2) 2周目 我が家にて
カランカラン、と魔除けのベルが鳴る。積み上がった本、散らかった薬草、半日でどうしてこんなことに……とリアは思う。
ウィローは、片付けが苦手なのだ。
本の向こうで茶色のローブを着た青年が動くと、小麦色の髪が肩の上で揺れるのが見える。
ウィローは綺麗、でも髪型が女の人みたい、とリアは思う。『魔術師は髪が長いほうが都合が良い』と聞いたことがあるので、それで長めなのかもしれない。さっぱりした短髪のロアンとは対照的だ。
優しげな藍色の瞳が、リアとロアンを見つめる。
「おかえり、リア、ロアン」
「ただいまー!」
「……ただいま」
「あれ、どうしたのロアン? 機嫌が悪そうだね?」
ふたりはじりじりっと睨み合う。
(ロアン、絶対に言わないでね!)
(そんな目をしても報告は必要ですから)
リアは話を逸らそうとする。
「ねえねえ、ウィロー 果物食べたくなあい?」
「果物? わあ、買ってきたの? 美味しそうだね」
ウィローは紙袋の中をのぞきこみ、ニコニコと笑う。ロアンがぼそっとつぶやく。
「1人でね」
「ロアン!」
「え……」
ウィローの顔に困惑の色が浮かび、みるみるうちに悲しそうな顔になった。
リアは12歳、ロアンは15歳、ウィローは18歳だ。3人で旅をしてアズールの街に流れ着き、2日目になる。1日目からウィローは『家のまもり』をつくるのだと言って、家にこもりきりだ。そのあいだリアとロアンは家の掃除をすることになっていた。しかし2日目の昼にリアが限界になり『街が見たい!』と騒ぎ出した。『ロアンと絶対に一緒に行動する』と約束をして、2人で外に出たのだったが。
「リア、ぼく、ロアンと一緒にいてね って言ったよね?」
「ロアンにも、リアと一緒にいて って言ったよね」
ウィローがリアとロアンを交互に見る。
「ウィロー、本当にすみません」
ロアンは深々と頭を下げる。ほら、リア、とリアにも謝罪を促す。リアは黙って口を結んだままだ。ウィローはかがんで、リアと目線を合わせようとする。
「リア、まだ街は危険なんだよ。家の結界がしっかりすれば、すぐに魔道具で帰還できて安全なんだけど……」
「ウィロー、でも、おまじないは? ウィローは毎晩、私におまじないをかけているでしょう?」
「そうだね」
リアはひとつに結んだ髪をほどく。ウェーブのつよい黒髪を、不服そうにウィローに見せる。髪の色が気に入っていないのだ。
「おまじないは、私を守ってくれないの?」
ウィローはリアの黒髪をひと束とり、そっと撫でる。
「悪いものから守ってくれるよ。でも人間からは、ぼくかロアンに守ってもらうしかないからね」
リアはますます不服そうな顔をした。
(アズールの街にはきっと、良い人しかいないのに)と思っているんだろうな、とリアの横顔にロアンは思った。
「そんな顔しないで、リア、あと少しだから」
ウィローはぽんぽん、とリアの肩を軽くたたくと、立ち上がって2人に提案する。
「明日は3人で一緒に家の裏の森に行こうか」
「森!」
「森ですか!?」
リアの明るい声と、ロアンの驚いた声。
「大丈夫だよロアン、ぼくが散歩してきたから」
「散歩」
「家のまもりを完成させるのに、森にも結界を張ることが必要なんだ。だから、森に行こう」
(森! わくわくする!)
目を輝かせるリアのことを、
(リアは叱られていたことをもう忘れた)
ジトっとした目でロアンは見つめた。
「ウィロー、森に動物はいた?」
「可愛い、しっぽの大きな動物を見たよ」
「本当!?」
リアは大喜びだ。
「食べ物になりそうな生き物もいましたか?」
「うん。ロアンは弓を持っていくと良いよ、久々の狩りだね」
ロアンの顔もほころび、リアは嬉しくて仕方がなくなる。
「明日は森ね、約束だよ! ウィロー、ロアン! とっても楽しみだね!」
リアは、満面の笑みでウィローとロアンの手をとる。今にも踊り出しそうなリアを見て、ふたりとも、あたたかく微笑む。