23) 2周目 リアの魔法
幸せな夢を見た。育ててきた花がようやく咲いて、シンシアが嬉しそうに笑っている夢だ。
夢の中のシンシアの姿に、リアの姿が重なって見えた。
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「ねえ、リア」
朝食の席でウィローはリアに声をかける。
「提案なんだけど、魔法の練習をしてみようか」
リアは椅子からガタガタッと立ち上がる。
「魔法!? 教えてくれるの!?」
「ロアンが強くなって帰ってくるから、リアも強くなりたいかなって思って」
リアは大喜びだが、ウィローの表情はかたい。話し方も慎重だ。リアとテーブルをはさみ、向かい合いウィローは座っている。立ち上がったリアも、座り直す。
「だけど、ひとつ約束してほしくて」
「なあに?」
「あんまり他の人の前で『リアの魔法』を見せないで欲しいんだ」
「どうして?」
「リアが、本当は誰なのかが、他の人にわかってしまうから」
「髪の色とか目の色とか、本当の名前と一緒ってこと?」
「そう」
「私の魔法って、特別なの?」
「すごく特別というわけではないけれど、リアには実は、魔法の才能があるんだよ」
「ほんとう? そうなんだ……」
リアは全然、実感がわかない。
(私にも、できることがあるってことなのかな? ウィローも、あの蝶と同じようなことを言うなあ)
リアは約束をする。
「ウィローがナイショにしてほしいなら、私、ナイショにする」
「ありがとう」
「でも、ロアンには?」
「ロアンが帰ってきたら……たぶん、ロアンとは『リアの魔法』のことも含めて、いろいろ話し合わないといけないと思う。だから、そのときに、一緒に話そうね」
「わかったわ!」
リアは、魔法を教えてもらえるのが嬉しくて、ニコニコと笑う。
朝食を食べ終えた後、ウィローとリアは庭や森の入り口を歩き、元気のない植物を探す。
リアはウィローに言われたとおり、草花を元気にしようと試みる。最初はうまくいかないが、だんだん、体があたたかくなり、ぽわぽわとした小さな光が手から出るようになる。
(あの木を元気にしたときと、同じだわ!)
木を元気にしたのは夢じゃなかったのかもしれないと、リアは嬉しくなる。
ひとつ、ちいさな花を元気にすることができると、リアも花のように笑う。
「ウィロー、私って、もしかして回復魔法が得意なのかも!」
リアはウィローを見上げて笑いかけ――ウィローの表情が浮かないのに気づく。
「ウィロー? どうしたの?」
まるで泣きそうな顔だ、と思った。
「リア、ごめんね、これが正解かどうかぼくにもわからないけれど」
「? 正解ってなに?」
リアは眉をひそめる。
「私、たのしいわ! 草花を元気にできるんだもの」
リアはにっこりと笑う。
「ウィロー、私にこんな力があるって、教えてくれてありがとう」
ウィローはしゃがんでいるリアに手を差し伸べる。リアが手をとると、リアのことを立たせる。
「ぼくは……」
ウィローはリアの片手を、大事そうに両手で包む。
「もっとはやく、君に伝えていたら、君を苦しめずに済んだのかなって思ったんだ」
「?」
「ごめんね、リア」
リアは少し考えて、ウィローが何に落ち込んでいるのかに思い当たる。このあいだのニフタ騒ぎで「役に立たないって言わないで」と言ったことだ。
リアは考えながら話す。
「私、この力、草とかお花の役に立つのかなって思うけど、この力がウィローとロアンの役に立つかどうかは、まだ考えているところなの」
ウィローを見上げて微笑む。
「はやく知っていたら、それはそれで嬉しかったのかな? って思うけど、ものごとに遅すぎることなんてないわ、きっと」
「ありがとう、リア」
ウィローもリアに微笑み返す。
「リアはやっぱり、天使みたいだね」
リアは頬を赤くする。ウィローの手が離れると、リアは気恥ずかしさから黙ったまま、元気のない草花を探しに行く。
しばらく草花を元気にしてまわったあと、結界の近くに来たところで、ウィローはリアに声をかける。
「リア、あんまりやると疲れるから、今日はこのあたりにしておこう」
「えー まだできるよ?」
「いや、このくらいにしておこう」
まだ花を元気にしたいと言うリアをなだめ、手を引いて、ウィローは家の中に入る。
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ウィローは、ニフタに苦しめられたリアが自分自身のことを「役に立たない」と表現したのがとてもショックだった。その言葉はどうしても、出会ったばかりのシンシアの姿がちらついた。
リアに、シンシアと同じ思いをさせてたまるかと――ずっと思ってきた。けれど、同じ思いをさせていたのは、もしかしたら自分なのかもしれないと気づいて、あの夜、愕然としたのである。
リアから神聖力を遠ざけようとしていたのは、ウィローだ。でも、木を元気にしたリアを見て思った。リアにとって神聖力は『自然なもの』で、そして『大切なもの』だったのに、取り上げようとしたのではないかと。
ウィローは、蝶に言われたことのすべてを納得は到底できない。しかし、リアから神聖力を奪うことを悪いと言われたことだけは、合っているように感じた。
だけど、本当に心配だった。強い神聖力があることを、誰かに気づかれてしまったら……と思うと。
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翌朝、リアが起きてこず、昼ごろまでウィローはのんびりと待っていたが、さすがにおかしいと思い、部屋のドアをノックする。
「リア? 入るよ」
リアはベッドに横向きにまるまって、まだ眠っていた。ウィローがそっと手の甲をリアの頬にあてると、普段のリアの平熱よりも熱いようだった。
(知恵熱かな。たぶん神聖力を、急に使ってはしゃいだからだなあ)
ウィローは一度、自室に戻ると看病に必要なものをいろいろとってくる。看病するのは、起きてからだ。今は眠ることで体力を回復していると思うので、ベッドのそばの椅子に座って見守っている。本を読んで、リアの目が覚めるのを待っている。
しばらくして、リアはうっすら目を開ける。
「ウィロー? なんでいるの?」
「もう昼すぎだよ、リア」
「うー 頭いたい……」
起き上がったリアのおでこに、ウィローは手を当てる。思ったより熱かったので、魔術を使いすこしだけ熱を下げる。
ウィローはコップで水を差し出し、リアは水を飲む。
「果物は食べられる?」
「うーん……食欲ないみたい」
「無理に食べなくていいよ、元気になったらすこしずつ食べよう」
起き上がるも再度、だるさに横になってしまったリアに、ウィローは布をかける。
「ウィローは、ここにいてくれる?」
心細そうな声だ。
「一日中、ここにいるよ」
ウィローは微笑み、椅子に座り、本の続きを読み始める。
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ウィローのすごいところは、本当に一日ずっと一緒にいてくれるところだとリアは思った。
次にリアが起きると、昼に起きたときよりも、だいぶ体が軽くなっていた。夕方近いようだ。横を見ると、ウィローは椅子にすわったまま眠っていた。
床に開いた本が落ちている。ウィローが読んでいた本は、魔石についての本のようだ……アズールの街に来てから買ったのだろうか?
リアは本を拾い、閉じ、ベッドの上に置く。
リアはウィローに近づいてみる。こんなふうに寝ているところを見るのが珍しいからだ。ウィローの膝に片手を置いて、顔をのぞきこんでみる。
綺麗な顔をしている、とリアは思う。
(貴族ってみんな綺麗なのかな。私は塔にこもりきりだったから、貴族だったのに、なんにも知らない……)
観察していると、急にウィローの手が背中と頭にのびてきて、ぎゅーっと抱きしめられた。
「ひゃ!?」
びっくりして大声をあげると、ウィローは目を開ける。ウィローは、リアの頭に置いた手を離すときに、撫でて指ですくった髪が黒いのを見る。
「お、おはよう ウィロー」
リアはドキドキしながら聞く。
ウィローはしばし、ぼんやりしていた。ぼんやりと指先の黒髪を見つめていたが、リアと目を合わせると、
「おはよう、リア」
いつもどおり、優しく笑いかける。