽しそうに朗読する小さなアステルに、拍手する小さなルアンに戻りたいだけなんだ、と。

 戻れない日に戻りたいだけなんだ。


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