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32) 2周目 ふいうち


 日が暮れてきた。リアは路地裏の階段を、ぴょんぴょんと軽やかに登っている。

「リア、落ちるからやめて」

 あとを追うウィローが声をかける。

「大丈夫! 私、この2日で階段や坂道に慣れたみたい!」

 リアは笑ってウィローを振り返る。楽しくて勢いをつけすぎて、ふらつき足を踏み外す。

「あ、」

 リアは手をのばした状態で、ウィローに向かって落ちていく。


 ウィローはリアを抱き止め、そのまま階段下に落ちる。リアはウィローの腕の中でよく見えなかったが、ウィローが何かにぶつかったような衝撃があった。鈍い音がした。

 リアは(何か変だわ)と思う。いつもなら、ウィローなら……魔法で軽やかに着地する気がするのに。


「ほら、やっぱり落ちたね」

 ウィローはリアをぎゅーっと抱きしめる。

「本当にあぶないことをしないで、リア」


 リアはドキドキするが、なにかポタ……ポタ……と水滴が頭に落ちてくるのを感じ、顔をあげる。ウィローのこめかみの辺りから、ぽたぽたと血が垂れている。リアを抱き止めて落ちたときに頭を打ち、切ったようだ。

「こっちのセリフよ!」

 リアは起き上がり、座り込んでいるウィローに手をのばす。髪をかきあげて、どこを怪我したのかを見ようとする。

「ウィローなら魔法で防げたでしょう!?」


「ぼく、朝からずっと自分を殴りたい気分だったから、ちょうどいいよ」

 頭から血を流しながら、わけのわからないことを言っている。

「はやく回復して!」

 目をさんかくにして、リアはウィローにおこる。

「えー」

 リアはウィローをむむむ、と睨む。リアの剣幕に、ウィローはしぶしぶ自らに回復魔法を使う。


 ウィローは小声で呟く。

「流した血を消費して回復するなんてプラスマイナス0だ、自分のために魔石を消費するよりよっぽど良い」

「すごいマイナスよ! 反省して!」

 聞き取ることができてしまったので、リアはウィローにさらに怒る。


 リアはふと、ウィローの顔が目の前にあることに気づく。確かにウィローは、いつもよりも元気がないようだ。


 リアは、落ち込んでいるウィローに(キスしてあげたいな)と思う。ローブの襟をもって、キスしようとする。

「ダメだよ、リア」

 ウィローはリアの口を、軽く自分の手で止めて、口付けを拒む。


ーーーーーーー


 ごはんを食べて宿に戻り、リアは水浴びをする。戻ってくると、ウィローはこんなことを言い出した。


「リア、今日は、ぼくは床で寝るよ」

「なんで!? 楽しい旅行の最終日だよ!?」

 リアはびっくりする。ウィローの表情はすぐれないままだ。

(ウィローは床で寝るのが好きなのかな、前にも床で寝ていた日があったけれど……)


「じゃあ、私も床で寝る!」

 ウィローより先に床に寝転び、横向きに丸くなって目をつむるリア。ウィローは、出会ったばかりのシンシアが、床で眠っていた朝を思い出す。


 ウィローはため息をついて、リアに毛布をかける。顔ごとかける。

「え、なに!?」

 毛布に頭までくるまれたリアを抱っこして、窓側のリアのベッドに連れて行く。

(昔、ぼくが何をしたか。どうやってシンシアを諭したか。覚えている)


 ベッドに置くと、リアはもぞもぞと毛布からでてくる。

「ウィロー、苦しかったよ!」


 ウィローは、リアをベッドに置いてから――窓の方を見ている。遠目にウィローの木を見ながら、なにか他のことを考えているようだ。リアを見ない。


(私を見て)

 リアは思う。

 ウィローの顔は、リアの手が届くくらいの位置にあった。リアはウィローの横顔を見つめて、両腕を伸ばす。首と頭に手を触れて、そのままウィローをひきよせる。

 リアの唇が、そっとウィローの唇に触れる。


 リアは離れると、にっこりと笑う。

 してやったり、という感じだ。

 しかし、ウィローは床に崩れ落ち、リアの寝ているベッドの端に手と顔を突っ伏して、動かなくなってしまう。


「……あれ? ウィロー?」

 ウィローには、リアの声だけが聞こえる。

「ねえ、どきどきしなかった?」

 リアは、嬉しそうな声で続ける。

「私は、すごくどきどきしたよ」


 ウィローは顔をあげないから、どんな表情なのかがわからない。何を考えているかもわからない。顔を伏せたまま、しばらく動かない。


 ウィローは、ようやく顔をあげる。リアが見たことのない、拗ねた表情をしている。そしてウィローは、リアの目を片手で隠す。

 リアが覚えているのは、ここまでだ。


ーーーーーーー


 目覚めると、朝だった。

(あれ?)

とリアは不思議に思う。


 ウィローがいない。

 となりのベッドで寝ていた気配もなければ、リアのベッドで寝ていた様子も、もちろんない。床はわからないけれど、毛布の類いは落ちていない。一晩中、どこかへ行ってしまったような印象だ。


(ウィローはきっと、睡眠魔法をかけたんだ)

 髪をさわってみる。色は黒い。

(そのあと、おまじないをして――どこに行ったんだろう?)

 あの流れで睡眠魔法をかけるなんて、ウィローってひどい! とリアは思う。


 ウィローからお返しのキスが欲しかった。なのに、それをしないなんて、酷い。


 リアは頬をふくらませる。


ーーーーーーー


 

 リアに唇を奪われたとき、ウィローは(もう本当にダメだ)と思った。リアが何を考えているかわからないが、たぶん可愛らしいことしか考えていない。しかしウィローは、このままここにいたら、絶対に止まれない。


(リアに触れたい。愛したい。そんなことが許されるわけがないのに)


 とりあえず魔法でリアを寝かせて――これ以上悪さをしないようにして――

 しかし、眠っているリアを見ていられなかった。おまじないなんてできなかった。ウィローは、自分のことが信用できなかった。


 一旦、外にでた。


 夜風を感じながら、ウィローは考える。

 

 もし、本当にリアがウィローを好きだとして――確かに、シンシアはアステルのことが好きだった。だからリアが好きになっても――こんな自分を好きになるなんて、という気持ちはウィローにあるが、おかしくはない。


(嬉しい)

 ウィローが顔をあげると、夜空に月が見えた。

(でも自分には、それに応える権利がない。地獄だ)


ーーーーーーー


 歩きながらウィローは、リアに渡した赤い魔石のことを考える。『シンシアのお守り』に追加で込めようと思っている魔法の試作品だ。リアの神聖力を見えづらくする効果がある。神聖力は、練習するほどに上がってしまう。だから、リアが神聖力の練習をするほどに、覆い隠すには強い魔術が必要となる。

(思っていたより、隠せていなかった)

 あの信徒が目ざとかっただけな可能性もあるが……教会も『聖女を失い』必死なのだろう、とウィローは感じる。


 魔のものも神聖力の気配を打ち消してくれる。『お守り』で足りなければ、魔物由来の魔石を追加で持たせるのも良いかもしれない。


 ウィローは、灯りがわりになる魔石をローブのポケットから出し、触れてそばに置く。紙を取り出して、試算する。魔術の計算を紙に書くうちに、ウィローは気持ちが落ち着くのを感じる。


ーーーーーーー



 リアはウィローを発見する。ウィローは『ウィローの木』の近くで眠っていた。

(床のほうがまだマシじゃないかしら……外って……)

 リアは少しあきれながら、ウィローの寝顔を眺める。ローブのポケットに、紙の束がつっこまれている。ポケットからのぞいている部分の文章だけをリアは読もうとする。魔術に関連した文章だ――ウィローの字は癖字かつ、走り書きすぎて読みづらい。でも『リア』という言葉だけ読めた。


(また私のためになにかがんばっているのかな)

 リアは、ウィローのローブにそっと触れてみる。

(私もウィローのためにがんばりたいのにな、でも方法が見つからないんだ)


 リアはウィローの肩を揺さぶる。

「ねえ、ウィローおきて」

 ウィローは目を開けて、寝ているウィローを上から覗き込んでいるリアを見つめる。

「ウィロー、お返しのキスは?」


 ウィローはまた目をつむってしまう。起きている様子なのに、目を開けない。

 あまりに長い時間、目を開けないので、リアは、また寝ちゃったのかな……と心配になる。


 リアがそわそわして、ウィローから目線を離したころ。

「1回だけだよ、リア」

 ウィローは起き上がると、リアの黒い横髪から手を入れて、頬に手を寄せ、口付けをする。優しくて、柔らかくて、あたたかい感触がある。


 ウィローが離れるとリアは頬を染めて、本当に嬉しそうにウィローにはにかみ、笑う。



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