25) 2周目 旅支度と魔法陣
ふたりきりになって5日目。午前中、ウィローはリアの弓の練習につきあい、そのあと『リアの魔法』の練習につきあう。とても綺麗な花を回復させることができ、リアが部屋に飾りたいというので、午後、アズールの市場にふたりで新しい植木鉢を買いに行く。
帰ってきて、ふたりは居間でのんびりしている。
「ロアンは今ごろ、知らない町にいるんだね。いいな〜」
「ぼくたちも、今まで知らないところ、いっぱい通ってきたよね」
「そうだけど……世界にはもっともっと知らないことがあるんだろうなあって、海を見たときに思ったの」
リアは顔を上げてウィローに聞く。
「一緒にロアンの様子を見に行ってみる?」
「それはダメ」
聖なる街クレムに行くなんてぞっとする、とウィローは思う。
「あーあ 暇だなあ」
リアはソファーに座り、足をぶらぶらさせている。
ウィローはしばらく考え込んだあと、リアに提案する。
「ぼくたちもどこか遊びに行こうか」
「行きたい!」
リアは大喜びだ。
「どこに行くの?」
「ナイショ」
ウィローは人差し指を口に当てて、微笑む。
「3日後に出発しよう。そのあいだに、2−3日、過ごせるくらいの旅の用意をしておくんだよ」
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リアは部屋に帰ってから、冷静に考えてみる。ウィローとロアンと、ずっと3人で旅をしてきた。でも今回は、ウィローと2人旅だ。ウィローはリアに「遊びに行こうか」と聞いた。今までみたいに、国や町を巡りながらアズールを目指す旅ではなく。
(なんだか、デートみたいじゃない!?)
この間、1日変なことになった教訓から、リアは(ウィローのことを日常的に意識したらダメだ)と思っている……にも関わらず、落ち着かず、部屋のなかをうろうろしだす。
姿見の前に行って、ぱっつんの前髪を触ったり、横髪を整えたりする。何を着ていこうかな、とクローゼットを開けてみたり。
アズールに来るまで使っていた旅のリュックを引っ張り出してきて、(持っていくリュックはこれしかないのに可愛くない……)と膨れてみたり。
(3日あるなら、簡単なポシェットくらいなら縫えるかも?)
リュックをずっと持ち歩くには重すぎるから……とリアは考える。ロアンに教わった裁縫をするのに、ロアンの部屋に忍び込んで裁縫道具を取ってくる。
ベッドに座り、膝に裁縫道具の入った箱を置いて蓋を開けながら、リアは考える。
(ウィローは、私のことをどう思っているんだろう?)
リアは、ウィローに聞いてみたいことで、なかなか切り出せないことがもうひとつあった。
(旅行のあいだに、聞けたらいいな)
……がんばる!と意気込み、リアは裁縫をはじめる。
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旅行の前日。
部屋の床に、ウィローは白い石で魔法陣を描いている。ウィローの部屋はいつも雑然としているが、端の方に本や紙をとりあえず積み重ねることで、大きな魔法陣を描くスペースを作ったようだ。
ウィローの心に浮かぶのは、スペンダムノスの街の、美しい紅葉のことだ。
(リアにも見せてあげたい)
今、このタイミングを逃したら、ふたりで行ける機会なんて、もう二度とないかもしれない。
ちょうど季節も秋だ。シンシアと見たような紅葉には、まだ少し早いかもしれないが――。
ロアンを連れて行かないのは、ロアンに悪い気がしたが(きっと知ったらひどく残念がる)……シンシアとの思い出の場所なので、やっぱり、リアと行きたい、とウィローは思った。
(欲張りすぎるだろうか)
でも、リアは世界のいろいろなものを見てみたいと思っているようだ。
(自分に、リアにそれを見せてあげられる時間が、あとどのくらいあるかがわからない)
失敗ないようにたまに魔術書をチェックし、魔法陣の細かい部分を描きながら、ウィローは『美しい紅葉を見て、リアが喜ぶこと』に想いを馳せる。
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翌朝、はやい時間にリアが起きてきて、ひとりでお茶を飲んでいたウィローはびっくりする。
リアはお気に入りの薄い水色のワンピースをきて、リュックを手に持ち、お花の柄のポシェットを下げている。髪は結んでいないが、ちゃんとといてきたようだ。『リアのお守り』は、ポシェットについている。
『手持ちの服のなかで、最大限可愛くしてきた』といった姿に、ウィローはリアを微笑ましく思う。
「おはよう、リア、ポシェットを作ったんだね。可愛いポシェットだね」
「おはよう、ウィロー。楽しみで早く起きすぎちゃったの……」
リアは眠そうだ。
「馬車の中で寝れるかな?」
ウィローはしまった、という顔をした。
「ああ、ごめんね、リア。馬車では行かないんだよ」
「……何で行くの?」
「転移魔法陣を使って、転移魔術で行くよ」
魔法陣と聞いて、リアは眠気がぱちっと覚めたようだ。わくわくした表情になる。
「魔法陣にのるの、はじめて!」
転移元に痕跡が残るので、今までの旅では使ってこなかったのだ。
「だから、もし眠いなら、お昼くらいまで寝ていても良いんだよ」
ウィローはリアを気遣う。
「……いやだよ、今すぐ行こう!」
「ごめんごめん、ぼくの準備がまだだよ」
ウィローは笑う。
「朝ごはんを食べながら、待っていて」
ウィローは珍しく、白いローブを着てきた。フードに金色の刺繍が入っている、綺麗なローブだ。リアがおしゃれしているので、じゃあ自分も……という感じなのだろうか?
リアは、とっても嬉しいな、と思う。
ウィローは部屋にリアを案内する。リアは床に描かれた白い魔法陣を見て、とても美しい魔法陣だと思った。ウィローはきっと、時間をかけてこれを描いたのだろう。
ウィローはリアからリュックを受け取ると、まず2人分の荷物を魔法陣の上に置いた。それから自分も魔法陣に乗り、振り返ってリアを見た。
「では、お姫様、お手をどうぞ」
ウィローは手を差し出す。リアはどきどきしながら、ウィローの大きな手をとる。