43) 2周目 話し合い
ロアンとリアは休憩した場所に放り出していた荷物を持ち、聖なる樹まで戻ってくる。そこで、死んだ親蜘蛛に寄り添っている1匹の子蜘蛛を発見する。
「こんなことになって、ごめんね」
子蜘蛛に寄り添うリアを、ロアンは見つめる。
(蜘蛛に罪はなかったはず、と思っているんだろうな)
日が暮れたので、ロアンは鞄から組み立て式のカンテラをだして、中に、光る魔石を入れて灯りにする。
灯りを頼りにウィローが戻ってくる。男を1人、引きずっている。魔法をかけているのか、軽々した感じだが、男は色々なところに風船のようにぶつかり体を傷つける。
「おかえり!」
「おかえりなさい」
リアとロアンがホッとして声をかける。
「ただいま」
ウィローは傷だらけの聖騎士の男を地面に置き、微笑む。
「ウィロー、体はもう大丈夫なの?」
「リア、ぼくは丈夫だから、大丈夫だよ」
(嘘つきだなあ)
ロアンは思う。ウィローは、決して丈夫な方ではないと、長年の付き合いから思う。
ウィローは魔法も用いながら聖騎士5人の体を集めて、地面に描いた魔法陣の上に並べる。
「本当に3日は起きないの?」
リアが聖騎士を見て聞く。
「魂が抜けているようなものだから、抜け殻だよ」
「それは、人殺しでは?」
ロアンは眉をひそめる。
「戻すつもりだから大丈夫」
(戻らなかったらどうするんだ?)
ロアンは怖くなる。ギルドで暴れたときにも思ったが、ウィローには知らない他人に対して罪悪感がかけらも見られない。心配になる。
「魔術の実験に使わせてもらったあと、記憶を消して、転移魔法陣で別々のところに飛ばすつもり。それぞれ、全然違う国に」
さらっと人体実験をするとまで言うウィローに、さらに怖くなりながらもロアンは聞く。
「消した記憶が戻ることはないんですか?」
「ない。だからこの5人については気にしなくていい。問題は、アズールの教会がこの5人を探しにくることだ。夜が明けてしばらくしたら、探しにくるだろうね」
「じゃあ、えっと、つまり……」
リアはがっかりした表情をしている。
「逃げることは確定なんだよね、アズールのおうちには帰れないんだよね」
「いつかきっと戻れるよ、リア。いつだって『帰還の魔法』で帰れるんだから。それに、夜のうちに荷物をとりにいくのは大丈夫だよ、取りに行こうか」
3人はいったん、アズールの我が家に戻ってくる。ごちそうがテーブルの上に出しっ放しだったり、各々の部屋のドアが開けっぱなしだったり、慌てて出て行った感が満載だ。
ウィローは血だらけだったのでお湯を浴びて着替えて戻ってくる。リアとロアンも、順番にお湯浴びをして着替えて戻ってくる。その後、ごちそうはもう傷んでいそうなので、ロアンが夕食を作る。
ロアンの作ったあたたかい夕食を、リアもウィローもたくさん食べる。ウィローがこんなに食べるのは珍しい。怪我の回復のためなのか、森でろくに食べていなかったからなのか、わからないが。たくさん食べるウィローを見て、ロアンは嬉しく思う。
食後にあたたかいお茶を飲みながら、リアは聞く。
「また、旅に出るの? どこに行くの?」
「あとでのお楽しみ」
「3人で一緒に行けるんだよね?」
「いいや」
ウィローはお茶を飲む手を止めて、告げる。
「ぼくは、別行動だ」
「嫌!」
リアが立ち上がり、抗議する。
「絶対に嫌!」
「私も嫌です。そもそも、ウィローは私たちに話してくれなさすぎる」
ロアンも、ウィローに抗議する。
「何をするのか、何故、別行動でなければならないのか、説明をしてもらわないと納得できません。私たちが行く場所についてもきちんと説明してください」
ウィローはロアンを不思議そうに見つめる。
「いいよ、わかった。じゃあロアンから質問して」
「ウィローが別行動する目的は何ですか?」
「魔王の遺骸の封印だよ」
「マオーのイガイってなに?」
「魔王の死体のこと」
「数百年前の死体がまだ残っているということですか?」
「そう。そしてそれが、魔王の呪いの原因だ」
ウィローはさらさらと答える。リアは話についていけずに「マオー? ノロイ?」と唱えている。
「ぼくがアズールにきたのは、この家のこともあったけれど……多くの魔石を使うことで、魔王の遺骸を封印できないかと考えたからだよ。だから魔石の産地であるキアノスに来た。いろいろな魔石に実際に触れてみたかったんだ。
ぼくはこれから、本格的に魔石の研究に取り掛かりたいと思っている。でも少々危ない研究だから、人里ではできない」
ウィローはまっすぐにロアンとリアを見る。
「だけどきみたちには、人里で暮らしてほしいと思っている。だから別行動だ」
「嫌! 危ない研究でもなんでも、3人一緒にいようよ!」
リアがウィローに願う。
(危ない研究なら、しないでほしい)
ロアンは願う。願うが、ウィローの言うことの筋が思いのほか通っている。ウィローがリアに普通の暮らしをさせてあげたいと思っていることを、ロアンは常々感じてきたからだ。
「リア、別に、ずっと離れ離れってわけじゃない。たまに会いに行こうと思っているし、手紙だって書くよ」
ウィローはリアをなだめようとするが、リアはうつむいて、ウィローと目線を合わさない。
「私たちはどこへ行くんですか」
「タフィのコミューンだ」
「タフィのコミューン??」
リアは聞きなれない単語だらけでそのまま聞き返す。
「タフィ教のコミューン(生活共同体)ということですか? どこにあるんですか?」
ウィローは部屋から地図を持ってきて、指さす。キアノスの北西の山奥だ。旧魔国にとても近い。
「タフィのコミューンには結界が張ってあるエリアがあって、アサナシア教会はその存在を認識していない」
「なるほど」
リアにとって大陸の中でも安全な場所をウィローは探してきたようだ。
「私たちがどこへ行くのかと、ウィローの目的について納得できました」
「ロアン、納得しないで!」
リアの声は震えている。
「でもリア、ウィローの案は良さそうですよ。教会から隠れるのに良い土地のようです」
リアは、ロアンをにらむ。ウィローのことも、にらむ。リアの目に涙があふれ、こぼれおちる。お茶の席を立つと、走り、自室にこもってしまう。
ロアンとウィローは顔を見合わせる。
「どうします?」
「ぼくが行ったほうがいいよね……」
なにか、ためらっているようだ。
「泣き疲れて眠ってくれたら……」
ウィローのこぼした本音に、ロアンは苦笑する。
「ウィロー」
ロアンはずっと言いたかったことを言う。
「ひどいことを言って、ごめんなさい」
「魔物呼ばわりのほかは、正論しか言われていないよ。こちらこそ、傷つけてごめんね」
確かにロアンも傷ついた。傷ついたから、ウィローにひどいことを言った。それで、ウィローも傷ついたはずだ……ウィローは物理的な痛みにも鈍感だが、心の痛みにも鈍感だと、ロアンは思う。
「もうひとつ聞いていいですか」
ロアンの言葉に、ウィローは目線を向ける。
「何故、そんな魔力になってしまったんですか?」
「無茶をした」
端的な答えだったが、本当なのだろうとロアンは感じた。
「ウィローの『役目』は、魔王の遺骸の封印ですか?」
ウィローはお茶が喉につかえたようで、ケホケホ咳をする。
「ぼく、いつ、きみに役目の話をしたっけ?」
「私が9歳のときに」
「よく覚えているね!?」
ウィローは心底びっくりしたようだ。ウィローは、あの『ひどい頃』のことをどこまで覚えているのだろう……とロアンは思う。
「それも大事なひとつだけど、でも、それだけじゃなくて、きみやリアを守ったり、暮らしたり、そういうことも役目だって、最近はそう思う」
「じゃあ、魔王の遺骸を封印したら、そのあとは、私たちと一緒にいてくださいますか?」
「……自信がない」
ウィローは沈黙したあと、正直に答える。
「でも、一緒にいられたら、嬉しい、とは思っている。そういう願いがあるみたい」
(あるみたい? みたいってなんだ)
とロアンは思う。まるで他人事のようにウィローが言ったからだ。
「では、封印は、死にに行くわけではないですよね?」
ウィローは黙りこむ。
「死にたいって、まだ思っていますか?」
「思うときもあるよ」
さらっとウィローは答えた。
「でも、少なくなった。リアがいて、ロアンがいて、楽しいと思っちゃいけないのに、楽しくて」
ウィローは微笑む。心からの微笑みに見えて、ロアンはほっとする。自分たちの存在がウィローにとって『良いもの』であり、『良い影響』をもたらしている感じがあったからだ。
「そうだ」
ロアンは思い出し、机の上に小さな茶色の封筒を差し出す。封筒は膨らんでいる。
「クレムのお土産です」
「ありがとう……なにこれ?」
手のひらよりも小さなサイズのなぞの青い生き物? のぬいぐるみに、紐がついている。
「クレム製の魔除けだそうです」
「あはは」
ウィローは笑う。
「魔除け! ぼくに! でも今のぼくには、一番必要なものかも。ありがとうね、ロアン、本当に嬉しいよ」
必要と言われるとは思わなくてロアンは驚くが、ウィローの明るい表情を嬉しく思う。
「そろそろリアの部屋に行かないとだよね……」
ウィローは廊下のほうを見て、ため息をつく。
「行きたくなさそうですね」
珍しい、とロアンは思う。
「リアとふたりきりになるのが嫌なんだ、ロアン、ついてきてくれない?」
なんでだろう、と思いつつ、ウィローが立ち上がって歩き始めてしまったので、ロアンはウィローのあとをついていく。