4) 2周目 薬草湯
翌日の夕方、ロアンが居間で夕飯の下ごしらえをしていると、ロアンの後ろを通り過ぎたリアから薬草のかおりがした。
振り向くと、リアは白い寝巻きのワンピース姿で降ろした黒髪が濡れている。ほっぺたは真っ赤だ。『ほかほか』という言葉が服を着て歩いているようだ。
リアは立ち止まり、『野菜の葉っぱのうち、いらないものをとる仕事』を無言で手伝いだすと、「あのねあのね」と前置きしてから一気に話し出した。
「手を怪我したから、水浴びをしたくないような、でも、森でたくさん遊んだから、水浴びしたいような〜って迷っていたら、ウィローが『冷たいほうが沁みるかもね、お湯をつくってあげるね。薬草をたくさん入れて、はやくよくなるように……って願いながら使うといいよ』って。だから願いながら使ってみたんだけど、あんまり効果なかった。普通に沁みたし、痛かった」
リアは、手の中の野菜を見つめている。
「でも、ウィローって優しいなあって思ったわ。いつも優しいけれど、今日、怪我してからは特にね」
「そのウィローはどこへ行ったんですか?」
「えーっと」
リアはちょっと首をかしげる。
「ウィローが薬草をすごくたくさん入れたから、勿体ないから一緒に使う? って聞いたら、『ぼくは大丈夫』って、いなくなっちゃった」
「大丈夫じゃなさそうなセリフですね」
ロアンはリアから逃げるウィローを想像して、ふふっと笑った。
「ウィローって女の子に免疫ないのかな? もう18歳なのに。恋に落ちたりしないのかなあ?」
「それは……」
ロアンは幼少期からウィローを知っているので、そもそも『自由に恋に落ちたり』という発想がないのではないか? と思う。恋に落ちるウィローというのは、想像がつかない。ずっとリアを可愛がりながら、ロアンに兄のように接する、優しい主人でいてくれる気がする。
リアは『わくわく』と顔に書いてあるので、年相応に恋の話が好きでこの話を振ってきたようだ。
しかし、リアも元は、婚約者の一人くらい居てもおかしくない身分だったはずだ。
「ウィローはもしかしたら、私のことが好きなのかも! なんてね」
リアはちょっと変な笑顔をつくる。
「それも……」
わからない。ウィローがリアを大切にしているのは確かだが、ロアンと同じように、妹のように? 家族として? 大切にしてるのか、それともそれ以上の何かがあるのか。
何かがあるとしてもそれは『恋』で片付けられるものなのだろうか?
ロアンの思う『恋』はもっと楽しいイメージだ。恋人ができたら、一緒に出掛けて、同じものを見たり、知ったりして関係を深めること。お互いに楽しいやりとり……。
ウィローもリアを見て楽しそうだったり嬉しそうなことも多々あるのだが、楽しさとはかけ離れた表情をしていることもあるので、
(あれは、恋と呼ぶには違うような……)
ロアンからすると違和感がある。
ーーーーーーー
朝、森でロアンとリアは弓を練習した。ウィローは切り株に座って本を読みながらその様子を眺めていた。練習の過程でリアの手に擦り傷ができ、血が滲んだ。ロアンにとっては想定していたことだった。
「見せて」
ウィローの声がした、どこかかたい声だった。ロアンが観察していたリアの手を奪いとると、すかさず回復魔法をかけようとしたのでロアンが止めた。
「ウィロー、回復魔法をかけて元の状態に戻すことは、逆に、何回も傷をつくることに繋がりますよ。弓も剣も練習の過程で、今まで使っていなかったところが……傷もできるかもしれませんが、その分、丈夫になるんですよ」
ロアンの指摘に顔をあげたウィローだったが、その顔はこわばっていて、いつもの柔らかい笑顔がなかった。
好きな人が怪我をしたら(かわいそうに)と思ったり、その原因をつくったロアンに怒ったりすることもあるだろう。でも、ウィローは違った。ウィロー自身が痛い、辛い、という顔をしていたのだ。
「わかった、リアのためだものね」
そう呟き、ウィローは切り株に戻っていった。
ーーーーーーー
リアとロアンは野菜の葉っぱとりを終えると、流しで魔石で水を汲み、手を洗う。
「ロアンは、私と薬草湯を浴びてくれる?」
「うーん」
ロアンはわざと意地の悪い感じで言った。
「別になんとも思いません。いいですよ、浴びましょう。節約になりますし」
リアはくすくす、と笑う。
「なんとも思われないのも、それはそれでイヤだなあ」
「贅沢なお姫様だ」
「贅沢なお姫様は、手を洗ったので、傷に薬を塗ってもらうことを求めます!」
「わかった、わかった」
ロアンは薬をリアの傷に塗り、包帯を巻く。
「ねえロアン。私ね、いつまでもウィローとロアンのお荷物なのはいやなの」
「お荷物だなんて、私もウィローも思っていませんよ」
「わかってる。でも、私が私に対して思うの」
リアは手の包帯を眺めたあと、ぐーぱーしている。
「だからね、弓が使えるようになったら嬉しいな! ウィローは喜ばないかもしれないけれど……ロアン、練習付き合ってね!」
「もちろん、喜んで」
ロアンはリアに微笑む。