表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女は巻き戻りに気づかない 〜家族3人で気ままに暮らしたい(のに!)〜  作者: おおらり
後日談 後章 愛しさだらけ、生き物だらけ
145/152

21) 生き物だらけ


 シンシアは急に、イリオスに口付けた。

 驚きのせいもあったかもしれない。イリオスは生まれてはじめて、体がこわばらずに、気持ち悪さも覚えずに、他者の口付けを受け入れた。

 シンシアはイリオスの両手をつよく引き、後ろに倒れ込む。ふたりは共に、薄暗い穴の底へと落ちていく。




 体がふわっとした直後、シンシアが手を離したかと思うと、イリオスは床に叩きつけられた。

 痛さに顔をしかめながら起き上がると、シンシアはそこにはいなかった。イリオスは呆然と辺りを見回して、部屋の中央に倒れている金髪の青年を発見する。

(アステル)

 アステルは黒いローブを着ている。眠るアステルの上に黒い毛布がかかっている。


(ここは、魔王の遺骸の封印の場所だ。シンシアがアステルをここに連れてきたのか?

 本当に、アステルを封印しようと?)


 イリオスはアステルを起こしたいと思った。毛布の上から体を揺すろうとして――アステルの頬に涙の跡があることに気づく。


 イリオスの手を、パシッと黒い毛布が払う。

 毛布は喋る。魔物だったようだ。

「魔王様の眠りを妨げないであげて。魔力切れで寝ちゃったんだ」

「魔力切れ?」

 イリオスは魔術師に聞いた話や、アステルのケーキのことを思い出す。アステルの魔力切れとは、いったいどんな魔法を使えば起こるのだろうか。


「魔王様はずっと泣いていたよ、きみのために」


「でもほら、聖女はうしろで笑っている。

 だから嫌いなんだ、聖女なんて」

 黒い毛布の端が差したほうを振り向くと、イリオスを見て――シンシアが笑っている。


 シンシアはどういうわけか、黒い髪に黒い瞳に戻っている。紫色の魔石のネックレスを胸に下げている。先程までなかったものだ。


 黒い髪と黒い瞳に戻ったことで、亡霊らしさは薄れている。人間のシンシアだ。


 イリオスはシンシアの笑顔を見て、美しいと思った。あきらかに嘲笑であったのに、ただただ、美しいと感じた。


「決して完成しない蠱毒の箱――」


 黒髪のシンシア・ラ・オルトゥスは気が触れたように呟き、両手を口元に持っていくと、楽しそうに笑う。


「ふふ、あはは! ウィロー! 愛しているわ!」


 ウィローという聞き覚えのない名の者を愛していると、目の前のシンシアは言う。

 イリオスは足元に倒れるアステルを見る。

 頬に涙の跡のある、魔力切れで横たわる魔王を。


 足元の床に、黒い色が広がったかと思うと、下から手が伸びてきてイリオスの足首を掴む。イリオスは、地面の底に引きずりこまれる。




 魔王城の底には、もうひとつ部屋があったようだ。真っ暗で何も見えない中に、魔石の灯りがともる。灯りは、黒いスーツを着た男の手の中にある。イリオスは愕然とする。

「ルーキス・ラ・オルトゥス?」

「10年ぶりだな。

 地獄を見ろ、教皇イリオス」


 魔石の灯りはすぐに消え、処刑されたはずの男の姿も消えた。

 イリオスは足元に、蠢くものを感じる。

(虫……?)

 蠢いているのは、数多の虫や小動物のようだ。うさぎや猫くらいの大きさのものもいる。イリオスの腰くらいまでの高さに、ぎっしりと。数多の生き物が蠢く。それらはイリオスに触れ、冷たく硬い感触や生暖かい感触がイリオスの肌を通っていく。

(気持ちが悪い)

 イリオスは出口、虫や小動物を避けられる場所を探すが、暗い部屋は狭く、生来苦手なものからイリオスを逃してくれない。

(気持ちが悪い、気持ちが悪い、気持ちが悪い)



 あまりの不快に、眠れないまま一晩がたち。朝がくると、頭上高く、採光のための小さな穴があると気づく。そして部屋の狭さを、目でも確認した。決して出られそうにない牢獄の中で、生き物は生まれ、闘争により死に、また、生まれる。死んだものは食われていく。イリオスもまた、生き物に触れられ、食まれながら生きている。

(生き物が死ぬと、また生まれる魔法陣が張られている――)

 床から壁にかけて描かれた大きな魔法陣は、複雑怪奇で、美しさすらあった。数多の生き物がその上を這い回るのを見ながら。

 イリオスは魔法陣を消そうとする。しかし、消えない。手に血が滲むほど擦る。消えない。


 頭の中に、封筒に書かれた文字が浮かぶ。

――「来ないで」

 寒い城で、温められていたお茶のこと。

――「ぼく、今、捕まっているんだ」

 アステルの頬の涙のあと。魔力切れ。

 聖女シンシアの美しい笑い顔。こちらを嘲る目。

(この魔法陣は、アステルの魔力で起動した。しかし仕組んだのは、シンシアだ)



「何故」

 イリオスは蠢く生き物たちの中で、同じ、生き物としての声をあげる。


「何故、私は、貴女を愛したではないか。

 そうであるから、危険を賭して来たのではないか」


 手に触れられたときの暖かさを思い出す。


「会いたいと、思って」


 柔らかな口付けを思い出す。


「一緒に死んでも良いとさえ、思ったのに」


 このまま餓死できれば良いとイリオスは考えた。それか、生き物に食まれたところから病気か毒で死ぬ。しかし、魔法陣はイリオスが死にそうになると、イリオス自身の神聖力を用いて回復させた。


 イリオスは生き物だらけのなか、裏切られたという想いと、気持ち悪さのなかで、長い時を過ごすこととなった。

 生き物と一緒に、生き物として。







 シンシアは。

 リアは。


 リアは、もちろん、イリオスを許してはいなかった。一周目のアステルの人生をもてあそび、ウィローの心を蝕んだ人を。愛するウィローの心のなかに、暗い影を落とした人間を。

 同じ人間ではないかもしれないと考えた。しかし、二周目のアステルすら――リアが最も大切にしてきたアステルすら――イリオスはもてあそんだ。アステルをおもちゃのように扱い、小さく小さく傷つけていた。

 リアは、「殺してやりたい」とすぐに表明したロアン以上に、心の中で怒っていた。


(許さない)


 噴水の前でイリオスに出会った瞬間に、リアの血肉が言った。


(許さない)


 姿を見た瞬間に、リアにはわかった。

 直感的に。殺さなければならないと感じた。

 殺される前に、殺さなければならない。


 ウィローの記憶をすべて見たあと。

 アステルに接触してきたと知ったあの夜。

 壁に貼られたたくさんの家族の絵――


 イリオスを倒す決意がかたまるたびに、頭の中で、白い髪のシンシアが笑った。リアのなかで、ストン、と腑に落ちるものがあった。


(そっか――私だけじゃなかった。私たち、なのね)


(私たちは、許していない)


(私たちの愛しいアステルを、苦しめた男を)



 リアは夜、鏡に映る姿に話しかける。


「ねえ、シンシア」


「私たちがアステルの封印に使われる前に。アステルが封印される前に。あの人を封印するのはどうかしら? だってあの人、悪い人だもの」


「ねえ、どんなふうに封印したい?」


 鏡に映る白い亡霊は、リアの相談に、とても楽しそうに笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ