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22) 1周目 劣情と怒り

※性的描写ある回なので、苦手な方はご注意ください


「アステル様、私、どうすればいいんでしょうか?」

 シンシアは毛布にくるまったまま、泣きそうな顔をしている。


「お父様が私に、はやく子どもをつくるようにと言ったんです。アステル様が寝るときに、一緒に寝るように言われました。 

 でもアステル様はベッドで寝ないから、どうすればいいんだろうって、この1ヶ月考えていたんです」 


 アステルは混乱したのち、辺境伯に対して怒りが込み上げてくるのを感じた。

(14歳の娘を1人きりで嫁がせて、相手の寝所(ねどこ)に忍び込むように言うって? 馬鹿げている)


(これが相手が自分で、毎日、倒れるように床で寝ているダメ人間だったから今、シンシアは気持ちを伝えてくれている。

 でも……たとえば、もっと良心のない相手に嫁いでいたら、いったいシンシアはどうなっていたんだ?)


 シンシアは毛布から出てきて、ベッドの上に座り込み、涙をこぼす。

「子どもをつくれないなら、おまえは今までどおり、役立たずだって言われました。役立たずだから、王子にきっと捨てられるだろうと」


 アステルは、もう本当に頭にきてしまった。

(辺境伯は、この子の敵だ)


 アステルはベッドの端に腰掛けると、泣いているシンシアの背中に手を置こうとして、触れることに躊躇してやめる。かわりに、優しく声をかけた。

「大丈夫、シンシア、ぼくはきみを捨てたりしないよ。言ったでしょう、『きてくれてありがとう』って。ぼくはぼくのところに、きみがきてくれて嬉しいよ」

「じゃあ、子どもを作ってくださるんですか?」

「それは……」

 アステルは言い淀む。

「私、作り方がわからないのですけれど……」

「……」

 作り方は説明していないのに『寝所に忍び込め』とだけ言っているのも、シンシアが傷つくことが前提だとアステルは感じた。

(辺境伯は、娘をなんだと思っているのか)


「……子どもは夫婦で作るものですよね?」

 涙目でベッドの上に座り、子どもの作り方を聞いてくる美しい少女。おそろしく扇情的だ。でもここでシンシアに劣情を抱けば、アステルも彼女の敵になってしまう。

(辺境伯の思い通りにさせてたまるか)

 

「ねえシンシア。焦らなくていい。ぼくたちはまだ、婚約者だよ」

 アステルはつとめて冷静に話をする。

「子どもは夫婦でつくって、母親のおなかから出てくるものだよ。母親には、かなりの負荷がかかる」


「シンシアは体が弱いでしょう。14歳でおなかが大きくなっちゃうと、シンシアの体では、耐えきれないんじゃないかとぼくは思う。

 だから、子どもをつくろうとするのはきみがもう少し大きくなって、ぼくたちが結婚してからにしよう」 

「でも、お父様が――」

(この子は、父親に呪われている)


(ここまでの呪いを、どうやったらかけられる? そして、それを解くには、どうしたらいい?)


 

「きゃ」

 アステルは、シンシアの肩に手を置いて、シンシアを押し倒す。シンシアは、わけがわからず。もがいて、逃げだそうとする。

 アステルは細い手首をつかまえて、力を込めてそれを阻止する。

 強い力に、シンシアは驚いてアステルの顔を見上げる。近くにあるから、わかる。

(アステル様は――怒っている?)


「ねえ、シンシア、怖い?」

「……はい」

 シンシアは勇気を振り絞って、答える。


 アステルはその言葉を聞くと、シンシアから離れる。シンシアは起き上がる。ベッドの上に座ったまま、ふたりで向き合う。


「ね? 子どもを作るような行為は、今のシンシアにはまだ、こわいことなんだよ。それが本能的にわかるんだ、シンシアは」

「……」

(怖かった)

 でも、力づくで押し倒されたからじゃない。シンシアはアステルが怒っていると感じて、怖かったのだ。

「手荒な真似をして、本当にごめんね」

「いえ……」


 アステルはベッドに腰掛けなおすと、シンシアの顔を見つめた。

「シンシア、辺境伯の言ったことは忘れるんだ。きみのことを『子どもを成さないなら役に立たない』なんて―― そんな人間のことを、君は、相手にしなくていい」 


 アステルはシンシアの片手をとる。

「辺境伯よりも、夫となる、ぼくのことを信じてほしい」

 そして騎士の誓いをするように、シンシアの手の甲に口付けた。


「さて! 朝ごはんを食べよう、おなかすいちゃったよ」

 アステルは立ち上がり、頬を赤らめているシンシアに微笑みかける。



 ふたりで朝ごはんを食べながら、シンシアは聞いた。

「私、どうすれば、アステル様のお役に立てますか?」

「シンシアは、ぼくの役に立ちたいの?」

「妻は夫を支えるものですよね?」

 アステルは考え込む。


「――実は、今進めている魔術の研究が、行き詰まっているんだ。だから、シンシアが研究に協力してくれたら、とても嬉しいな」

「研究、ですか?」

「うん。手伝ってほしいとき、声をかけるからね」 

「わかりました!」

 シンシアはようやく、お花が咲いたように笑った。


ーーーーーーー


 シンシアと別れて、研究室の机に向かったあとで、アステルは先ほどのことを考える。

 押し倒したときの、白い腕や細い肩のことを思い出す。アステルを見る怯えた瞳も。

(〜〜〜!!!)

 アステルは自分への怒りのあまり、ペンで、自分の手の甲を刺す。そして刺したあと、もったいない、と感じた。今、魔術を発動させたら結構良い成果が得られたのではないか。

 痛みを感じたら冷静になり、アステルはペンを手から抜いて、回復魔法で回復する。


 劣情を抱かなかったといえば、嘘になる。ギリギリのラインで踏みとどまった――ので、アステルはひどい自己嫌悪に陥った。

 アステルは、自分自身に『王国に仕える美しい魔術師に手を出し、その人生をめちゃめちゃにした男』つまり国王の血が流れていることを感じるのが、本当に嫌だった。

(ああはなりたくないと思って生きてきたというのに……)


 アステルはぼんやりと、考える。

 何年猶予があるかわからなかったが、いずれシンシアとの間に、子どもは作らねばならなかった。

(でも、体が繋がっても、心が繋がっていないなら虚しいだけだ)


『辺境伯に可愛がられなかった姫』

 アステルは噂話を思い出す。事実は噂よりもひどい。


『ぼくは、きみを大切にするつもりだよ』

 アステルは、婚約の席での約束も思い出す。


(……この1ヶ月の自分はなんだ?)

 シンシアは1ヶ月ものあいだ、父親の言いつけを守れずに不安になりながら、部屋の入り口で毎晩寝ているバカでアホで愚鈍な婚約者を見ていた。

 アステルは早く魔術がかたちになれば、シンシアが喜ぶと思っていた。だから寝食も忘れて頑張っていた。でもそれは、とんだ思い違いだったと、アステルは気づいた。


(あの()に、これ以上の寂しい思いをさせてはダメだ――逃げずに、シンシアとちゃんと向き合わなくては)


(シンシアにまつわる研究は、シンシアも巻き込んで、一緒に進めよう。そして、結婚までに、あの子の信頼を勝ち取らないといけない)


(信頼? いや、違うな、愛かな)

 シンシアがもう、傷つかなくて済むように。

 約束を守り、シンシアを『大切』にする。

 まずは形からかな、とアステルは思う。


 今日は早めにシンシアの部屋に帰る、とアステルは心に決める。

(魔術院の庭から綺麗な花を摘んで、シンシアに持っていこう)


ーーーーーーー


 軍部会議でも、アステルとシンシアの結婚を急ごうとする動きがあった。しかし、アステルが会議にやってきて、めちゃめちゃに暴れて、それがなくなった――という噂を、魔術院の研究者たちからシンシアは聞いた。

 そういう経緯で、16歳の誕生日まで結婚は先延ばしになった。

(お父様はどう思っていらっしゃるだろう)

 シンシアは憂鬱だ。


「大変だったんですから」

 食事を運んできてくれたルアンに軍部会議のことを聞くと、こっそりと教えてくれた。

「怒ると手がつけられないですよ、あのひと」

「そうなんですね」

「シンシア姫のために、大暴れでしたよ」

「私のために」 

 アステルはシンシアを大切にするために、結婚までの時間を伸ばしてくれたという。でもシンシアは心の片隅で、

(私に魅力がないから、アステル様は結婚を先延ばしにしたのでは?)

と思う。魅力的な女性にならなければ、捨てられてしまうかもしれない、とシンシアは怯える。


「シンシア、今日、もし空いていたら研究に――」

 アステルが部屋に入ってきた。

「ルアン」

 アステルは、意外そうな顔をした。

 そして、不機嫌な声色で言った。

「ぼくの婚約者と楽しそうだね」


(アステル様がこんなに嫉妬深いなんて)

 ルアンは面白くて仕方がない。

「シンシア様、本当に大変ですね」

 ルアンはシンシアにこっそり声をかける。

 シンシアは(どういうこと?)と首を傾げて、なぜか不機嫌そうなアステルのことをぱちくりと見つめた。

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