表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/152

19) 2周目 ぎこちない会話


 ロアンの乗った馬車に手を振っていると、ウィローが急に「リア」とリアの体を引き寄せる。荒い運転の馬車が向かいから来たので、危険だと思って引き寄せたようだ。

「あ、ありがとう!」

 リアは胸がドキドキするのを感じる。

「リア、ここは危ないね、家に帰ろうか」

「帰還の魔法を使うの?」

「ここで使うと目立つから、もう少し先に行ってから使おう」


 歩きだすウィローのうしろを、リアはついていく。並んで歩きたいと思い、がんばって早歩きをする。すると、それに気づいたウィローは歩くペースを落とす。リアの視線を感じるとウィローは微笑む。リアは、ぎこちない笑顔を返す。


「ウィローは、馬って乗ったことある?」

「まあ、いちおう……でも『人並みには乗れる』くらいかな。ロアンのほうが上手なんじゃないかな?」 

「そっか〜」

 リアは相槌をうつ。 


(なんだろう……)

 リアは焦る。

(なんだろう、会話が続かない! 普段、ウィローとなに話してたっけ……)


「で、でもウィローが馬に乗ってたら、本当に王子様みたいだよね!」

「え? そうかな……?」

 リアが無理矢理言葉を絞り出すと、ウィローは怪訝そうな顔をする。

(ウィローがかっこいいから王子様みたいだよね、って言ったのに全然伝わっていないみたい……)


 そして沈黙がおとずれる。


「それに、馬って可愛いよね!」

 何が「それに」なのか全然わからないが、沈黙に耐えかねてリアはしゃべる。

 ウィローはふふっと笑った。

「そうだね、馬は可愛いよね」


 うまく会話が続かないままに、ふたりは家に帰る。


ーーーーーーー


 家に帰ると、外とはまた違った空気があった。ふたりきりなのに会話がない。いつも会話の有無なんて気にしていなかったはずなのに、会話がないのがなぜか気まずい。

(ロアン! 帰ってきて〜〜)

 リアは机に突っ伏して泣きそうだ。


「リア」

「ひゃい!」

 声をかけられるだけで変に緊張してしまう。

「えーっと……」

 ウィローもリアの反応にびっくりしているようだ。


「リアはお昼、何が食べたい?」

「ウィローは何が食べたいの?」

「ぼくは、リアが食べたいものがいいよ」

「え、えっと……じゃあ、パン……かな」

「パン……」

 リアはテーブルの上にある残りもののパンで良いと考えたのだが、ウィローは焼きたてのほうが美味しいと考えたようだ。

「一緒に買い物に行こうか?」

「う、うん! そうしようね、ウィロー」

 リアは「そこのパンでいいよ」のひとことが言えずに、ぎこちない笑顔をつくる。

 

 こんな感じで一日中、ぎくしゃくした雰囲気が続いた。

 

ーーーーーーー


 あまりの空気に耐えかねて、夜、いつもより早い時間にリアはベッドに入る。しかし、寝つけない。


(どうしよう、変に意識してしまって、本当につらい! ロアン助けて! 試験やめて帰ってきて!)

 試験のお守りを渡したばかりなのに試験やめてだなんて「ひどすぎる!」とロアンの声が聞こえてきそうだ。


(どうして意識してしまうんだろう、いつからだろう……)


 リアは、ウィローが……自分のことを好きなんだろうな、というのはずっと感じてきた。本当に大切にしてくれるからだ。でもその好意が、男女的なものなのかと聞かれるとリアにはそうは思えなかった。ウィローは今、リアの保護者がわりだから、精一杯、大切にしてくれているだけだと思う。


 ウィローが髪飾りを買ってくれたときのことを思い出す。

(6歳も離れているから、からかっているだけで……こんなちんちくりんな私のことなんて、本気で好きってわけじゃないんじゃないかな?)

 と、リアは思うのだ。だからリアのほうも、ウィローの好意を本気にしてはいけないと思うのだ。


 リアは、ウィローとはじめて会ったときのことを思い出す。

 ウィローはずっと変わらない。

 まるで、はじめから「リアに好意があって、大切にしたい」と思っているように、優しかった。


(よくわかんないな)

 リアは、目を閉じる。

(よくわかんないから、気になるのかも)

 アズールの街に来てから、気になることが増えた気がする。


 

 リアは、廊下を歩く足音に気づく。

 もだもだしているうちに、おまじないの時間になっていたようだ。

(大変! はやく寝ないと! 寝ないと!)

 リアはぎゅっと目をつむる。


ーーーーーーー


「……リア? 起きているでしょ」

 ウィローはいつものようにリアにおまじないをかけようとして、リアが寝たふりをしているのに気づく。

「……はい」

 リアは白状して、目を開ける。

 ウィローがリアの顔を覗き込んでいる。


「眠れないの?」 

 ウィローはリアの前髪をそっとなでる。

(今日、そういうことするのやめてほしい! さらに眠れなくなるから!)

 リアは心の中で叫ぶ。


 ウィローはリアを心配する顔だ。

「魔法で眠らせてあげようか? すやっと眠れるよ」

「ううん……ウィロー、私が起きたままおまじないをかけられる?」

「できるけど、時間が長いから、リアが疲れると思うよ?」

 ウィローはリアの顔をのぞきこむのをやめた。離れてくれて、リアはホッとする。


「私、ウィローが魔法を使っているところを見るのが好きなの」

 これは、本当だ。

「途中で寝ても問題ないなら、もう、はじめてほしいよ」

 リアは目をつむって、寝たふりをする。


「わかった」

 ウィローは、リアの額に手をかざす。

「おやすみなさい、ウィロー」

「おやすみなさい、リア」

 ウィローは優しい声で言う。


 リアはしばらく、ウィローが目をつむり、魔法をかけている姿を眺める。小麦色の髪が金色に変わるのが、本当に綺麗だな、と思う。ぼんやりと魔法を眺めているうちに眠くなってきて、リアは目を閉じる。


ーーーーーーー


 おまじないが終わるころにはリアはすやすやと寝息をたてていた。「おやすみ」とリアの髪を優しくなでて、ウィローはキッチンで一杯、水を飲んでから自分の部屋に戻る。


 ベッドにぼふっと大の字になって考える。


(リアが変だった……)

 この空気感は何?……と思う瞬間がたくさんあった。ふたりきりになったときから変なぎくしゃくがあった。街中で、妙な距離をとられてしまったり……。

(離れるのは、心配になるからやめてほしい。本当はずっと手を繋いでいたいくらいなのに)


 今日一日、会話がぎこちなかったことも思う。


(昔、シンシアと何を話していたかなあ……)


 最後の数ヶ月は結婚までしていたのに、会話となるとあまり思い出せない。


(何も話さなくても一緒にいるだけでよかった。シンシアとは、そうだった)


 ウィローは、リアと一緒にいられるだけで幸せだった。しかし、リアのほうは違うようだとウィローは気づく。なんとかお喋りをして場を盛り上げようとしたり、気を遣われているみたいだ……と。


(うーん、しっかりしよう。12歳の女の子に気を遣わせてどうするの、ぼく)


 シンシアと2人で過ごし始めた最初の頃、どんな感じだったろうか、とウィローはぼんやり考える。

 ほとんど魔術の研究に没頭していて、シンシアの部屋に仮眠を取りに行くだけで、ろくに会話なんてなかったのではないか。


(そもそも、あの時のシンシアは婚約者だった。でも、リアは違う。ぼくと結婚する以外の選択肢がなかった可哀想なシンシアとは、違うんだ)

 シンシアは本当に、ぼくみたいな夫で苦労したよね……と、ウィローは苦笑いする。


(この世界のシンシアは、リアは、ぼくの妻のシンシアより、ずっとずっと自由なんだ)


 ウィローは、今、リアと一緒にいられることを奇跡のようだと感じていた。シンシアとの日々だって、終わってみれば、奇跡みたいなものだったためだ。


(だから今、一緒にいられることを大切にしよう。大切にできるときに、リアを大切にしよう……)

 考えているうちに、ウィローも眠りにつく。


ーーーーーーー 


 翌朝早くに、ウィローは目を覚ます。久しぶりに幸せな夢を見て、機嫌よく、体調よく起きることができた。

 2人分の朝食をつくりはじめる。


(リアはふたりきりになったから、ぼくと話さなきゃ!って思ったんだよね。でも、話すことを目的にするのは不自然だ。自然な会話がリアも楽だよね)

 ウィローはたまごを割りながら考える。


(同じものを食べたり、同じものを見たり、そういうのが大事なんだ)

 ウィローはたまごをかき混ぜて、焼く。

(シンシアとそうしてきたみたいに。リアとも、いろんなものを食べたり、いろんなものを見たりしたら良いんだ)

 ウィローの中で、ウィローなりの結論がでたようだ。


(まあまあよくできたんじゃないかな?)

 焼いたパンとサラダと、たまごを焼いたものと、ヨーグルトと。簡単な朝食だったが、起きてきたときに、作りたての朝ごはんがあるって嬉しい! と、ウィローは考えたのだ。


 ウィローはニコニコしながら、リアが起きてくるのを待っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ