40) 2周目 聖騎士訪問とやさぐれリア
ガランガラン、と玄関のドアベルが大きな音をたてて鳴った。ソファーでまどろんでいたロアンは驚いて飛び起きるが、ドアは開いていないようだ。
(なんだなんだ!?)
ロアンはドアを見つめる。
そういえばウィローが「来客があったら、わかるようにしておいた」と話していたような。
(もっと他に方法はなかったんでしょうか? リアが起きてしまいますよ)
今は昼すぎのようだが、おそらくリアはまだ熟睡している。
ロアンは家に来た何者かを警戒し、ドアを開けることを躊躇する。再び、ガランガランと大きな音が鳴る。(このベルを止めたい)とロアンは思った。ウィローがいるなら一瞬で止めてくれるのだろうが……。
ロアンはドアを開ける。
聖職者の服を着た年配の男性が、家の門の前に立っている。50代くらいだろうか? 白髪で彫りが深く、厳しい顔立ちをしている。聖職者――ロアンは緊張する。外に出て、家のドアを完全に閉める。そして、男性に歩み寄った。
「こんにちは。何か御用でしょうか?」
「こんにちは、君がロアンくんだね。君の家を探すのに苦労した」
男性はニコリともしない。目元に深い皺が寄っている。
「私はサンノスという者だ。アズールの聖騎士のとりまとめをしている。クレムの教会から、君が『聖なる剣』を受け取らずに帰ってしまったとアズールの教会に連絡があったので、届けに来た次第だ」
ロアンはぶわっと汗が噴き出る感覚があったが、なんとか心の均衡を保ち、微笑む。
「ありがとうございます」
「家の中に入っても良いだろうか?」
サンノスはロアンをじっと見つめる。ロアンは怯んではいけない、と背筋を伸ばす。
「妹が病気で寝ているので、ご遠慮いただけると助かります。サンノス様にうつすと大変なので」
「ふむ……では、ここで渡そう。しかし渡せないので、門の外へ来てくれないか?」
渡せない? どういうことだ? と思いながら、ロアンは門の外に出る。
サンノスに跪くように求められ、ロアンは跪く。サンノスは節くれだった両手に小さな剣をのせてロアンに授ける。
「聖騎士ロアンへ、聖騎士サンノスが、女神アサナシアの意志を成し遂げるために、この剣を授ける――魔物を退け、大陸の平和に貢献せよ」
聖なる剣は、両手におさまるほどの小さな剣だ。強い神聖力がこめられていて魔物への効果は絶大だ。聖騎士は聖騎士隊に入ると、携帯することが義務づけられているはずだ。
「ありがとうございます」
今すぐこれを捨てたい、とロアンは思いながら恭しく礼をする。
(これは、私たち3人に必要なものではないはずだ)
ロアンが立ち上がると、サンノスはアズールの家を見る。
「それにしても、見事な結界だ」
「え?」
「きみの家を守っている結界のことだ。私は通常、仲間を見つけるときは神聖力を頼りに見つけるのだが……何も見えなかった。この家は、神聖力も魔力も、その気配すらしない」
「兄が魔術師で、結界づくりが趣味みたいで」
苦しい言い訳だ、とロアンは思う。
「趣味? 趣味の域かね、これは」
サンノスは目を細める。
「こんな見事な結界は、キアノスの城でも見たことがない。私は君が門の外に出てくるまで君の神聖力が見えなかったんだぞ」
サンノスはロアンに聞く。
「まさか、まかり間違っても、お兄さんや妹さんが魔物を飼っていたりしないよな?」
「妹がニフタを飼いたいと騒いでいましたが、兄と2人でやめさせました」
「それはまあ……やめたほうがいいな」
サンノスはようやく少し微笑む。
「お兄さんに結界づくりをほどほどにするように言ってくれ。きみを探すのに本当に苦労したからな」
サンノスはロアンの肩にポンと一度手を置くと、街道に向かい去っていく。
サンノスはロアンの家が見えなくなると、懐から緑色の魔石を取り出して3回たたく。ザーッという音が聞こえる。
「サンノスだ。聞こえるか、第一部隊に召集をかけろ」
来た道を振り返り、仲間に報告する。
「あやしい家を見つけた」
ーーーーーーー
聖騎士サンノスの背中を見送ってすぐ、ロアンは家の中に駆け込む。聖なる剣を居間の机の上にぞんざいに置き、リアの部屋に急ぐ。
ロアンは焦燥していた。自分のせいで、教会に目をつけられた――だがロアンはアズールの聖騎士隊に入るなんて言っていないし、『聖なる剣を全員が受けとる』なんて話も聞いていない。もし話があったとすれば、ウィローに怒り狂っていたあたりの話だと思うので、聞こえていなかっただけかもしれないが……。
ロアンは先程の話を聞いて、ウィローの『家のまもり』は完璧すぎて、教会から見たときにすごく怪しいのだと気づいた。あの聖騎士もそう思い、これから行動に移すはずだ。
走り、リアの部屋の扉を押し開ける。『びっくりした!部屋に入るときはノックして!』と、怒ったリアが待っているかと思ったが――ベッドはもぬけの殻だった。慌てて出て行ったようなベッドの皺だ。
「リア? どこですか?」
部屋の中にいない。
「リア!」
ロアンは不安に駆られる。
この状況で外に出て行ってしまっていたらどうしよう、とロアンは思う。さっきの聖騎士と出会ってしまったら? そのまま教会に連れて行かれてしまうかもしれない。ウィローはいない。あと2日は帰ってこない。その間にどうやってリアを守る? 教会の動きは、どのくらい素早い?
ロアンは午前中、おかえりパーティーの飾り付けを外しながら考えていた。ウィローに怒っていたのは『何も話してくれないから』『それを裏切りのように感じたから』であって、ウィローが大切な存在であることに変わりはない。魔物の魔力を持つウィローのことがどのくらい信用できるのか、わからない――だが、信じるしかない。彼と『一緒にいる』と選択をした、子どもの頃の思いは変わっていない――また目の前であの魔力を感じたら、ウィローを怖く思ったりするかもしれないが……それでも、自分の願いは、ウィローとリアと一緒にいることだと。リアに聖女の役割の練習をさせるとしても、そこにはウィローの姿もなければ、納得ができない。
3人で一緒にいるために、今、ロアンにできることは、リアを守ることだ。たとえ教会を敵に回すことになっても。
家の中でリアを探す。ロアンの部屋には『勝手に入っても良い』と言っているので、居るかと思ったが、いなかった。窓から庭を見る。庭にもいない。
あと探していないのはウィローの部屋だけだ。ウィローの部屋には入るなと言っているのだが……ロアンもウィローがいない状態で、勝手に入るのは憚られるからだ。
しかし今は緊急事態なので、ドアを開けて部屋に入る。と、物音がした気がした。
「リア……?」
相変わらず雑然とした部屋だ、本と紙だらけの部屋だ、とロアンは思う。ウィローに悪いという他に、片付けたくなってしまうので入らないというところもある。部屋の床に、魔法陣を描いた跡がある。何をしたのだろうか?
クローゼットの扉に手をかけると、そのなかに、リアはいた。ウィローの服をはしっこに追いやって空いたスペースを作り。ウィローの緑色のローブを着て、フードを被って、膝を抱えている。
「何してるんですか?」
「隠れてる」
リアはふてくされた調子で言った。
「ウィローが、家のドアベルが急に鳴ったら、ウィローの部屋に隠れるように言ったの」
ウィローは、ちゃんとリアには教えていたようだ。
「ドアベルの音が大きいほど、危ない人だからって。『いない人』の言いつけを守って良い子でしょ」
リアはなんとなく――やさぐれている。このリアを見たら教会も、とても聖女とは思わないかもしれない。
「リア、今すぐ、私と一緒に行きましょう」
ロアンはリアに手を差し伸べる。
「行かない」
リアはローブのフードを深く被る。
ロアンは、リアの細い手首をにぎる。
「リア、逃げるんですよ! いつ教会がくるかがわからない、私たちと離れ離れにさせられてしまいますよ!」
焦燥した声に、同じだけのエネルギーをぶつけるようにリアは叫ぶ。
「嫌!! 私、ロアンとは一緒に行かないって言った!!」
リアはロアンの手を振りはらう。
「アズールのおうちより安全な場所なんてないよ!」
それはそうかもしれない。結界の中に聖騎士は入れない様子だった。けれど包囲されたら? 彼らが結界を解く何らかの方法をもっていたら?
少し冷静にならなければいけない、とロアンは考える。リアはまだ子どもだが、意思がはっきりしている。熱くなっても動かすことができない。ロアンは考えた末に、静かに声をかける。
「ウィローを探しに行きましょう、リア」
リアはパッと顔を上げて、ようやくロアンに黒い瞳を向ける。
「どうやって? どこにいるか知ってるの?」
「遠くには行ってないはずです、この状況で私たちの動向が伺えない場所に行くとは思えないので」
「じゃあ、森の中だ」
リアは言う。ロアンも、そう思う。
結界を信じて家の中にこもって教会をやり過ごしウィローを待つか、教会が来る前にウィローと合流することを目指して森に入るかの2択だ。
後者だ、とロアンは思う。この状況で家にこもって2人でウィローを待ち続ける勇気はない。それに、囲まれながら家でウィローを待っていた場合、大切なウィローを危険に晒すかもしれない。
ロアンとリアは、それぞれ数日過ごせるだけの荷物を持って、森に入ることに決める。リアはお腹が空いていることに気づき、ロアンに声をかけて2人でごちそうの残りを急いでお腹に入れる。ロアンは迷った末に、クレムのお土産と聖なる剣も鞄に入れる。
リアはウィローの緑色のローブを着たままだ。『リアのお守り』の髪飾りで右肩の前で髪を結ぶ。旅に出るときのリュックを背負い、フードを被り直す。『ウィローのお守り』がリアの胸の前で揺れる。
ロアンは、これが本当にリアを守るための正しい判断なのか確信が持てない。家を出るとき、不安そうなロアンの表情を見て、リアは何も言わずに手を繋ぐ。ロアンがリアを見ると、リアはまっすぐに森を見つめている。ロアンはリアの手を握り返し、2人は一緒に森の中へと入っていく。