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書斎の掃除と日記帳


「こんなうららかな秋の日に、書斎の掃除をしろだなんて、ルーキスもお婿さん使いが荒いとは思わない? ぼくは魔王なのにねえ」


 アステルは、だれかに話しかけている。


「まあでも、この部屋は仕方がない。ぼくの大事な本ばかりがおさめられた書斎だから、ぼくしか入れないことになっている」


 アステルは窓を開ける。

 秋の日差しだ。さわさわと、秋風が書斎に入りこむ。


「とはいえ危ない本はそんなにないよ。

 ぼくにとって個人的に大事な本ばかり、というだけのことなんだ」


 アステルは『だれか』がついてきていないことに気づき、振り返る。


「……もちろん、ルアン、きみは入っていいんだよ。半分くらい、きみからもらった本だよ」


 ルアンは、わん! と鳴いて、嬉しそうに尻尾を振ると、紺色の毛並みを靡かせてアステルについて行く。



「これは、ここ」

「これは、ここ」

「これは……もちろんここだよ」

 アステルは本を戻す場所を決めるが、その本を手に取ったまま、木で出来た小さなまるい椅子に腰掛ける。


「見てごらんよルアン、一冊めだ。13歳のぼくに、きみがくれた本だよ。200年以上前に」


 紺色の犬は、舌をだして息をしている。

 伝わっているのかあやしい感じだ。


 アステルが青い表紙を開くと、中表紙のページに、くしゃくしゃした髪の女の子の絵と、男の人の絵と、黒い謎のぐしゃぐしゃが描いてある。


「ああ、懐かしいな。きみの似顔絵が描いてある。きみは確かにこんな顔をしていたよ。あの頃はいつも気難しそうな顔つきでさ……たぶん何もわかっていないぼくと、突拍子もないことをするシンシアを守ろうとして、必死だったんだね。 

 ほんとは、優しいのに。こわい顔をしていることもあった時期だよ」


「ほら、ルアン、これがきみだよ」

 アステルが指差して見せると、

 ルアンは、くぅん、と鼻を鳴らした。


「読んでみようか」


 アステルは、青い日記帳のページをめくる。


ーーーーーーー


◯月×日

今日は13歳? 21歳? の誕生日だよ。

ルアンが、日記帳をくれたんだ。『書いた日々を、宝物にしてください』って言ってた。

はじめて、ちょうちょむすびがうまくできたんだ。ケーキづくりはうまくいかなかったけど、途中からルアンとシンシアが手伝ってくれて、美味しいケーキができたよ。

美味しかったし、楽しかった。


△月◯日

シンシアが「口にするキスは家族でもする」って冗談を言ったから、ぼくは本気にして、ルアンにキスしちゃった! ふたりが、ほっぺなら良いって言ったからほっぺにキスしたよ。シンシアは返してくれたけど、ルアンはダメって言ったよ。

テイナがいるからかな?


◯月△日

魔王城の池を見て、ぼくは泳げないから怖かったんだけど、ルアンはぼくのことを泳げるって言うんだよ。おかしいな。溺れたことがあると思うんだけど……。

魔王城に釣りをする場所ができたんだよ!

みんなに来て欲しいな


×月△日

アズールの街で、シンシアがいなくなっちゃって探したよ。でもルアンとシンシアはぼくが迷子だったって言うんだ、変だよね。

酒場で優しいおじさんとお姉さんたちにごはんをおごってもらって、ルアンとシンシアにすごく怒られたよ。なんで?


△月◯日

ルアンとシンシアが用事があって、テイナのおうちにぼくを預けたんだ。テイナの家のごはんがすごくすごく美味しかったよ!

テイナのおばあちゃんがぼくを神様だってずっと拝むから、どうしていればいいかわかんなかったよ。


△月×日

エルミス兄さんが遊びにきたよ。

美味しいお菓子を持ってきてくれた。

兄さんはぼくにすごく優しい。なんでだろう? もっといじわるだったはずなのに。

あと、兄さんとルアンは仲が悪いみたい。

ふたりともなかよくしてほしいよ。


△月△日

ルアンが剣の鍛錬を見せてくれた。ルアンは本当の髪と瞳の色になると、本物のルアンみたい! 最高にかっこいいんだ!


◯月△日

お母様も遊びにきてくれたんだ。

お母様が、お部屋から出てきたことにすっごくびっくりだよ!

お城のケーキをもってきてくれて、懐かしい味がしたよ。


×月△日

シンシアがぼくといやらしいことをしようとして、ぼくはこわくて逃げちゃった。シンシアはかわいいのに、こんなことするなんて……かわいいから、ぼくはしんぱいになるよ。


△月◯日

教会に遊びに行って、ルアンにものすごく怒られたんだ。シンシアもすごく悲しそうだった。ごめんなさい。


でもぼく、アサナシア教とタフィ教が、どうしてこんなに敵対しているのかがよくわからないんだよ。アサナシアとタフィって、仲良しだったような、そんな気がするんだ。


×月◯日

シンシアの手づくり神聖医術院が完成したんだ! ぼくもお手伝いしたし、となりにぼくのお店も作ったんだよ。シンシアのお店にもぼくのお店にも、お客さんがたくさん来るといいな


×月△日

神聖医術院で、シンシアが男の人の診察をしてたんだけど、男の人がシンシアに触ろうとしたから、ぼくはどんくりをたくさん頭の上に落として、やっつけたんだ!

シンシアのことは、ぼくが守らないとね。


◯月△日

すごく怖い夢を見た。シンシアとルアンが死んじゃう夢だよ。ニフタっていう魔物が起こした悪夢で、捕まえたんだけどトラウマになりそうだよ。

でも、そのあと、シンシアとルアンとお庭で寝たんだ! 月と星が綺麗で、嬉しかったよ。


◯月×日

ルアンがぼくの肩に噛みついた! ルアンのバカ! 本当に信じられない!


△月×日

シンシアとおひるねをしたんだ。

幸せな時間だったなあ。

シンシアってば、寝るのがすごく早い。びっくりだよ。


△月◯日

昨日の夜、ぼくがとても長生きだって知ったんだ。悲しくて仕方ないよ。みんなきっと、ぼくを置いていっちゃうんだ。


ルアンはテイナと子どもをつくるようなことをしている。でも、ぼくがシンシアとそれをする意味ってあるのかな? だって、人間は死ぬから、子孫を残すのに。死なないんだとしたら、子孫を残す意味ってあるの?


シンシアには意味があって、でもぼくには意味がないなら、やっぱりぼくと結婚するのはシンシアは可哀想って思ったんだ。

シンシアは、ちゃんとした人間の素敵な人と一緒になったほうがいい気がするよ。

そうルーキスに伝えたら、変な顔していたよ


△月△日

これはあとから書いているよ。

あのあと、ぼくは、シンシアとルアンと会えないのがやっぱり寂しくて、ずっと、泣いていたんだ。

でも、シンシアとルアンがぼくのことを迎えにきてくれたんだ。

クヴェールタたちがシンシアを池に沈めようとしたんだけど、ぼく、泳いで、シンシアを助けた。

泳げないと思っていたのに泳げたときに、ぼくはシンシアのことを愛しているんだって、思い出したんだ。


泳いで気を失ったあと、なんだかすっごくこわい魔王様になっていたみたい。ぼく、カタマヴロスに体を乗っ取られていたのかもしれないよ。


×月△日

牢屋にいるクヴェールタの面会に行ったあと、魔王城の地下温泉に入ったよ。

シンシアが今度、入りに来たいって言ってたから、ぼくは見張りをするつもり。見ないよ!


◯月×日

ルアンが引っ越しの準備をしていて、寂しいな。


△月◯日

毎日、シンシアと劇の練習をしているよ。

シンシアの衣装がすっごく可愛いんだ、楽しみだよ。


×月◯日

ルアンの結婚式があったよ。すごく素敵な結婚式だった。劇は大成功だったし、シンシアと踊ることもできたんだ。ルアンに言ったら怒られると思うけど、テイナも綺麗だったけど、やっぱり一番可愛かったのは、シンシアだったよ!


ルアンと離れて暮らすのが寂しいからなのか、シンシアは、すっごく泣いていたよ。

すぐそこなのに、いつでも会えるのにね。


ーーーーーーー


 アステルは、紺色の背中を毛並みにそって撫でる。

「ぼくにこの日記帳をくれてありがとう、ルアン」

 ルアンは(いえいえ)というように、舌を出しながらアステルを見上げる。


 アステルは、ぱらぱらと日記のページをめくる。あるページで止まる。



◯月×日

すごくやさしい、不思議なひとと友達になったよ。彼は、魂がすごく穢れているんだ。

でも、やさしくて良いひとなんだよ。へんなの。



――アステルは、パタン、と日記帳を閉じる。

 アステルの足に、ルアンがそっと前足をかける。

(アステルさま、大丈夫ですか?)

 と聞くように。


「掃除のときに読むものじゃなかったね」


 アステルはルアンに微笑みかけると、日記を本棚に仕舞い、書斎の掃除を再開する。


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