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20) 1周目 14歳 婚約の顔合わせ 


 婚約の顔合わせの席に、その人は遅れてやってきた。


 シンシアは質の良いソファーに座り、待っていた。部屋にいるのはシンシアと、この国の軍部調整大臣とのことだった。(婚約なのに軍部?)と思っていると、体格の良い大臣から、

「王国騎士団と王国魔術師団、そして、魔術院の調整担当をしております、ははは。苦労しております」

と自己紹介があった。

「普段、姫君のような方とは接点がありませんので、失礼があったら大変申し訳ありません。まあ、婚約の顔合わせに遅れてくる婚約者様よりはマシですな」 

「あの……やっぱり……私との婚約がお嫌なのでは?」

 シンシアの表情は暗い。

「いえいえいえ! とんでもない そういうわけではないと思いますよ、たぶん」

 たぶん。

「なにぶん、何を考えているのかわからない方なので……」

 大臣がそう話したところで、ドアが開き、2人の人間が部屋に入ってきた。シンシアは立ち上がる。目がよく見えないので、この距離からだと一人が明るい髪の色で、一人が暗い色だということくらいしかわからない。


「アステル様! 姫君が待っているというのに、遅れてくるとは何事ですか! しかも、その格好はなんですか? ローブを脱がせるとか、メガネを外させるとか、ルアン・カスタノも、なにか王子らしくさせられなかったんですか!?」

 王子らしき人に怒ってまくしたてる大臣を見て、シンシアは心配になる。

(……不敬ではないのかしら?)

 大臣の話によれば、王子はメガネをかけていて、ローブを着ているようだ。しかし、大臣はどちらも外させたようだ。

「大臣閣下、この人を部屋から引き剥がしてきただけ、感謝してください。どれだけ大変だったか……」

 ルアンと呼ばれた騎士は、王子を「この人」呼ばわりだ。

(さらに不敬みたいだけれども……)


 シンシアはあっけにとられていたが、ハッとして、カーテシーをする。

「はじめまして、殿下。ルーキス・ラ・オルトゥスが娘、シンシア・ラ・オルトゥスにございます」

 そのまま、顔を伏せつづけるシンシア。


「どうか、顔をあげて、シンシア姫」

 シンシアは顔をあげる。ぼんやりしているが、すこし距離が近づいたので、金色の髪の青年が目の前に立っているのがわかる。


「お待たせして申し訳ありません。コルネオーリ王国 第四王子 アステル・ラ・フォティノース・コルネオーリです、シンシア姫。

 はるばる、こんなところへようこそ」


 王城の中を『こんなところ』呼びとは……と大臣がイライラしているのを、シンシアは感じとる。


「座って話そう」

 アステルが向かいのソファーに座ったあとで、シンシアはソファーにもう一度座りなおす。ルアンはアステルの後ろに、大臣がシンシアの後ろに立つ。


「さて、婚約についてだけれど、」

(ここで「破棄しよう」とか言われたら、どうしよう……)

 シンシアは身構える。

 アステルは低いテーブルの上に、紙のようなものを広げる。シンシアは紙を手にとると顔に近づけて、見る。それは婚約と将来的な結婚の同意書で、そこにシンシアとアステルのサインはなく、双方の父親のサインが記されている。


「これは、国の会議で決まった結婚で、それにぼくたちの親がサインしたからきみは急に、6歳も年上の男に嫁ぐことになったんだ。

 ぼくも話が決定してから知ったし、きみにとっては突然、こんなところまで連れてこられたこと、申し訳なく思っているよ」

「とんでもございません」

 シンシアは深々と頭を下げる。

 

「この結婚はもちろん『国の目論見あって』のものなわけだけど……神聖力が多い者と魔力が多い者同士でくっつけようっていう……まあ、相当いかれた目論見だね」

「アステル様!」

 大臣はもうカンカンなようだ。

 アステルはそれから、シンシアにとって意外なことを言った。


「でも、結婚するからには、ぼくは、きみのことを大切にするつもりだよ」


 アステルの声は、まっすぐだとシンシアは感じた。その声に背を押されて、シンシアは勇気を振り絞る。


「私……私などには、とてもお受けできない縁談だったのではないかと思っています」

「え、受けてくれないの?」

 アステルの声は、残念そうな響きだ。

「いいえ! もちろん、お受けいたします。ですが、私は……」 

「病があって部屋から出られないから、気にしてるの? 良いんじゃない? ぼくも研究に没頭すると部屋からほとんど出ないような人間だし」

「……」 

「ぼくからしたら、ぼくのほうが……なんて勿体無い縁談なんだろうって、こんな……いや、なんでもないよ」

 アステルは頬を赤らめる。当然シンシアには見えておらず、シンシアはアステルの発言に大混乱していた。


 シンシアは王子ときいて、辺境伯のお父様より偉いのだからきっとすごく偉そうなのだ、きっと新しい場所でも碌な目に合わないのだと思ってここまで来た。しかし……思っていた印象と違う。


(変な人だわ、この人)


 変人とは聞いていた。「魔術院のひきこもり」「およそ王子らしくない末の王子」「国政には関わらず、魔術院から一生出てこないのではないか」「そもそも側室の子だ、王と王国魔術師の子だ。他の王子と比べるほうがおかしい」「しかし莫大な魔力を持っているという話だ、戦争になれば使えるのではないか」等々の噂を、シンシアはここにたどり着くまでの道中で耳にしていた。


 アステルは話す。

「第四王子なんて権力もないし、兄たちが優秀すぎて国を継ぐことは絶対にないし……そもそもぼくは人前に出るのが得意じゃないし、第四王子の存在なんて国民ですら忘れている」

 シンシアは心の中を見透かされたような気持ちになる。

「そんな変わり者のぼくの妃になってくれるなんて、本当にありがとう。

 さて、そこで提案なんだけど、一緒に魔術院で暮らさない?」

「魔術院?」

「王子!!!」

 大臣には話が通っていないようだ。シンシアは背後から殺気に近い気を感じる。


「このあいだ魔術院の地下を実験で壊しちゃったから、再構築したんだけど、良い感じの部屋ができたから、シンシア姫にどうかなって思って」

「まあ、そのお部屋の仕上げで遅れたわけです」

 ルアンがアステルの遅刻にフォローをいれる。


「王子自ら、私の部屋の準備を……?」

 シンシアは緊張で吐きそうになるが、王子から返ってきた言葉は意外なものだった。


「ぼくは、身分に関わらず人間は自分の手と足を使って生きるべきだと思っているので」


(この人、本当に変わってる)


「そういうわけだから、これから魔術院に行こうと思うんだけど、いかがかな? シンシア姫?」

 アステルの声は、優しい響きをしていた。

「はい、ぜひ……」

 シンシアに、拒否権はない。


ーーーーーーー



 どうやら自分は結婚させられるらしいと聞いたとき、アステルは仰天した。しかも既に婚約と結婚の同意書に親同士がサインした状態と聞いて、なんだそれ……と無力感を覚えた。


 誰がこんな魔術にしか興味がない男に娶らせようと考えたのか、頭がおかしいんじゃないのか、相手の女性を可哀想だと思わなかったのかと、話を持ってきた大臣に言った。経緯を聞くと、国力を増強させようという動きがあり、莫大な魔力を持つアステルと、莫大な神聖力を持つその女性が結婚すれば、その子どもは強大な力を持つだろうと国の軍部が考えたようなのだ。


(なんだそれ、魔術実験に使われる動物か?

 不快を通り越して、意味がわからなさすぎる……)


 相手は、神聖力に長けた聖女だという話だ。また、6歳も歳下だという。姿絵が、本当に小さな頃に描かれたもの(10歳くらい)だったから、アステルはなおさら不憫に思った。

 

 姿絵を持ってきたのはルアンだった。見たあとで、アステルは姿絵をルアンにも渡した。

「こんなに白い女の子、はじめて見た」

「アステル様、こんな小さな子と寝るんですか?」

 ルアンがアステルをからかう。

「いやいや、流石に16歳くらいまで辺境領で過ごすんじゃないの?」


 ところが話が決まってすぐ、辺境伯は14歳になったばかりの姫を送りだしたという。旅の間は従者が2人つくが、城に着いたらもう、従者は辺境領に帰り、姫は1人で過ごすという。 

(辺境伯は、悪魔かなにかか?)

 メイドたちの噂話によると、病のために、辺境伯には可愛がられていなかったという話だ。

(すごく捻くれた子が来たらどうしよう……)


 姫がどんな子かはまだわからないが……見ず知らずの6歳年上の婚約者のところに1人で送り込まれる姫君のことを思うと、本当に可哀想だとアステルは思った。

 そこで魔術院の地下の2部屋を壊して、姫が陽の光を怖がらずに過ごせる部屋を用意した。魔術院の研究者たちも、研究が遅れると文句を言いながらも手伝ってくれた。


(当人たちにはどうしようもない結婚。それはもう仕方がない)

 アステルは部屋の準備をすすめながら思う。

(せめて、すこしでも居心地よく過ごしてもらって、楽しく暮らしてほしい)


 婚約や結婚をしても、妻をそんなには構えないだろうから、という事情もあった。自分にとっては魔術が1番目なのは変わらず、妻は2番目になるだろうとアステルは思っていたのだ。

 だが、そんな『どうしようもない』自分の妻になってくれるというのだから、大切にできる部分は大切にしたいとアステルは思った。



 婚約の顔合わせでシンシアをはじめて見たとき、アステルは驚いた。本当に白かったからだ。白い髪、白い肌。青みがかったグレーの瞳。

(なんて綺麗な()だろう)

とアステルは思った。

(この()、本当にぼくで良いんだろうか?)

とも、思った。


 シンシア姫は、捻くれてはいなかった。

 しかし、暗く、自信がなく、生きるのがつらそうで、うつむいてばかりいる女の子だった。


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