41) 2周目 聖騎士襲来
「これは……」
聖騎士隊の魔術担当を務めるフロイは、右手を結界に当てて魔術の構成と計算式を解析しているが、途中で気分が悪くなる。
「解析できそうか?」
隊長のサンノスはフロイに聞く。サンノスは聖騎士隊の制服に着替えている。午後の陽射しに、彼らの影が道にのびる。
「パッと見ると、非常に美しい結界です。しかしよく見ると、その美しい模様のひとつひとつが酷くごちゃごちゃしている。見ていて、とても気持ちが悪い。なのに、結界は成立している、完璧なまでに。狂気じみています」
フロイは心底、気持ち悪そうに言う。
「構成にかなりの時間がかかっていると思いますから、解くのにもかなりの時間が必要だと思います。結界の触媒はそこにある糸だと思うのですが、もっと大元の触媒がどこかにあるはずです。結界を解析するより、大元の触媒を壊すほうがおそらく早い」
「それは、魔物の糸か?」
隊長は、門から家に続く道に見える糸を指さす。
「蜘蛛型の魔物の糸をより集めたもののように見えます。魔術の触媒として、市場でも売られていますが……どう思いますか?」
「自前だろうな。こんな完成度の高い結界を作る人間が市場で買ってくると思えん」
「では、蜘蛛型の魔物を飼っていると?」
「飼っているかあるいは、本人が蜘蛛型の魔物かのどちらかだな」
サンノスは大真面目に言う。
アサナシア教会アズール支部の聖騎士隊は5名で、アズールの街の外れのあやしい民家の調査をしている。周囲に家は他になく、ぽつんと建った平屋だ。2名、家のまわりを調査に行ったので、今、門の前で話しているのは3名だ。サンノス、フロイと、ギーリ。フロイは魔術が使える聖騎士の青年で痩せており黒髪だ。ギーリはガタイが良く明るい雰囲気の茶髪の男だ。どちらも深緑色の聖騎士隊の制服を着ている。
「そもそも何のために、一民家に、こんな高度結界を張っているんでしょうか」
「そこだよなあ……このあたり何度か通ったことがあるが、ただの民家としか思ってなかったなあ。何も感じないわけだし……」
フロイがつぶやき、ギーリは頭をかく。
「何のために魔力と神聖力を認識させない結界を張っているのか、魔力のみならず、神聖力をも覆い隠すのか?」
サンノス隊長は2人に話す。
「近くの市場で情報を聞いたが、ロアンの家には魔術師の男と、もうひとり女の子が住んでいる。ロアンは『兄と妹』と言ったが――見た目は似ていないそうだ。魔術師はとても美しい見た目だそうだ」
「美しい見た目かあ……人型の魔物だったら非常に嫌ですね」
人型の魔物は美しいことが多く、そして、強い。
「だが、ありうる」
「魔物にこんな高度結界が張れますかね?」
「張れる魔物だとしたら、非常に厄介だ。
しかしそれだけでは、神聖力をも隠す意味がわからない」
サンノスは考え込んでいる。
「ロアンの妹に神聖力があるとしたらどうですか?」
ギーリが隊長に聞く。
「生まれ持っての神聖力がある人間を、教会に登録せずに隠しているとか」
「それならこの頭のおかしい結界も頷けるが、何のためにそんなことをする? 神聖力を持っていることで何かデメリットがあるか? 神聖力は人に役立てた方が良い力だというのは、マヴロス大陸に生きる民すべての常識と思うが……」
「ロアンの兄は、やはり人ではないのでは?」
フロイは、美しい結界を気持ち悪そうに見つめている。
「隊長〜! 家のまわりぐるっと見てきました」
手を振りながら、一向に近づく2人の影がある。手を振っているのは長い茶髪をひとつにまとめた女性で、ペタラという名前だ。もう一人、ホルトは黒髪の男性で寡黙な印象を受ける。ペタラは続ける。
「やっぱり糸は張り巡らされていて、家の中には入れません。無理に中に入ろうとすると攻撃を受けます。家の裏に森があって、そこにも糸が張っていました。森側からも、入れません」
「大元の触媒は、森の中だろうな」
サンノスが言う。
聖騎士隊は、調査のために森に入ることを決める。
ーーーーーーー
リアとロアンは、森の中でウィローを探す。
「そういえば森には、大きい蜘蛛がいるのよ、ウィローに似た魔力をしているの」
「蜘蛛型の魔物がいるということですか?」
「そうだけど……あんまり悪い蜘蛛には見えなかった。家族でね、普通に森で暮らしている感じ」
こんな人里近くの森に魔物がいることは、聖騎士隊の討伐対象となりそうだとロアンは思う。
ウィローが森にいた痕跡は、なかなか見つからない。
ふたりは苔蒸した大きな岩を見つけると、荷物を置き、休憩する。ロアンは家から持ってきたクッキーの缶をリアに渡す。リアは一枚とり、ロアンにも缶を差し出す。ふたりはクッキーを食べ、水を飲む。
「ウィローも何か食べているといいけれど」
リアが心配する。
「リア、このローブ、焦げくさいですね」
「そう、あのときウィローが着てたやつなの。魔物のにおいが強いからちょうど良いかなって思って着てきたの」
「森の魔物に仲間だと思ってもらえないかなと思って」
リアは微笑む。ウィローとずっと暮らしているからなのか、リアは魔物が危ないものだと思っていないようで、それはそれでロアンは心配だ。
ーーーーーーー
聖騎士隊は森の中を歩いている。
ペタラは、足元に金色の蝶の死骸を発見する。死してまだ新しく、戯れに羽をもがれたような、ちぎられたような感じだ。辺りを見渡し、ホルトもギーリも、金色の蝶の死骸を見つける。羽がむしり取られ、ちぎられ、踏みにじられている。
ペタラは嘆く。
「アサナシア様の遣いに、なんてむごいことを……」
聖騎士隊の空気が変わる。
この先に、確実に教会に敵対する者がいると気づいたからだ。
「聖なる蝶は神聖力を持つ者は触れることができるが、通常、それ以外には触れることはできん。
魔力を介して触れているのであれば、魔力値が相当高いか、魔力の扱いに長けた者であるという証拠だ」
「一度、教会に戻りますか?」
不安になってフロイが聞く。
「いや、もう少し調べてから、報告に戻ろう」
サンノスは少し考えた末に、そう判断する。ペタラは辺りを見回す。
「聖なる蝶がいるということは、聖なる樹もあるということですよね」
その後、聖騎士隊は森の中で『聖なる樹』を発見する。
「酷い……」
聖なる樹は腐りかけている。葉がすべて落ちている。
「魔物に齧られた跡があるな」
ギーリは木を触り、木のウロを覗き込む。すると小さな蜘蛛が1匹、飛び出てきた。
聖騎士達は子蜘蛛を殺す。青い血があたりの草木に飛び散る。
「小さいですね」
「子どもの魔物だったようだ」
「親がいるかもしれない、気をつけろ」
話しているうちに聖騎士たちは、大きな蜘蛛の気配を感じ取り、振り返る。
ーーーーーーー
リアは、悲しそうな叫び声を聞く。
休憩場所からリアは立ち上がり、走り出す。
「リア、待ってください!」
ロアンには何も聞こえておらず、どうしてリアが走り出したのかがわからない。2人分の荷物をその場に置いたまま、ロアンは慌ててリアを追いかける。
ーーーーーーー
巨大な蜘蛛が、怒り、聖騎士たちに攻撃する。聖騎士隊は剣を構え、蜘蛛を討伐しようとする。
リアはその光景を見る。
「やめて!」
リアは叫ぶ。
蜘蛛も聖騎士たちも一瞬、動きを止める。しかし、蜘蛛の動きが止まったことに気づき、ギーリが剣で蜘蛛の脚を一本切り落とす。
リアは再度、悲鳴を聞く。
リアは走り、蜘蛛のそばに行く。走ったとき、風でリアのフードが外れる。聖騎士隊は、魔物に寄り添う黒髪をひとつに束ねた少女を見る。
「こんにちは、お嬢さん。ロアンの妹か?」
サンノスは聞く。
リアは何も言わない。
「神聖力より魔物の気配を感じる。妹が魔物だったのか?」
「違う、神聖力がある。微々たるものだが、私は感じる。確かに魔物のにおいが強いが……」
ギーリの疑問に、サンノスは答える。
リアは怒り狂う蜘蛛に寄り添う。脚が一本欠けて、痛いのだ、とリアは思う。リアは、蜘蛛を『治そう』とする――
「ダメだ、リア!」
ロアンがリアに追いつき、止めようとするが、リアの手からあたたかな光がでて蜘蛛の脚を包む。蜘蛛はうめく。
「微々たるもの?」
「我々は認識を阻害されているのか?」
ペタラとフロイが話す。
サンノスが声をかける。
「聖騎士ロアン、先ほどぶりだな。
君の妹には神聖力がありそうだが、教会に登録されていなさそうだ――何故だ?」
リアは蜘蛛に手を置きながら、リアの斜め前に立つロアンに小声で聞く。
「このひとたちは、ウィローの敵?」
ロアンは口を結んで聖騎士隊をにらんでいる。ロアンの表情を見てリアはつぶやく。
「敵なのね」
リアも聖騎士隊をにらむ。
「神聖力を持つお嬢さん、敵意を持たないでくれ。我々はきみの味方だよ。ほら、我々も同じ力が使えるんだ」
ギーリが手を上向きに開き、ぽわぽわとしたあたたかな光をリアに見せる。
リアは辺りを見回して、彼らの足元に小さな蜘蛛の死骸があるのに気づく。
「蜘蛛の子どもを殺したの!?」
リアは叫び、飛び出そうとする。ロアンは慌てて、リアを抱き止めて制する。
「蜘蛛さん、悲しいって言ってるわ。なんてひどいことを」
「魔物は討伐されるものだよ、お嬢さん」
聖騎士の『魔物に対する扱い』を知り、ロアンは、リアの体がこわばるのを感じる。ウィローのことを考えているのだろう。
「とにかく、きみのことは保護しなければならない。僕たちと一緒にきて――」
巨大な蜘蛛が叫び、聖騎士たちに向かっていく。フロイに粘液をかけて、麻痺させる。フロイはその場から動けなくなる。
ギーリ、ペタラ、ホルトは巨大蜘蛛を殺そうと戦闘する。
リアを守るために一緒に一歩下がりながら、ロアンは気づく。
(この蜘蛛、リアを守ろうと動いている?)
3人がかりで、蜘蛛は殺されそうになる。リアがそのなかに走って行こうとするので、ロアンは必死に抱き止め続ける。トドメを刺そうと、ホルトが蜘蛛に、剣を振り上げる――
突如、強風が吹き、聖騎士隊は対象を見失い、後方に下がる。
ロアンはウィローに会いたかったが、できれば聖騎士隊に出会う前に、会いたかった。3人で一緒に逃げたかった。
(この状況で来て、大丈夫なのか?)
ウィローはロアンとリア、2人の無事を確認すると、蜘蛛のもとに駆けつける。
「アラーニェ」
となりに行き、名前を呼び、アラーニェの頭を撫でる。アラーニェはもう動けない。脚が一本しか残っておらず、虫の息だ。ウィローはひどく悲しそうな顔をする。
聖騎士隊は蜘蛛を殺すのをやめて、現れた魔術師からさらに距離を取る。
金髪に青い瞳に、紺色のローブを着た男が、聖騎士隊の前に立っている。パッと見、感じる魔力は微々たるもので――しかし使った魔法は高度なものだ。
「お前がこの2人の兄か?」
サンノスが聞く。
ウィローは質問には答えず、こう言った。
「ぼくからこれ以上、奪わないでくれないか?」
「何?」
敵意のこもった冷たい声に、聖騎士隊に緊張が走る。
「おまえは何者だ?」
「さあ……何だと思う?」
ウィローは笑う。魔力を隠すのをやめる。
人型の魔物が笑っている、と聖騎士たちは認識する。