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31) 2周目 宗教勧誘と狂犬


 スペンダムノスの街を歩くのに、ウィローはかならずリアの後ろを歩いた。普段は前を歩くことも多いので、リアは『行きたいところに行っていいよ』ということかなあと楽観的に考える。

(この街も本当に素敵で好きだなあ)

 リアは、アズールの活気ある雰囲気も好きだが、スペンダムノスの歴史ある雰囲気も好きだ。


 街の散策中、ウィローはやたらとリアを休憩させたがる。リアはどんどん街を散策したいので、今日はなんだかウィローとペースが噛み合わない。


「リア、パゴト(アイスクリーム)を買ってくるよ、美味しいんだ」

「パゴト?」

(なんだろう? どんな食べ物だろう?)

 待っててね、と言われて、リアは噴水広場の大きな噴水に腰かけて待っている。人目が多くあり、危なくはなさそうだ。 



「あの、こんにちは……お兄さんと来ているの?」

 リアは、突然、ロアンくらいの少年に声をかけられる。少年は声変わりしたてくらいの声で、茶髪で、白いシャツに茶色のズボン、緑色のエプロンをしている。噴水広場のどこかのお店の人のようだ。 

「可愛くて、綺麗な子だなって思って。もしよかったら、少し話さない?」


 リアはハッとする。

(これってナンパってやつかも?)

 ウィローが『知らない人で親しげに話しかけてくる人と、話してはいけないよ』と、旅をしはじめの頃、よく言い聞かせてきたことを思い出す。

(……でも、ウィローも焼きもち焼けば良いのよ……焼きもち、焼いてくれるかわかんないけど!)


 リアが何も答えないでいると、少年は無遠慮にリアのとなりに座り、キラキラした瞳でリアに話しかける。


「きみ、教会に興味はありませんか?」

「え?」


ーーーーーーー


 転移魔法陣に乗りに、ウィローの部屋に向かう直前。ウィローはリアに、赤い魔石をひとつ差し出した。

「リア、旅行中、この魔石を肌身離さず持っておくんだよ」

「これ、何?」

「今回のお守り」

 ウィローはリアに微笑む。


ーーーーーーー


「お店から見ていたんだけど、きみは、神聖力を持っているよね。だからあわてて来たんだ」

 少年はすこし興奮しているような感じだ。リアはぽかん、と口を開ける。

「教会ってなに? 神聖力ってなに?」

「えっ 冗談でしょう? アサナシア教をご存知ない? マヴロス大陸全土に広がる宗教だよ。この大陸にはアサナシア教と、あとは一部地域の土着信仰のタフィ教しかない。この大陸の人の9割がアサナシア教徒だよ。きみは、土着信仰の人なの?」

(宗教? 教徒?)

 リアはちんぷんかんぷんだ。言葉の意味すら知らないのだ。


「僕は教会から神聖力を授けられた信徒なんだ。だから神聖力を見ることができる。きみはすごく才能があると思う。そして今、教会は、神聖力を持った人たちを集めている。

 今代の聖女様が亡くなってしまったから――新たな聖女や、聖女見習いを探している。

 僕は君は聖女見習いになれる器だと思うけどね、とても美しいし――」

 少年は急に、リアの片手をとった。

 ちんぷんかんぷんな話に、少年のわけのわからない行動、知らない人に触られた――リアは硬直する。


「だから、今から教会に行きませんか?」

「私、人を待っているの」

「お兄さんを待っているんだよね、大丈夫。

 ぼくはきみを教会に届けたら、お兄さんと話をつけるから――」

(この人ちょっとおかしい人かも)

 手を離そうとするが、少年はリアの手を離さない。まるで『リアの手を離さないことが自分の信仰の現れ』とでも思っているかのように、リアの手が痛むほど力をこめる。

(痛――)

 少年は目がキラキラしすぎていて、おかしい。怖い。


 痛い、怖い、と思ったけれど、さらに怖いものをリアは見つけてしまう。ウィローがパゴトを持って戻って来たのだ。リアと少年を見て、ウィローの手からパッとパゴトが消える。手品のように。

 リアの脳裏にクレム出発前夜のロアンが浮かぶ。

『いいですか、リア――2週間、決して危ない目にあわないように。ウィローを人殺しにしないでくださいね。いつもは私も、ウィローを止めているんですからね!』


 ウィローは――普段隠している魔力を、隠そうともしない。ぶわっとウィローの髪の色が変わるのを見て、リアは叫ぶ。

「ウィロー!!!! やめて!!!!」

 ウィローは、小麦色の髪色に戻る。魔力を隠す。普通に歩いて、リアと少年のところにやってくる。


「――手を、離してくれませんか?」

 敬語だ。人間らしい対応を試みてくれてよかった……とリアは思う。しかし、ウィローはすごく怒っている。見た目や雰囲気からそれを感じて、リアは震えあがる。

 少年は鈍感で、気づかない――少年は、まるで『リア』しか見えていないかのように振る舞う。

「え? やめて? どういうこと?」

 それから朗らかにウィローに笑いかける。

「ああ、お兄さんですか。お兄さん、妹さんに、神聖力があるのはご存知でしたか?」

「聞こえなかったのか? ぼくの妻から手を離せ」

 ウィローは怒りのこもった声で言う。

「つ!?」

 リアは吹き出す。

「妻!?」

 少年は驚いて、流石に手を離す。アサナシア教では、浮気などを厳しく禁じているのだ。


 ウィローは、少年が離したリアの手が赤くなっているのを見る。リアはウィローの魔力がさらに怒りに満ちるのを、ひしひしと感じ、あわててウィローの手をとる。

「ウィロー、ダメ! 私は大丈夫だから! お願い!」

「……」

 リアとウィローは睨み合う。リアが懇願している……ウィローはため息をつく。


 ウィローは人差し指を、少年の額に突きつける。

「きみはこれから1週間、教会のことは忘れる。きみはぼくとリアを見かけていない、出会っていない、話していない」

 瞳がスッと翳り、少年は歩き出す。店に戻っていくようだ。



「暗示って、悪い魔法なんじゃなかったっけ?」

「リア、知らなかったの? ぼくは悪い魔法使いなんだ」

「知ってるわ。お姫様を塔から攫った魔法使いだものね」

 リアはくすくす笑う。それから、さらに面白いことを思い出す。


「妻だって。ウィロー、もっと上手な嘘があったと思わない?」

 リアは笑うのを必死にこらえている。

「リアこそ、『やめて!』じゃなくて『助けて!』だったとは思わない?」

 ウィローは最高に不機嫌だ。

「だって、ウィロー、私が『助けて』って言ったら、絶対にあの人に酷いことしたでしょう?」

「骨も残さなかったかもね」

 冗談に聞こえない。


 ウィローはリアの手をとる。少年に握られたところが赤い跡になっているのを見て、ウィローは、リアの手を自分の両手で覆い隠す。

 回復魔法をかけるのかと思えば、ウィローは魔法をかけずに、ため息をつく。


「本当に嫌だ」

「なにが嫌なの?」

「リアが危険な目にあうのも、他の男と喋っているのも、他の男が触れるのも――全部が嫌だ」

(それって、ウィローはやっぱり、私のことが好きってことなのかなあ)


 ウィローは自分への戒めのようにリアの赤い跡を撫でるが、いたたまれなくなったようで、回復魔法をかけてリアの手を白い手に戻す。


「それなのに、ぼくはリアに、良い相手が見つかると良いとも思っている」

(いや、ちがうのかな)

 リアは首を傾げる。


「だからもう、本当に嫌になってしまった、こんな自分自身が」

 ウィローは激しく落ち込んでいるようだ。


「ウィローは、私に良い相手が見つかると良いと思っているのに、私が男の人と話してたら、すぐに攻撃しちゃうってこと? それが悩みなの?」

「自分を抑えられないんだ」

「じゃあ、もう、私は、ウィローと結婚するしかないんじゃない?」

 リアは内心ドキドキしながら、冗談めかして言った。

 ウィローは……よくわからない表情でリアに視線を送る。ウィローはまた、ため息をつく。

「たまに何もかも忘れて、きみと暮らせたら良いなとも思うよ」

「私たち、暮らしてるわ」

「そうだね」 


 リアは思い出す。

「そういえばウィロー、パゴトを消す魔法はどうやってやったの?」

「ああ、そういえば忘れてた」

 ウィローは空からパゴトを下ろすと、リアに1つ渡した。

「置く場所がないからとりあえず空に浮かせてたんだ」

 むずかしそうな魔法だ、とリアは思う。

「魔石を何個使ったの?」

「ナイショ」

 ウィローは人差し指を唇にあてて、リアに笑いかける。



 パゴトを食べながら、リアはもうひとつ、大変なことを思い出す。

「ねえウィロー、あの人『教会から神聖力を授けられた』って言ってたけど……ロアンも神聖力をもらいに行ったんじゃなかった? ロアンも、あんな風におかしくなっちゃうんじゃ?」

「おかしくなって帰ってくるかもね」

「ウィロー、なんでそんな危ないところに行かせたの!? あんなに目がキラキラのロアン、私、イヤだわ……」

 リアは不安になる。


「ロアンは大丈夫だよ」

 ウィローはパゴトを眺めたあと、

「ぼくとリアの、絶対の味方だからね」 

 確固たる自信があるというように、リアに微笑みかける。


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