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少女は巻き戻りに気づかない 〜家族3人で気ままに暮らしたい(のに!)〜  作者: おおらり
後日談 後章 愛しさだらけ、生き物だらけ
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20) 魔王城でお茶を


 イリオスは、フォティアとともに魔王城へと赴く。教皇エルモスは必死に止めようとしたが、イリオスは耳を貸さなかった。エルモスにとっては――何故、兄がそうまで頑なであるのか、まるで理解ができなかった。


 フォティアの先陣が魔王城に入る。入るなり、全員が消えてしまう。異変に気づき、聖騎士たちはイリオスを止めようとするが、イリオスは首を横に振る。そして魔王城へ足を踏み入れると、イリオスを残し、他の全員が消えてしまった。

 しかしそんなのは、イリオスにとっては想定の範囲内だった。アステルが化け物であることなんて、もうよくわかっていたからだ。


 イリオスはただ、自分自身の願いのために魔王城に来た。すなわち――もう一度シンシアに会いたい。触れたい、触れてほしいと。自分が嫌悪感を抱かない人間が、生き物がいるのかを、確かめさせてほしい。その願いのために。


ーーーーーーー


 フォティアの一団は、魔王城に足を踏み入れた途端、偽物の魔王城に転移する。それは、アステルが作った精巧な模型だった。ミニチュアの魔王城のなかで、小人となったフォティアのメンバーは探索を続ける。

 魔王城に入った者が招かれざるものだったときに転移する仕掛けとなっており、ミニチュアの魔王城が設置されているのは、本物の魔王城の一室だ。

 フォティアにひどい目にあった混血の人間たちや魔物が魔王城に招かれ、ミニチュアの魔王城を囲んでいる。


 アステルからの命令はひとつだ。

「遊んでいいよ。でも、殺してはいけないよ」


 さんざんな目にあうことが確定している中、フォティアの聖騎士たちは不可思議な魔王城の探索を続けている。


ーーーーーーー



 イリオスはひとり、魔王城に足を踏み入れる。招かれているのは、イリオスのみだからだ。

 魔王城の内部は寂れた雰囲気で、静かだ。イリオスがどう進もうかと考えていると、小さな黒いねずみの魔物がイリオスの前に現れる。イリオスは踏み潰したい衝動にかられるが――ねずみは(ついてこい)というような仕草をする。


 のんびりとねずみの後を追っていき、階段をいくつも登らされたあと、イリオスは謁見の間にたどり着く。そこには古びた玉座があった。

 魔王の玉座だ。

 アステルかうさぎのぬいぐるみが出てくるのかと、イリオスは待つが、何も起こらない。


「こっちだよ」

 アステルの声がして、イリオスは奥にもうひとつ部屋があることに気づく。扉は開いており、入り口に青いカーテンが下がっている。カーテンをめくると――魔王城の今までの雰囲気にそぐわない、可愛らしい部屋があらわれた。

 イリオスは入り口に立ち尽くす。あまりに私室らしい私室だったためだ。イリオスは今までの人生で、他人の私室に立ち入ったことがほとんどなかった。


「そんなところにいないで、こっちにおいでよ」

 あたたかな絨毯の上にふかふかのクッションがいくつか置いてある。靴をぬいで上がる部屋のようだ。

 天井から、星と月と鳥の飾りが垂れ下がっている。そして、白いうさぎのぬいぐるみが、クッションにもたれかかるように置いてあった。


 イリオスは靴を脱ぎ、そろえる。うさぎのぬいぐるみの前に座ると、目の前にティーカップがでてくる。ぬいぐるみの横にあったキルト布の中からは、ティーポットが出てくる。冷めないように、温められている。うさぎのぬいぐるみは魔術でお茶を注ぐ。

 例のケーキは、でてこないようだ。


「イリオス。お茶をいれたんだよ、一緒に飲もうよ」

「アステル。姿を見せてくれないのですか?」

「ぼく、きみのところまで行けない事情があるんだ。ぼく、いま、捕まっているんだ」

「捕まっている?」

(変なことを言う、貴方の城でしょうに)



 静かだ。

 お茶から、湯気が立ちのぼっている。

 確かにこの城は寒かった、とイリオスは思う。アステルの部屋だけ、魔術で温度調節がなされているようだ。


 イリオスは指摘する。

「このお茶には、毒が入っている」

「友達にそんなことをするわけがないじゃないか、きみじゃないんだから」

「なるほど、確かに」

 イリオスはお茶を飲む。

 イリオスの喉をあたたかいものが通り、体が暖まる。


「あのケーキは、なんですか?」

 イリオスはアステルの行いを批判する。

「貴方は、あれが、ただの暴力だって気づいていますか?」

「気づいているよ」

 うさぎのぬいぐるみは、頷く。

「あれは、ぼくの願いを叶えるためのケーキだけど、食べたくない人に食べさせるのは暴力だって気づいている」

「それなら、いいのですが」

 イリオスは目を伏せる。

「……え、いいの?」

「ええ」


「私は自分の娯楽のためだけに暴力を振るってきた身なので、貴方に言えることは何もありません」

 イリオスは、お茶のカップで手を温める。

「私は、正しさを振るう人間が嫌いなので。あれを貴方が正しいと思って成しているのなら、嫌だと感じただけなのです」


 うさぎのぬいぐるみは、おなかを抱えて笑う。とても不気味だ。

「あはは! きみって本当に捻くれている――でも、魅力的だった、ぼくにとって」


 うさぎのぬいぐるみの耳が垂れる。

「イリオスはどうして魔王城に来たの? ぼくは、書いたでしょう? 来ないでほしかったんだよ」

 封筒の走り書きは、やはりアステルからだったようだ。


「聖女シンシアに会うために」

 イリオスは、紫色の瞳でうさぎを見つめた。

「彼女が何か、なそうとしていることがあるのなら――それを手伝うために」


「ああ」

 うさぎの中にいるアステルは、気づく。

「きみ、シンシアに本当に惚れているんだ。そっか……」


「かなしいよ」

 アステルの声が震える。

「ごめんね」

 アステルは、謝る。


「優しさも愛情も友情も、誰かを傷つけうる代物だ」

「でも、それだけじゃないと思うんだよ」

 イリオスの言葉に、アステルが重ねる。

「あたたかな美味しいお茶が、誰かを傷つけることもある」

「でも、それだけじゃないと思う」


 しばらく沈黙ののち、うさぎのぬいぐるみは急に、声を明るくする。

「イリオス、ぼく、良いことを思いついたんだ!」

 ぬいぐるみは立ち上がり、うさぎの耳をたてて、両手を広げる。

「きみ、ぼくの仲間になってよ!」

 

 イリオスは眉をひそめる。


「だってきみ、魔物より魔物らしいじゃん。魔物のほうが向いているよ」

「お断りします」

 イリオスは即答する。

「人間だって魔物のようなものでしょう」

「でも、生まれ変わるとしたら、人間より魔物のほうが気楽だなって、そう思わない?」

「いいえ」

 イリオスは目を伏せる。

「もう、生まれてきたくなんてない」


 イリオスの言葉に、うさぎのぬいぐるみは、沈黙する。急にぬいぐるみから、緊迫した空気が流れて、イリオスは不審に思う。


「……アステル?」

「時間がないよ、イリオス」

 アステルはぬいぐるみの姿でイリオスに近づくと、声をひそめる。

「きみはぼくの友人だ。また会えるって、信じているからね」


 うさぎのぬいぐるみは、急に、中身を失ったようだ。クタッと力無く絨毯に倒れこむ。

 イリオスはぬいぐるみに手をのばす。ぎゅっとぬいぐるみの首を絞めてみる。あたたかい。

 白いうさぎのぬいぐるみは、よくみると、薄汚れている。長く、大事にされてきた代物のようだ。そう思うと壊したい気持ちがあったが……イリオスの中には、もう一度アステルが戻ってくるのではないか? と期待する気持ちもあった。

 イリオスは、クッションに寄りかからせるように、ぬいぐるみをもとの位置に戻す。


 しばしのち、足音がして。

 入り口にかかる青いカーテンをめくり、白いワンピースを着た女性が部屋に入ってくる。白い肌、癖のある白い髪に、青みがかった灰色の瞳。亡霊のようなシンシアは笑いかけ、イリオスに美しい白い手を差し伸べる。


「来てくれてありがとうございます、イリオス様。

 一緒に行きましょう、アステルを封印しに」


ーーーーーーー


 イリオスは、シンシアに導かれるままに螺旋階段をのぼる。途中に小窓があるのに気づく――もう夕暮れ時のようだ。

 シンシアは、封印の扉のその先へと進んでいく。イリオスは疑問に思う。

(この先は、池と化したのだと報告を受けていたが――)


「イリオス様、見てください」

 廊下を途中まで進んだ頃。

 シンシアはワンピースの裾に手をやると、ふわっと翻してみせる。

「花嫁のようですか?」

「え?」

「アステルを封印するのですから――私は、魔王の花嫁になるのですよね?」

 イリオスは虚をつかれる。

「ええ、そう……ですね。お美しいですよ」


 シンシアは微笑むと、白い裾を翻して、また歩き出した。

 イリオスは、だんだんと足の進みが遅くなる。頭の中では、何かが警鐘を鳴らしていた。

 しかし。目の前にシンシアがいる。

 イリオスは、シンシアのあとに従って歩く。


 魔王の遺骸の封印の場所までたどり着くと、池のようなにおいがしたが――水はなかった。

 イリオスは薄暗い穴を覗き込んだあと、立ち上がる。シンシアが一歩先へ行き、振り返ってイリオスを見上げた。


「大変だったの」

「何が?」

「さかなを傷つけないように、水を抜くのが」


 シンシアはつま先で立つと、そっと、イリオスの頬に手を伸ばして触れる。イリオスは嫌悪感を感じない。

 シンシアはイリオスに、口付けようとする。


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