37) 2周目 効果切れとケーキ
「私もはじめて会ったとき、ウィローを魔物だと思ったの。でも、違うんだと思う。聖騎士試験の勉強に出てきたでしょう? 魔物の血は青いの。そして、魔物は自分の体を代償にしたりはしない。
私、ウィローに話を聞いてから調べたんだけど『代償』ができるのは人間だけなのよ。ウィローの血は赤いし、頻繁に魔術に使ってる。だからウィローは、『魔物っぽい禍々しい魔力をしている人間』なの」
リアはソファーに座り、ロアンに話す。
ウィローもそんなようなことを言っていた、とロアンは思う。しかし、にわかには信じがたい。聖騎士の感覚は、ウィローが目の前にいる限り、『ウィローは魔物である』と伝えてくるからだ。
「どうしてそんなことに……」
「生まれつきじゃないなら、私に会う前にどこかのタイミングでそうなったのよ。
でもそれは、ロアンのほうが詳しいんじゃないの? 5歳からそばにいるんでしょう? なにか、心当たりないの?」
心当たり――ある。ぶわっと、あの日の『アステルの部屋』の酷く散乱した光景が頭に浮かび、ロアンはかたまってしまう。
紙と魔術計算式だらけの部屋――あの部屋で、アステルに自分はなんと言った?
だとしても……アステルが「魔力がおかしくなってしまった」と「聖女を塔から連れ出したい」と。正直に告白してくれたなら、ロアンは今、こんなに酷い気分になっていないはずなのだ。何も話してくれないくせに、『信頼している』だなんて――虫が良すぎる。
リアのことも。どうすればいいのか……。
「ねえ、ロアン。酷い顔色だわ。一回寝たほうが良いかも……」
「そうします。少し頭を冷やしたいので、また明日の朝、話しましょう。リア、おやすみなさい」
ロアンは、弱々しくリアに微笑む。
リアは、行こうとしたロアンの服の裾をつかむ。
「えっと……ロアン、ウィローは私に何か……」
「?」
「なんでもない……」
リアは、うつむいて手を離す。かすかに胃が痛み、ロアンはリアを安心させようと頭を撫でてから、寝室に向かう。
ーーーーーーー
夜明け前に、ロアンは激痛で目を覚ます。
胃が痛い。ウィローのかけた呪いのせいだ、と気づく。
「リア……?」
ロアンは胃をおさえながらベッドから出て、暗い廊下でリアを発見する。リアは、泣いている。リアの髪色が白いのを見て、ロアンは血の気が引く。
アズールの家で窓がないのは廊下だけだ。リアの部屋の窓には厚いカーテンが下がっているが……ロアンは自室の部屋の扉を閉め、それからリアの背中に手を置く。
「ロアン……?」
リアはずっと泣いていたような感じだ。
「リア、そうです、私ですよ」
ロアンはリアの手をとって、伝える。
「おまじないの効果が切れちゃって、今、ほとんど見えていないの……でも逃げるなら廊下だって思って、手探りでここまできたの」
リアの声は、涙声だ。
「ねえロアン、ウィローがこんな失敗するの、はじめて。おまじないを忘れて私を置いていくなんて。ロアンだけじゃなくて、私にも怒って出ていっちゃったのかなあ」
リアは不安そうに聞く。
ウィローの失敗ではない、とロアンは気づく。
「リアは、『ウィローのお守り』の効力を知っていますか?」
「私に必要なすべての魔法を込めてあるって言ってた。もし、ウィローが倒れたりして、長い時間目覚めなければ、ローブの内ポケットに常に入っているから、勝手に出してつけて良いって言ってた」
ロアンは、ポケットから綺麗な布に包んだ『お守り』をとりだすと、リアの首にかける。
首にかけた途端、紫色の魔石が一度だけ淡く光る。リアの目に光がさす。髪と目の色はまだ戻らないが、少しずつ黒くなるようだ。
リアはほっとため息をついたあと、全てを察し、ロアンを涙目でにらむ。
「ロアンの馬鹿……」
「もっと罵ってください」
「ばか、ばか、ばか!!! 本当にこわかった……でも……でも……」
リアは膝を抱えて泣く。
「ウィローも直接渡してよお……」
ロアンはリアの背中を撫でようとして、思う。そんな資格があるだろうか?
「リア、本当にごめんなさい、巻き込んで……」
「私より、ウィローにごめんねって言って欲しいわ」
(言えない。自分はまだ怒っている)
何故こんなに怒っているのか、ロアン自身も整理がつかないままだ。怒りのままにウィローを傷つけたことすら、ウィローが悪いと感じてしまっている。
「ロアン、どうしておなかをおさえているの?」
おなかというか、胃が痛い。でも、リアはもう、不安な表情をしていない。
「おなかすいたね……私たち、夕飯を食べ損ねているものね……ねえロアン、なにか食べようよ」
リアは目をこすりながら、居間に向かって歩きはじめる。
ーーーーーーー
ロアンはあたたかいお茶をいれる。しかし、少し渋くなってしまった。ウィローはお茶をいれるのはすごく上手だった、とロアンは思う。
「美味しい」と言うと「昔からいれているからね」とウィローは微笑んだ。確かにアステルの部屋を訪ねたとき、よくアステルはお茶をいれてくれた。城の人間は奇妙なものを見る目で、王子なのに人にお茶をいれるアステルを見ていた。「大切な人とお茶を飲む時間ほど、大事な時間はないよ」とアステルは微笑んだ。
リアは棚から、パンと鳥の肉を焼いたものとサラダとケーキを出してきた。しかし、全部冷たい。
「ロアンを迎えにいくときに、ウィローが保冷の魔法をかけていたの。パンと鳥の肉はあたためる予定だったのよ」
とはいえ、あたためる気力がなく、ふたりは冷たいままごちそうを食べることにする。あたたかくてちょっと渋いお茶と、冷たいごちそうだ。
ケーキは、ロアンの想像に反してちゃんとしていた。リアががむしゃらに切り分けようとするのを止めて、ロアンはケーキを6等分にする。
2つを自分のお皿に、1つをリアのお皿に置くと、リアが「ロアンのほうが多いわ」と言うが「食べ切れたらもう一個あげますから」と伝える。
ケーキをひと口、口に入れると、古い記憶がよみがえってきた。あれは、アステルが回復して、旅立ちの前あたりだと思う。ルアンの13歳の誕生日に、アステルがケーキを焼いてくれたのだ。「王城のキッチンを使えるのも、もうあとわずかだからね」とアステルは言った。ルアンはキッチンをめちゃめちゃにされると思ってアステルを必死に止めようとしたが、そんなことはなかった。
「ロアン? どうしたの?」
「いえ、なんでもありません……」
込み上げてくる気持ちを、ケーキと、お茶と一緒に流し込んだ。ケーキは、13歳の誕生日にアステルと食べたケーキと同じ味がした。
ケーキを食べるルアンを見て、アステルがやわらかく笑っていた。アステルが元気になって本当によかったと思い、ルアンも笑った。