18) 2周目 荷造り 散髪 馬車乗り場
クレムの街に行く前日の朝、ロアンは自室にて、鞄に必要なものをいろいろ詰めている。
斜めがけの皮の鞄は、13歳のときにウィローにもらったものだ。それから2年半ほど一緒に旅をして少々くたびれているが、大事に使ってきたのでまだまだ使えそうだ。
ウィローがロアンの部屋の戸口に立って、コンコンと、開いているドアの内側をノックする。
「ロアン、これも持って行くといいよ」
ウィローは、どっさりと魔道具や魔石らしきものを持って部屋に入ってくる。ロアンは困惑する。
「そんなに鞄に入らないですよ……」
「そう? 便利なものばかりだから、いちおう見てみてよ」
ウィローは伸びた髪をうしろで小さく、ひとつに結んでいる。小さな青いリボンがついている。
「リアにやられたんですか?」
「そう。リアが可愛くしてくれたんだ、いいでしょ?」
ウィローはリボンをちょん、と触ってみせる。
「いいですかねえ……」
「リアがごきげんならそれでいいよ」
とはいえこの髪の長さだと、ロアンがいない間、ずっとリアに遊ばれ続けるんだろうなあ……とロアンは思う。
「今日このあと、なにをすべきか思いつきました。ウィローとリアの髪を切りましょう」
ロアンは宣言する。
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やわらかな秋の日差しだ。木々をやさしく揺らす風が吹いており、過ごしやすい。
庭に椅子を持ってくると、ロアンはハサミをちょきちょきして、まず、リアの髪を切る。
ウェーブがかった癖っ毛で、切りにくい。しかし本人は伸ばしていたいようで、後ろは切り揃えるくらいで良いようだ。
問題は前髪だ。恐ろしく切りにくい。
「髪を切りやすくする魔法とかないですか?」
ダメもとでウィローに聞いてみる。
「パッと思いつかないなあ……白に戻してみる?」
「いえ、黒のほうが見やすいのでこのままで……」
ロアンは集中して切り揃えようとするが、結果的に、リアの前髪はぱっつんになってしまう。
「リ、リア、ごめんなさい……その」
リアは手鏡を見てショックを受けている様子だ。
手鏡を覗き込んでいるリアを、ウィローが覗き込む。リアが鏡を下げると、ウィローはニコ、と微笑む。
「とっても可愛いよ、リア」
「そ、そう……? 恥ずかしいんだけどな」
リアはぱっつんの前髪を触りながら言う。
「リアは、どんな髪型でも可愛いよ」
「もしかして、たとえばロアンくらい短くしちゃっても、ウィローは可愛いって言うの?」
「もちろん」
ウィローは即答するが、リアはこの答えが気に入らなかったようで、ウィローに対してむすーっとしてしまった。そして部屋に戻ると言って、家の中に入っていってしまった。
「女の子って本当にむずかしいよ……」
ウィローはトホホ……という感じで、リアの代わりに散髪の椅子に座る。
ロアンはウィローの髪を触る。リアと違って、細くてさらさらとしており、切りやすい。
ずっと切っていなかったから、肩につくくらいになってしまっている。
「ウィローは、どのくらい切りますか?」
「このくらいかな?」
ウィローは顎の横くらいに手をだす。
「昔みたいに、短くしないんですか?」
「まあ……ぼくが一番、顔が知られているだろうし」
「……そうかもしれません。でも、アズールまで来て、そこまで変装に気を配る必要がありますか?」
「後悔したくないからねえ」
ロアンに髪を切ってもらいながら、ウィローが言う。
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散髪後、キッチンで2人で昼食の準備をしていると、リアが部屋からでてきた。ウィローの髪を見て、言葉をかける。
「ウィロー、あんまりかわってないね?」
「そうかな? 結べなくなったよ」
「短くしないの?」
リアはロアンと同じことを聞く。
「短くしてほしいの?」
「えっ」
リアは固まる。短い髪のウィローを想像したのだろう。
「そ、そのままでいいよ。短いのは変だから……」
「変」
顔を真っ赤にしながら、パタパタと走り去っていくリア。変といわれたウィローは、固まっている。
「もうずっと、ぼくは、髪が長くてもいいかもしれない……」
ウィローは真に受けた様子で野菜を切っている。
「照れ隠しですよ」
「?」
「いや……なんでもありません」
ウィローにこういう話は伝わりづらいなあとロアンは思う。
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翌日の早朝。
馬車乗り場でウィロー、ロアン、リアは馬車を待っている。クレム行きの乗合馬車がくると、ロアンは「それじゃあ」と言う。
ロアンの鞄はぱんぱんだ。結局ウィローが隙間になんだかよくわからないものを詰め込んできたためだ。
「ロアン、これあげる!」
リアが、エプロンのポケットから手のひらサイズの人形を出す。まるくて黒くて耳が長い。下手な裁縫で縫ってある。
「手作りだよ! 試験、受かりますように、って気持ちを込めたの」
「ありがとうございます」
嬉しいが、ニフタがモデルっぽいのが気になる。でも、本当にリアの気持ちはこもっていそうだ。ロアンは嬉しく思う。
ウィローは、リアが作った人形を持ったロアンの手に、手を重ねる。
「ロアンなら絶対大丈夫だよ、がんばってね」
「はい!」
ウィローの気持ちも、とても嬉しい。
ウィローが今まで一番、ロアンのことを見てきてくれたからだ。
「行ってらっしゃい! ロアン、試験がんばってね!」
「気をつけてね」
リアが大きく手を振る。ウィローも小さく手を振る。
「はい! ふたりも、体に気をつけて」
ロアンも笑顔でふたりに手を振り返す。
ロアンは馬車に乗り込む。しばらくして馬車が発車するとき、客車から外の様子を伺う。
リアが街道に出て、馬車に大きく手を振っている。ウィローもこちらに、ずっと微笑んでいる。
今、出発したのにもう帰りたいな、とロアンは思う。思えば、旅に出てからウィローとは、ほぼ毎日一緒だったし、リアとも出会ってから、毎日一緒にいる。1日以上、離れたことがなかったのに、いきなり2週間だ。
(寂しいな。2週間も私がいなくて、ふたりとも大丈夫でしょうか……)
ロアンは、ふたりの身を案じている。
リアとウィローの姿が豆粒になり見えなくなるまで眺め、ふたりの安全を祈る。