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33) 2周目 今代の聖女


 クレム行きの乗合馬車のなかには、具合が悪そうな人が何人か乗っていた。皆、一様に皮膚に灰色〜黒の色が広がっている。腕に、足に、顔に。(なんの病だろう?)とロアンは思う。クレムは教会の権力の強い土地で、神聖力に優れた人間が多くいる。この馬車に乗る病人たちは、神聖医術による治癒を求めてクレムに向かうのだろう。


「お兄さん、聖騎士試験か何かかい?」

 途中で、30代くらいの青年が話しかけてくる。

「はい、そうです」

「病気には見えないもんな、元気そうだ」

「おかげさまで……」

「自分は近くの村の薬師なんだけど、病気の流行でクレムの教会に見解を聞きに行くんだ」

「病気……」

「魔病、マヴロ病だ」


 マヴロ病はマヴロス大陸独自の病だ。100年ごとに流行を繰り返している。別名を――

「魔王の呪い、ですか?」

「そうだ、魔王の呪いだ」

 皮膚が灰色になり、黒くなり、だんだんと活動的ではなくなり、そのうち衰弱して死に至る。しかし病の進行はとてもゆるやかで、死ぬまでに5-10年ほどかかる。魔術や神聖力を使えば進行をすこし抑制することもできる。


「教会もはやく封印に動いて欲しいものだ。予定では3年後という話だが、遅すぎる。病で苦しみ、それまでに亡くなる人間も出るかもしれないのに」

 マヴロ病の原因は旧魔国カタマヴロスにあるといわれる『魔王の呪い』の本体だ。再度、封印しない限り100年ごとに呪いが漏れ出し、広がり、病人が出る。


 これが有名な魔病の症状なのか、とロアンは人々の肌にちらりと目をやる。



 乗合馬車に数日乗るあいだに、故国の噂話も耳にする。故国から来た者たちが乗ってきたようだ。

 コルネオーリでもマヴロ病が流行っているという話だ。神聖力を持つ者が少ないから、病気の進行をとめることは魔術師頼りだが――

「最近は魔術の国コルネオーリにも優秀な魔術師が生まれることが少なくてねえ」「第四王子様がご存命だったらねえ」「第四王子なんてコルネオーリにいたか?」「居たが、若くして亡くなった。とても優秀な魔術師だったそうだ」「優秀な魔術師の血筋は途絶えることが多いな」「魔術師は気狂いが多いから、短命だし――」


 ロアンは、『アステル』のことを思う。

 ウィローに『ウィロー自身を代償にしないで欲しい』と話したときに、なんと言ったかも思い出す。

『何がダメなのか、わからない』 


 馬車のなかで、耳を塞ぎたくなる話を、耳を塞がずに聞き流す。


ーーーーーーー


 聖騎士の講義は、一日に5時間ほどだった。あとは剣の自主練習の時間や自主的な勉強の時間に当てられていた。

 他に、一日の中に祈りの時間が3回もあり、ロアンは辟易する。

(神様って信じていないんだよな)

 神は信じていない、しかし神聖力は欲しい。自分の都合の良さにロアンは笑ってしまう。


 受験者には寮があり、2人につきひと部屋があたえられていた。しかし偶然、ロアンの相部屋の人はいなかった。

(良いんだか、悪いんだか)

 2週間も話し相手がいないのは、少し寂しくも感じる。


 休みの日もあり、ロアンは1人で街を散策する。クレムの街の大きな聖堂を見にいったり、神聖医術院を見学に行ったり。その帰りにウィローとリアにクレム製の魔除けを買ったりする。リアには可愛いやつを買い、渡したときの顔を想像して、微笑む。ウィローにはなんだかよくわからない変なかたちのを買う。


 夜になるとアズールの家が恋しくなる。

 ウィローからもらった魔石は使っていない。効果を聞いたら『触ってみてのお楽しみだよ』と言っていたので、怖いからだ。でも、ひとつくらい触れてみようかと、面白いかたちの一個に手を触れたら、夜分に大きな音で陽気な音楽が流れはじめて、すぐに止める。

(なんだこれは……)

 家が恋しいとき、試験が不安なときは、なんとなくリアに貰った「ニフタ人形」を眺めたりする。


(今ごろ2人とも、どうしているでしょうか……)

 はやく2人に会って、どう過ごしていたかを聞きたい。そしてこちらの話も聞いてほしい、とロアンは毎晩のように思う。


ーーーーーーー


 最初の講義で歴史の話があった。

 マヴロス大陸、成立の歴史だ。


 昔々、この大陸は魔王カタマヴロスの物だった。『魔物がはびこる、悪しき者たちに占領された土地』を、勇者・戦士・聖職者・魔術師・薬師・踊り子・商人・芸術家の8名が魔王を倒すことで解放した。彼ら8名を王として8つの国が誕生した――

 しかし彼ら8名は、魔王の城とその周辺――旧魔国カタマヴロスには手出しができなかった。魔王が城に巨大な呪いを残していったためだ。巨大な呪いに触れると「魔王の呪い」という病になり、それは人間をゆるやかに死に至らしめる。 

 そのため聖職者の国 教国エオニアの聖職者たちがアサナシア教を作った。旧魔国への対抗と魔王の呪いの封印のために。アサナシア教は、マヴロス大陸全土に広まった。以降、アサナシア教会が中心となって100年ごとに魔王の呪いの封印を行っている。


ーーーーーーー


 ロアンは、聖騎士試験に合格する。

 思っていたよりも簡単だった。やっぱりひと月で受けにいっても良かったな、とロアンは感じる。

 結局、勉強がわからなさすぎて、ウィローの助けを借りながら、ふた月勉強し、剣の練習もしてからクレムに向かったのだ。


 合格後、クレム教会の大聖堂へ行き、高位聖職者に神聖力を授けてもらう。

 神聖力を授けられた瞬間から、神聖力が見えるようになり、人の魔力や魔物の気配を感じとることができるようになるという。それを『聖なる感覚』、聖騎士であれば『聖騎士の感覚』というそうだ。

 不思議な感覚だった。授けられたあと、壇上の聖職者が神聖力を持っているのだな、ということがわかるようになった。目を閉じたりして、感覚を研ぎ澄ますとよりはっきりとわかる。魔力を持っている者もなんとなく感じられるようになった。残念ながらやはり自分には魔力はないのだな、とロアンは改めて思う。


 神聖力を授けられたあと、合格者たちは聖堂の椅子に座り、聖職者の話を聞く。

「さて、皆さんに大事な話をしなければならない。マヴロ病――魔病についてだ。あなた方の中には、ご家族などの魔病の進行抑制のために聖騎士試験を受けた者もいるだろう」

 聖職者は講壇から話を続ける。


「皆さんご存知の通り、魔病を完治させるためには『魔王の呪い』本体の封印が必要だ。各国から封印のための人員を集め、魔病討伐隊を編成するつもりだ。そのため我こそは、という者は、ぜひこの後、名乗りをあげて魔病討伐隊に参加してほしい。

 『魔王の呪い』の封印は本来であれば聖女の役目だが、今代の聖女は不幸にも亡くなっている。そのため、聖なる力と、それをサポートするための力を我々は求めている」


 各国からの隊となれば、ウィローとリアの顔を知るものもいるだろう。

(残念ながら「魔病討伐隊」には参加できそうにないな)


 他の合格者が挙手して発言する。

「今代の聖女様はもう亡くなっているんですか?」

「そうだ、おいたわしいことに10歳で亡くなった。しかし今代の聖女は、もともと太陽に嫌われる病を持ち、外に出ることができなかった。だから魔病討伐隊に加わることができたかも怪しい。

 聖女が亡くなったことで、新しい聖女が生まれるはずだ。我々は新しい聖女を待ち望みながら、魔病討伐のために我々にできる準備を進めるのみだ」


(10歳? 太陽に嫌われる病?)

 どうしても浮かぶ顔がある。

 

 いやいや、ないないない。リアが聖女だなんて、何の冗談だと感じる。

 ひとの服を勝手に着たり、レンガの上を走って渡ったり、ロアンの料理中につまみ食いしたり、悪いことばっかりする。

 ウィローは自由に育てすぎだ。


 しかし、聖職者はこう続けた。

「コルネオーリに生まれずに、教国エオニアに生まれていたら、聖女様もご存命だっただろうに」


ーーーーーーー


 ロアンはどうやって寮の部屋に戻ったのか思い出せない。気がついたらベッドに横になり、天井を見つめていた。

 混乱する頭で、ひとつの疑念について考える。心は考えることを拒否しているが、頭が勝手に考えてしまう。


(『今代の聖女』とはリアなのではないか?)

 ありえない。リアが聖女? 

 しかし、すべての辻褄があってしまう。 


 コルネオーリに生まれた聖女。太陽に嫌われる珍しい病を持ち、外に出ることができず。10歳で死んだ。

 

 ロアンは『アステルの葬儀』に参列する人たちをウィローと遠目から一緒に眺めたのを思い出す。『アステル』は自らの死を偽装した。リアにはじめて会ったとき、ウィローはなんと言った?

『きみはこれから、別人として生きるんだ』

ということは、リアの死も偽装したのではないか? 

 

 『魔王の呪い』の封印は100年ごとに必要である――これはマヴロス大陸に生きる民の常識だ。そうしなければ魔王の呪いでたくさんの民が死ぬからだ。

 封印には聖女の力が必要。封印の儀式は3年後。

 そのために教会は新たな聖女を探し、聖女が見つからなかったときのために、神聖力を持つ者を増やしている。


 その状況下で、今代の聖女の死を偽装して、その聖女と気ままに暮らしている人間が2人いる。1人は聖女だとは知らなかったが、もう1人は――知っていたはずだ。 


(アステル様、何故?)

 

 聖女の死を偽装して、連れ出して、それでどうなるんだ? ――呆然とする。そんな行いは、大陸に生きる人間すべてを敵に回すような悪行ではないか。

 抱え切れない。しかし誰にも話すことは許されない。抱えたまま帰らねばならない。ぶつけるとしたら、『アステル』にだ。


 もうひとつ思い当たる。

 ――ということは、リアは、神聖力を持っているのだ。ウィローは知っていて、それをリアに教えていない。

 弓のはじめての練習で怪我したリアに包帯を巻いていたとき『お荷物なのはいやなの』と言ったリアの悲しそうな顔を思い出す。可愛いリアはいつも悩んでいた。自分が何者でもなくて――何の役にも立たないと。


 しかし、リアは聖女だった。

 生まれ持っての神聖力なんて、ウィローとロアンどころか他の多くの人にとってすごく有用な力だ。大陸中の人々を救う力でもあった。

(それをリアにもおれにも黙って、ただ弓や剣の練習をするのを見ていたんだ、おれの主人は)


 しん……と辺りが静まり返る感じがする。耳鳴りがする。

 この感情は何だろう、とロアンは考える。


 怒りだ。

 ロアンは、生まれてから今までに、こんなに強い怒りを覚えたことはなかった。


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