19) 2周目 ぎこちない会話
ロアンの乗った馬車に手を振っていると、ウィローが急に「リア」とリアの体を引き寄せる。荒い運転の馬車が向かいから来たので、危険だと思って引き寄せたようだ。
「あ、ありがとう!」
リアは胸がドキドキするのを感じる。
「リア、ここは危ないね、家に帰ろうか」
「帰還の魔法を使うの?」
「ここで使うと目立つから、もう少し先に行ってから使おう」
歩きだすウィローのうしろを、リアはついていく。並んで歩きたいと思い、がんばって早歩きをする。すると、それに気づいたウィローは歩くペースを落とす。リアの視線を感じるとウィローは微笑む。リアは、ぎこちない笑顔を返す。
「ウィローは、馬って乗ったことある?」
「まあ、いちおう……でも『人並みには乗れる』くらいかな。ロアンのほうが上手なんじゃないかな?」
「そっか〜」
リアは相槌をうつ。
(なんだろう……)
リアは焦る。
(なんだろう、会話が続かない! 普段、ウィローとなに話してたっけ……)
「で、でもウィローが馬に乗ってたら、本当に王子様みたいだよね!」
「え? そうかな……?」
リアが無理矢理言葉を絞り出すと、ウィローは怪訝そうな顔をする。
(ウィローがかっこいいから王子様みたいだよね、って言ったのに全然伝わっていないみたい……)
そして沈黙がおとずれる。
「それに、馬って可愛いよね!」
何が「それに」なのか全然わからないが、沈黙に耐えかねてリアはしゃべる。
ウィローはふふっと笑った。
「そうだね、馬は可愛いよね」
うまく会話が続かないままに、ふたりは家に帰る。
ーーーーーーー
家に帰ると、外とはまた違った空気があった。ふたりきりなのに会話がない。いつも会話の有無なんて気にしていなかったはずなのに、会話がないのがなぜか気まずい。
(ロアン! 帰ってきて〜〜)
リアは机に突っ伏して泣きそうだ。
「リア」
「ひゃい!」
声をかけられるだけで変に緊張してしまう。
「えーっと……」
ウィローもリアの反応にびっくりしているようだ。
「リアはお昼、何が食べたい?」
「ウィローは何が食べたいの?」
「ぼくは、リアが食べたいものがいいよ」
「え、えっと……じゃあ、パン……かな」
「パン……」
リアはテーブルの上にある残りもののパンで良いと考えたのだが、ウィローは焼きたてのほうが美味しいと考えたようだ。
「一緒に買い物に行こうか?」
「う、うん! そうしようね、ウィロー」
リアは「そこのパンでいいよ」のひとことが言えずに、ぎこちない笑顔をつくる。
こんな感じで一日中、ぎくしゃくした雰囲気が続いた。
ーーーーーーー
あまりの空気に耐えかねて、夜、いつもより早い時間にリアはベッドに入る。しかし、寝つけない。
(どうしよう、変に意識してしまって、本当につらい! ロアン助けて! 試験やめて帰ってきて!)
試験のお守りを渡したばかりなのに試験やめてだなんて「ひどすぎる!」とロアンの声が聞こえてきそうだ。
(どうして意識してしまうんだろう、いつからだろう……)
リアは、ウィローが……自分のことを好きなんだろうな、というのはずっと感じてきた。本当に大切にしてくれるからだ。でもその好意が、男女的なものなのかと聞かれるとリアにはそうは思えなかった。ウィローは今、リアの保護者がわりだから、精一杯、大切にしてくれているだけだと思う。
ウィローが髪飾りを買ってくれたときのことを思い出す。
(6歳も離れているから、からかっているだけで……こんなちんちくりんな私のことなんて、本気で好きってわけじゃないんじゃないかな?)
と、リアは思うのだ。だからリアのほうも、ウィローの好意を本気にしてはいけないと思うのだ。
リアは、ウィローとはじめて会ったときのことを思い出す。
ウィローはずっと変わらない。
まるで、はじめから「リアに好意があって、大切にしたい」と思っているように、優しかった。
(よくわかんないな)
リアは、目を閉じる。
(よくわかんないから、気になるのかも)
アズールの街に来てから、気になることが増えた気がする。
リアは、廊下を歩く足音に気づく。
もだもだしているうちに、おまじないの時間になっていたようだ。
(大変! はやく寝ないと! 寝ないと!)
リアはぎゅっと目をつむる。
ーーーーーーー
「……リア? 起きているでしょ」
ウィローはいつものようにリアにおまじないをかけようとして、リアが寝たふりをしているのに気づく。
「……はい」
リアは白状して、目を開ける。
ウィローがリアの顔を覗き込んでいる。
「眠れないの?」
ウィローはリアの前髪をそっとなでる。
(今日、そういうことするのやめてほしい! さらに眠れなくなるから!)
リアは心の中で叫ぶ。
ウィローはリアを心配する顔だ。
「魔法で眠らせてあげようか? すやっと眠れるよ」
「ううん……ウィロー、私が起きたままおまじないをかけられる?」
「できるけど、時間が長いから、リアが疲れると思うよ?」
ウィローはリアの顔をのぞきこむのをやめた。離れてくれて、リアはホッとする。
「私、ウィローが魔法を使っているところを見るのが好きなの」
これは、本当だ。
「途中で寝ても問題ないなら、もう、はじめてほしいよ」
リアは目をつむって、寝たふりをする。
「わかった」
ウィローは、リアの額に手をかざす。
「おやすみなさい、ウィロー」
「おやすみなさい、リア」
ウィローは優しい声で言う。
リアはしばらく、ウィローが目をつむり、魔法をかけている姿を眺める。小麦色の髪が金色に変わるのが、本当に綺麗だな、と思う。ぼんやりと魔法を眺めているうちに眠くなってきて、リアは目を閉じる。
ーーーーーーー
おまじないが終わるころにはリアはすやすやと寝息をたてていた。「おやすみ」とリアの髪を優しくなでて、ウィローはキッチンで一杯、水を飲んでから自分の部屋に戻る。
ベッドにぼふっと大の字になって考える。
(リアが変だった……)
この空気感は何?……と思う瞬間がたくさんあった。ふたりきりになったときから変なぎくしゃくがあった。街中で、妙な距離をとられてしまったり……。
(離れるのは、心配になるからやめてほしい。本当はずっと手を繋いでいたいくらいなのに)
今日一日、会話がぎこちなかったことも思う。
(昔、シンシアと何を話していたかなあ……)
最後の数ヶ月は結婚までしていたのに、会話となるとあまり思い出せない。
(何も話さなくても一緒にいるだけでよかった。シンシアとは、そうだった)
ウィローは、リアと一緒にいられるだけで幸せだった。しかし、リアのほうは違うようだとウィローは気づく。なんとかお喋りをして場を盛り上げようとしたり、気を遣われているみたいだ……と。
(うーん、しっかりしよう。12歳の女の子に気を遣わせてどうするの、ぼく)
シンシアと2人で過ごし始めた最初の頃、どんな感じだったろうか、とウィローはぼんやり考える。
ほとんど魔術の研究に没頭していて、シンシアの部屋に仮眠を取りに行くだけで、ろくに会話なんてなかったのではないか。
(そもそも、あの時のシンシアは婚約者だった。でも、リアは違う。ぼくと結婚する以外の選択肢がなかった可哀想なシンシアとは、違うんだ)
シンシアは本当に、ぼくみたいな夫で苦労したよね……と、ウィローは苦笑いする。
(この世界のシンシアは、リアは、ぼくの妻のシンシアより、ずっとずっと自由なんだ)
ウィローは、今、リアと一緒にいられることを奇跡のようだと感じていた。シンシアとの日々だって、終わってみれば、奇跡みたいなものだったためだ。
(だから今、一緒にいられることを大切にしよう。大切にできるときに、リアを大切にしよう……)
考えているうちに、ウィローも眠りにつく。
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翌朝早くに、ウィローは目を覚ます。久しぶりに幸せな夢を見て、機嫌よく、体調よく起きることができた。
2人分の朝食をつくりはじめる。
(リアはふたりきりになったから、ぼくと話さなきゃ!って思ったんだよね。でも、話すことを目的にするのは不自然だ。自然な会話がリアも楽だよね)
ウィローはたまごを割りながら考える。
(同じものを食べたり、同じものを見たり、そういうのが大事なんだ)
ウィローはたまごをかき混ぜて、焼く。
(シンシアとそうしてきたみたいに。リアとも、いろんなものを食べたり、いろんなものを見たりしたら良いんだ)
ウィローの中で、ウィローなりの結論がでたようだ。
(まあまあよくできたんじゃないかな?)
焼いたパンとサラダと、たまごを焼いたものと、ヨーグルトと。簡単な朝食だったが、起きてきたときに、作りたての朝ごはんがあるって嬉しい! と、ウィローは考えたのだ。
ウィローはニコニコしながら、リアが起きてくるのを待っている。