3) 2周目 魔術師の胸中は、
リアが寝たあと、ロアンは居間でひとり、夕方の一件を思い出していた。ウィローの提案で、リアがぱあっと笑顔になったこと。リアが笑顔になったことで、3人ともやわらかな空気になったこと。
ロアンは微笑む。ロアンは、ウィローのことを敬愛していた。大切な主人であり、幼い頃からの友人でもあった。ウィローを大切に思う分、リアを一人で連れているときは、ウィローが大切にしているリアに何かあったら……と気が気ではない。
リアが危ないめにあうと、ウィローがおかしくなるので、それも含めて……気が気ではなかった。
「眠れないの? ロアン」
振り向くとウィローがいた。お茶をいれにきたようで、手にマグカップを持っている。
「あたたかいお茶、飲む?」
「ありがとうございます、いただきます」
椅子に座り、お茶を飲みながら、ふたりは話す。
「リア、私を撒いたんですよ、ウィロー。活発すぎて、ちょっと……自信がない。いつも冷や冷やしています……それで、」
ずっと聞きたかったことを聞く。
「リアに、魔法を教えないんですか?」
ウィローはテーブルの反対側の椅子に座り、目をつむっている。
「魔法は教えない。今まで通り剣を教えてあげて」
「剣術は……教えていて思うのは、リアには適正がありません。本当に剣は下手ですよ、あの子。魔術のほうが適正があるのでは?」
「リアは、魔術も適正があるとは言い難いよ」
「私はリアに、自分で自分を守れる力をつけてほしいんです。ウィローが私にそう言葉をくれたように」
ウィローにこのことを言うのはロアンは照れる様子だ。その後、ハッと思いつく。
「弓はどうでしょう?」
「いいんじゃない? 明日、試してみたらどうかな」
ウィローはロアンに微笑みかける。
「……リアが、自分の身を自分で守れるようになるまでは、ぼくとロアンで守ろうね」
「はい!!!」
(ウィローに頼られていることが、本当にこわくもあり、それ以上に嬉しい……)
「リアに、おまじないをかけに行ってくるよ」
「いつもより念入りにお願いしますよ」
椅子から立ち上がったウィローに、ロアンは朗らかに言葉をかける。
ーーーーーーー
ウィローは、リアの部屋のドアをそっと押し開ける。眠っているリアを起こさないように歩き、近づく。
「リア」
小さな声で名前を呼ぶ。リアが起きないのを確認して、リアの額に手をかざす。
髪と瞳の色を黒く変える魔法、魔除けの魔法、太陽の光を防ぐ魔法……順々に、丁寧に『おまじない』の魔法をかけていく。
勝手に一人でどこかへ行ってしまったなんて、気がおかしくなりそうだとウィローは思った。自分も街に一緒に行きたかった、しかし家に結界を張るのは『リアのために絶対』だから仕方がない。
一人! もしかしたら、いなくなってしまったかもしれない。人に、波に、さらわれてしまったかもしれない。誰かがリアに触れたかもしれない、誰にも触れさせたくないリアに。
ロアンのことを責めるつもりはない、ロアンも家族だ。充分な働きをしてくれたことはわかっている。でも、リアが一人で街を歩く姿を想像するだけで、ウィローは不安で、吐きそうなほど気持ちが悪くなってしまう。
いっそのことリアに、ウィローとロアン以外の人間から見えない魔法をかけてしまおうかと……ウィローはそう思うことすらあった。しかし、リアは悲しむだろう。家の中にいるだけでは退屈を訴えるリアは、ウィローと違って他者との交流が必要なタイプなのだろうから。
ウィローは、ロアンのことも考える。友人であり、家族であり、ウィローとリアの2人にとって大切な存在であるロアンのことを。
(きっといつか、ロアンはぼくに失望するだろう)
そのときには、迷わずにリアを選び、リアを助けてほしいとウィローは願う。
おまじないが終わると、ウィローはリアの寝顔をしばし、見つめる。
(この世界にこんなに可愛らしいもの、ある?)
リアの寝顔を見ているだけで、暗く澱んだ気持ちが晴れ、優しい気持ちになる。
ウィローは、ウェーブがかった黒い髪を手にとると、優しく撫でる。
「愛しているよ、リア」
愛しい人の眠りを妨げないように、そっと部屋を立ち去る。