26) 2周目&1周目 ウィローの木
転移魔法陣に乗ると風を感じた。ウィローと手をつないだまま、強風に煽られる感覚を受けてリアはぎゅっと目をつむる。次にリアが目を開けたとき、少し先に大きな樹があるのが見えた。
枝葉が地面に向かって伸びている。風が吹くと、サアァ……という音とともに、枝葉が揺れる。
「ウィローの木だわ」
つないだ手を離して、リアが指をさす。
リアの生家にあったのだ。
「もしかしてウィローは、この木から自分の名前をとったの?」
「そうだよ」
ウィローは2人分の荷物をもち、歩き出す。リアは駆け寄り、ウィローからリュックを受け取る。
木から少し歩いたところに、こじんまりした宿屋の屋根が見える。泊まる場所に荷物を置きに行くようだ。
リアは歩きながら話す。
「ばあやが言っていたの。ウィローの木は海の向こうから来たんだよって。そしてそこでは、亡くなった人を弔うお祭りに使っていたんだよって。灯りをたくさんウィローの木に吊り下げて灯して、魂が無事に休めるように祈るの」
リアは微笑む。
「だから、お母様がゆっくり休めますようにって、夜に、塔の窓からこっそり木を見て、思っていたの」
リアは、前を歩くウィローの背中に声をかける。
「だから私にとって、この木は、お母様の木なの。
ウィローにとっても、だれかの木だったりするの?」
ウィローは、振り返ってリアをまっすぐに見た。何も言わないで、リアの姿を目に映して。
それから、また前を向いて歩き出した。
リアは、聞いちゃいけないことを聞いたかもしれない、と感じた。ウィローは無視したわけではなく、言葉が出てこなかったような印象を受けたからだ。
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宿屋の2階の窓辺に椅子を持ってきて、シンシアが座って何かを見ている。アステルが何を見ているのかと聞くと、シンシアは木を指さす。
葉が枝垂れた、変わった木だ。
「この木、私の生家にありました」
「なんて名前なの?」
「ウィローの木です」
「変な名前だね」
アステルは笑う。
「私のばあやが、海の向こうから来た人だったんです。この木も、海の向こうから来たんです。
海の向こうの大陸では、亡くなった人を弔うために、お祭りのときにこの木に灯りを吊り下げるんです。
だから、この木は、亡くなった人を想ったり、亡くなった人のために祈ったりする木なんです」
シンシアは微笑む。
「私にとっては、お母様の木なんです」
アステルは『変な名前』と言ったことを、激しく後悔する。
シンシアは気にしているそぶりはなく、窓から葉の枝垂れた木を懐かしそうに眺めている。
「ばあやは、この木は『愛することは、悲しいこと』だと伝えているんだと言っていました」
「愛することは、悲しいこと?」
アステルは(そうだろうか?)と首を傾げる。
「ぼくは、シンシアを愛しているけれど、愛することが悲しいことだとは思わない」
アステルは座るシンシアの前に立ち、シンシアと同じように木を眺める。
「愛は、きっと永続的なものではないから、でしょうか?」
「ぼくは、永続的なものだと思っている」
アステルは、シンシアの頬に指先で触れる。
「たとえ、ぼくが死んでも、シンシアが亡くなっても、ぼくはシンシアを愛していると思うもの」
「アステル、むきにならないで」
シンシアは微笑んで、アステルが伸ばした手をとって、愛おしそうに自分の頬に当てた。
それから立ち上がり、背伸びして、アステルに口付けする。アステルはびっくりする。
「シンシアからキスしてくれるのは、珍しいね」
シンシアは照れている様子だ。
「アステルが深刻な顔をしていたので」
「想像でも、シンシアがとなりにいないことを考えたら悲しくなってしまったんだ」
「もし、私かアステルが先にいなくなってしまうとしても――それはずっと先の話ですよ。
それまで、ずっと一緒ですよ」
シンシアはアステルの手を、とても大事そうに包む。
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宿屋の2階の部屋の窓から、ウィローの木が見える。リアは少し背伸びをして、木を眺める。塔にいた頃と同じことをしている。
(今は午前中だけどね)
ウィローがそばに来て、リアと一緒に木を眺める。
「愛することは、悲しいこと」
ウィローは言う。リアは目をまるくする。
「ばあやもそう言っていたの。この木にはそういう意味があるんだよって。
でも、私、愛することが悲しいことだなんて思わないけれど」
ウィローは微笑んで、リアの前髪をそっと撫でる。
「愛することは、素敵なことでしょう?」
「そうだね」
リアの質問に、優しい声で返したあと、ウィローはリアに明るく声をかける。
「リア、さあ、楽しい旅行だよ。ボートに乗りに行こう」
「ボート!? 行く!!」
リアは声をはずませて、嬉しそうに、歩き出したウィローのあとをついていく。