34) 2周目&1周目 ケーキづくり
旅行から帰ると、ロアンからアズールの家に手紙が届いていた。几帳面な字で丁寧に綴られている。
『大切なウィロー様 可愛いリア
元気ですか? あと1日で試験の日となり、少し緊張しています。結果がどうあれ6日後の夕暮れにアズールに着く馬車で、帰ろうと思います。
2人がちゃんとしているか心配しています。ウィローは部屋を片付けてくださいね。
リアへ おみやげを買ったのであまり悪さをしないように。おみやげは良い子にのみあげますからね。
ロアンより』
手紙を読んで、リアは聞く。
「私、良い子だったよね? ウィロー」
「さあ……」
ウィローは視線をそらす。リアは頬を膨らませる。
「ウィローなら『もちろん良い子だったよ、リア』って言ってくれると思ったのに」
「良い子は、ひとに何度もキスを迫ったりしないんじゃないかな?」
「でも、結局、キスしてくれたじゃない」
それ以降、ウィローから返事がないので、リアはさらにむーっとするが、気持ちを切り替えて、ソファーでロアンの手紙を読み返して足をパタパタさせる。
「おみやげなにかな? 楽しみだな〜!」
リアはソファーに仰向けになって手紙を抱きしめる。
「ロアンは絶対に受かっているよ、あんなに頑張っていたもの……そうだ! 聖騎士合格のお祝いを兼ねた、ロアンのおかえりパーティーをしようよ!」
「名案だね」
ウィローは微笑む。
リアは紙を持ってきてテーブルの上で計画を書き始める。
「可愛い飾り付けをして、プレゼントを用意して、あとは――」
「ケーキをつくるのはどうかな?」
「良いアイデアだわ! ロアン、甘いもの好きだものね」
リアは、喜ぶロアンの顔を想像して、とっても嬉しそうだ。
ロアンが帰ってくる当日の朝、ウィローとリアは、飾り付けやケーキづくりにとりかかる。夕方、ロアンを迎えに行ったあとの手作りパーティーが楽しみすぎて、リアは朝からソワソワしている。
ケーキ作り中、リアは髪をおだんごにしている。可愛いエプロンを付けているが、うしろのリボンが変なことになっている。ウィローが結んだためだ。
リアが卵を割って、ウィローは砂糖を加えて、魔術で温めながらかきまぜる。小麦粉やバターを加える。
できたケーキ生地をオーブンに入れると、リアは暇になる。魔石で火力の調整をしながら、オーブンをのぞきこむウィローの横顔にリアは声をかける。
「ロアンにキスのこと言ってもいい?」
少し沈黙のあと、ウィローはリアを見ずに返答する。
「リアはそれ、言いたいの?」
「ううん、からかっているだけよ」
「大人をあまりからかわないで」
ウィローはオーブンに入れたケーキのことを見守っていて、リアに視線を送らない。
「大人っていっても、ウィローは18歳でしょ」
「ぼくはマヴロス大陸の18歳のなかでは、もっとも大人な18歳だと思うけどね」
ようやくウィローはリアを見る。
「どういう意味?」
リアは眉をひそめる。そして(大人だ大人だって言うのが子どもっぽい!)と思う。
「でも、スペンダムノスに行ったよ! ってことは言っても良いでしょう?」
「もちろん」
「ロアン、どんな顔するかしら」
リアはニコニコと笑う。リアもロアンに、ちゃんとお土産を買ってきたのだ。これは聖騎士合格のプレゼントとは別だ。
ーーーーーーー
13歳のアステルは、卵をボウルに割り入れる。カラがたくさん入ってしまい、スプーンで掬う。ちゃんと全部掬えたか不明なまま、中身をかき混ぜる。
アステルは、耳にかけられるくらいの金色の髪で、白い襟付きのシャツにクリーム色のズボンを履いている。シャツの襟には金色の刺繍が入っていて、襟の中央には金色のリボンがついている。シャツは長袖だが、暑いので腕まくりをしているようだ。
アステルの格好は、厨房の中で浮いている。城の料理人たちが遠巻きにアステルの奇行を、ハラハラしながら見守っている。そこに、魔術院担当の(アステルのことを押し付けられている)大臣がやってくる。
「アステル様! 城の厨房で何をなさっているんですか!」
「? ケーキをつくっているよ」
アステルは粉をどさどさ入れ、またボウルの中身を混ぜる。
「アステル様をなんとかしてください、厨房がめちゃめちゃなんです……」
「それに、お怪我をされたらと思うと怖くて怖くて……」
料理人たちが大臣に苦情を入れる。
大臣はアステルに聞く。
「ルアン・カスタノは一緒ではないんですか?」
「ルアンならいないよ、もう1週間もいないんだ。つまらない1週間だったよ」
アステルは本当につまらなさそうに言う。
「今日、ルアンが帰ってくるんだ。だからぼくが、お祝いにケーキを作ろうと思って」
アステルは、大臣にニコッと笑いかける。
「ケーキをご所望なら、いくらでも私たちが作ります!」
料理人たちが挙手するが、アステルは首を横に振る。
「昔、お母様が『人にものをあげるなら、自分の手でなんとかしなさい』って言ったんだ。だから、頑張っているところ。でもケーキづくりって難しいんだね」
アステルはぐちゃぐちゃになった厨房を見ながら嘆く。
アステルが去年、聖騎士の話をルアンに話してからというもの、ルアンは『聖騎士になりたい』としきりに言っていた。『聖騎士になって、たくさん魔物を狩りたい、人々の役に立ちたい』と。しかし、聖騎士試験を受けられるのは11歳からだった。
ーーーーーーー
馬車乗り場が見渡せる木の下で、ウィローとリアはクレムから来る馬車の到着を待っている。
「おうちの飾り付けを見て、ロアンの驚く顔が楽しみだな〜!」
「居間がとっても可愛くなったものね」
リアのワクワクしている様子に、ウィローはふふ、と笑う。
「ウィロー、ケーキをつくるの本当に上手だったわ!」
「昔、練習したんだ」
ウィローはリアに、藍色の瞳を細めて微笑みかける。
ーーーーーーー
王国騎士団の広い訓練場に入り、(帰ってきたなあ)と11歳のルアンは思う。ルアンは紺色の癖っ毛の短髪に紺色の瞳で、白い襟付きの半袖のシャツに紺色の短いズボンを履いている。
訓練がはじまる前に訓練場の準備をしないと……と思っていると、柱の影からルアンに顔を見せて、手招きする金髪の少年の姿があった。
(アステル様だ!)
11歳のルアンは顔を輝かせる。
アステルはルアンより背が高いが、まだ少年らしい体格だ。
アステルは訓練場の裏手にある階段の1段目にルアンに座るように促すと、となりに自分も座り、抱えていた白い箱から何かを取り出した。
「ルアン、これあげる」
「なんですか? これ」
ルアンはお皿の上に乗った謎の白い物体を見てから、となりにすわったアステル王子の顔を見る。
「ケーキだよ」
「ケーキ」
たしかによく見たら、果物が乗っているし、赤いソースもかかっている。果物で作ったソースのようで、甘酸っぱいにおいがする。
「ルアン、甘いもの好きだったでしょう?」
アステルはすこし照れた様子で、内緒話をするように声をひそめる。
「ぼくが作ったんだ」
「アステルさまが!?」
ルアンはびっくりする。
(へんなかたち、とか言わなくて良かった……)
「聖騎士合格、おめでとう、ルアン」
アステルは、本当に嬉しそうに笑いかける。ルアンがようやく聖騎士に合格したという知らせが、アステルは自分のことのように嬉しかったのだ。
ーーーーーーー
乗合馬車から、憂鬱な気持ちでロアンは降りる。辺りを見回すと、馬車乗り場から少し離れた木の下で2人が待っていることに気づく。
ロアンが2人に近づくと、リアが手を振りながら駆け寄ってくる。
リアは、光り輝くようだ。聖騎士の感覚のせいで、リアのことが眩しく見える。
「ロアン、おかえり!」
リアは笑顔でロアンに抱きつく。
「ただいま、リア」
ロアンは泣きたい気持ちでリアの背に手を置く。
一歩遅れて、ウィローが現れる。
ロアンは、全身の毛が逆立つような感覚を覚える。
ウィローはロアンに笑いかける。
「おかえり、ロアン」
変わらない、あたたかい、優しい笑みだ。
ロアンのなかに新たに芽生えた感覚が、警鐘を鳴らす。剣をとれ、と命令してくる。
ロアンに、ウィローに対して剣をとれと。
ロアンは、激しく混乱する。長年仕えた主人の姿が、今までと違って見えることに。美しい見た目は変わらないのに、胸をさすような禍々しさがある。
聖騎士の感覚は、こう告げる。
ウィローは……アステル・ラ・フォティノース・コルネオーリは、人の姿をした、強大な力を持つ魔物である、と。