29) 1周目 火傷の跡
※性的描写ある回なので、苦手な方はご注意ください
ボートの上からシンシアと見た紅葉は素晴らしかった。シンシアは「こんな光景があるんですね!」「素敵!」と、嬉しそうに笑った。
シンシアの白い髪に赤い葉っぱが落ちてきて。アステルは指をのばしてそれを拾う。シンシアと目が合い……赤い葉っぱを持ったまま、シンシアの唇に口付けをする。離れると、赤い紅葉を背景に、頬を染めたシンシアが見える。
「シンシア、大好きだよ。愛しているよ」
「アステル……私も、愛しています」
ボートに乗ったあと街へ行き、有名な鐘やら、街の歴史ある建物を見てまわる。スペンダムノスの街は坂や階段が多い。アステルはシンシアが疲れていないかを気遣いながら進む。途中で休憩がてら、街の名産のパゴト(アイスクリーム)を食べたりする。美味さに目を輝かせるシンシアが、本当に可愛くて幸せだ――アステルは微笑む。
「アステル、見てください!」
シンシアはテンション高く、街のいろいろなものに指をさす。はばたく鳥にまで指をさす。楽しそうにはしゃぐシンシアに、アステルも笑いかける。
「あ、」
はしゃぎながら、路地の階段を登っていて、シンシアが階段を踏み外す。落ちていくシンシア。アステルは手をのばすが間に合わない。アステルは、シンシアが怪我しないように魔法を発動する。
「シンシア!」
空気のかたまりのようなものに包まれて、シンシアはぎゅっとつむっていた目をあける。
アステルが、腕をのばしてシンシアを抱き寄せる。青ざめた顔が見える。
「シンシア、大丈夫?」
「はい……いたっ……」
落ちた衝撃は、魔法で緩和されてシンシアは無事だった。しかし、踏み外したときに左足を捻ってしまったようだ。これが怪我したのが手や腕だったら、この場で回復魔法をかければよかったのだが。よりによって左足――と、2人は気まずい空気になる。
「宿に一度、戻ろう」
アステルはシンシアをお姫様抱っこで抱き上げる。
(捻ったのが右足だったらよかったのに)
シンシアはもうすでに、泣きそうだ。
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アステルはシンシアをベッドに寝かせる。シンシアはアステルから目線を逸らしている。
「見てもいい?」
「いやです……」
アステルが聞くと、シンシアは即答する。
「でも、見ないと、魔法をかけられない」
アステルが待っていると、シンシアは上半身を起こして、スカートを左側だけそっとめくった。
白い足に、ふくらはぎから足首にかけて、広範囲に火傷の跡があった。古い傷跡なので茶色く、しかしもう白い色には戻らないのだろうと推測できるような跡だ。
アステルは足首に触る。右左と動かして、シンシアの反応からどう捻ったのかを推測して、回復魔法をかける。時間が経っていたので、魔石を何個か消費する。
「ありがとうございます」
シンシアは消え入りそうな声だ。
シンシアはもうずっと泣きそうな顔をしている。
「醜いものを見せて、申し訳ありません」
「醜くないよ」
アステルは、ずっと見たかった。
シンシアを苦しめているものの正体を。
「醜いです」
シンシアは泣き出す。
「シンシアに醜いところなんてないよ」
「大ありです」
ぽろぽろ、ぽろぽろと涙がこぼれる。
「心が醜い、こんなふうにアステルを困らせて」
「困ってないよ」
アステルは、シンシアを抱きしめる。
「傷跡も含めてシンシアでしょう。
シンシア、愛しているよ」
アステルは、左足の火傷の跡にキスをする。アステルは、シンシアの涙にキスをする。左頬の涙に、右頬の涙に、シンシアの首筋にこぼれた涙も拾いに行く。
(これ、まずいかも)
アステルは思う。シンシアが可愛くて愛おしくて――気持ちに余裕がない。
シンシアは首にキスされたあと、涙目で、不思議なものを見るようにアステルを見つめる。アステルは言う。
「シンシア、『やめて』って言って」
頼むからそう言って欲しい、そうしたら絶対にシンシアを傷つけない――とアステルは思う。
しかしシンシアは、ふたたびベッドに寝転んでしまう。白く長い髪が、ベッドに広がる。
シンシアはアステルから目を逸らす。
「言わない……」