一周目 墓守りと化け物
とある小さな町に、紺色の髪に紺色の瞳を持つ男が住んでいた。男は剣を扱うことができ、用心棒をしたり、魔物の討伐をしたり、町で依頼を受けながら暮らしていた。
男は強く、長身で、そこそこ見目が良く、ある程度の教養までも持っていた。そのために噂が広まり、近隣の町からも『うちで働かないか』と声をかける者が絶えなかった。中には貴族もいたのだが、男は、その全てを断った。
声をかけられるたびに、男は妙な断り方をした。
「私にはもう、主人がいるので……ご期待に添えず、申し訳ありません」
共同墓地の敷地内の小屋に、男は一人で暮らしていた。頼まれた依頼をこなしながら、それまで墓守りのいなかった共同墓地の、墓守りも担った。誰に頼まれたわけでもないのに。
墓地の雑草を抜き、墓に花を供え、樹木の世話をした。野犬が出れば殺し、魔物も殺した。
町の人や、男を従者に迎え入れたいと思っていた者たちは、その姿に察する。おそらく男の主人は共同墓地に眠っており、男は主人を守るために墓地のそばに住んでいる、と。
それは、美談として語られた。
真実と異なることを知っている者は、男の他に誰もいなかった。
ある雪の降る日のこと。
男のもとを、何者かが訪ねてきた。小屋の扉を開けて目線を下げ、男は息を呑んだ。
目の前に、白いワンピースを着た小さな女の子が立っていた。雪降るなかでは、ひどく薄着だ。歳は、7つを超えるか超えないかくらいだ。
白くさらさらの髪を肩の上で切り揃えて。白い肌に、赤い頬をして、白い息を吐いていた。
男が息を呑んだのは、少女の青い瞳と目が合ったためだ。透明感のある、空の色のような青――男が失った主人にそっくりな瞳であった。
男は少女に名前を聞いた。
少女は名乗った。
「シンシア」
と。
瞬間、男は少女が魔物であると気付き、震える手を剣に伸ばした。しかし、斬れなかった。
斬れなかったが、男は激しい怒りを覚えた。
男は少女を、雪の降るなかに閉め出した。
男には、失った主人とそのお妃様がいた。
魔物は、化け物は、そのお妃様の名前を男に名乗った。
男は、せめて、亡くなったふたりに子どもがいれば、と考えたことがあった。心の奥底にある男の願いを化け物は読み、ふたりの子どものような姿をして男を訪ねてきたのだろう。
化け物は毎晩、毎晩。
何日も、何日も、男の家を訪ねた。
男は扉を開かなかった。
ある夜、墓地に狼の魔物がでた。
悲鳴をきいて、男はとっさに狼を殺し、少女を助けた。助けるつもりなど、なかった。しかし、かつての主人とそのお妃様によく似た少女が、狼の魔物に喰われようとするのを、見過ごすことができなかった。
男は化け物の少女を小屋に入れた。馴れ合うつもりはないと念押しした上で、食事を与えて、簡単な世話をした。
ひとり暮らしは、ふたり暮らしとなった。
そのうちに、男は化け物の少女が何を求めているのかを知る。少女は、悲しみと苦しみを食べる化け物であり。悲しみと苦しみの気配を察して、男のもとを訪れたのだ。
それを知ると、男は言った。
「おれの悲しみと苦しみは、おれだけのものだ。おまえには、一生渡さない」
化け物は困った。町を歩き、他の人々の悲しみや苦しみを食べてまわった。そのあとで、化け物はいつも男のところに帰ってきた。極上の悲しみ、苦しみを男が持っていたために。
しかし、男は化け物に隙を与えず、悲しみと苦しみを渡さなかった。
長い年月が過ぎて、男は、出会った時とまるで見た目の変わらぬ化け物に言った。
「おれが死んだあとなら、おれの悲しみと苦しみを食べて構わない。
そのかわり、墓を守り続けてくれ」
化け物の少女は大喜びして、墓を守ると約束した。しかし男を看取ったあとになって、『死んだ人間からは、悲しみと苦しみを食べることができない』と化け物は気付いた。かくして、男は約束を守らず、少女も約束を守らなかった。
化け物は男を、男の大切にしていた墓に埋めた。墓守りはせずに、次の悲しみと苦しみを探しにいった。長く「シンシア」の姿をとっていたので、化け物は姿が気に入り、その姿のままでいることにした。
墓守りのいなくなった共同墓地は、荒れ果てた末に、自然へとかえっていった。
化け物の少女が次に男の墓参りに来たとき、墓の上には、白いちいさな花がたくさん咲き、風に揺れていた。