18) 魔王アステルのケーキ
アサナシア教会が魔王の復活について声明をだし、タフィ教が邪教であったことも明らかとし、大陸全土に衝撃が走った翌日――コルネオーリを除く7つの国の王の寝床に、こんな手紙が届いた。
◯◯国 国王 △△陛下
はじめまして、こんにちは。
新しい魔王のアステルという者です。
私はもともと、人間でした。いろいろあって魔物たちの王となりましたが、人間に対してとても友好的です。
私が◯◯国にお願いしたいことは2つです。
私が魔国カタマヴロスを治めることを認めてください。
それから、魔国を9つめの国として、認めてください。
いまの国境の範囲で結構ですので。
認めてもらい、おだやかな暮らしを送らせてもらえるのであれば、あなたの国や国民に手出しはしません。それどころか、もし、あなたの国が魔物に困っているのであれば、私はあなたの国の助けになりましょう。
しかし、もし、前魔王に対し行ったように、攻撃にでるのであれば、私にも考えがあります。
私は人間と魔物が仲良く暮らせる平和な世界を願っております。
あなたがたのよき隣人となれることを、心から願っております。
魔王 アステル
こんな手紙が各国の城の結界をものともせず『魔術』で『王の寝床の枕元』に届いたのだから、各国王は恐ろしく思った。
なお、コルネオーリの新国王、イレミアのところには違った文面の手紙が届いていた。内容は同じことが書かれていたが、兄に宛てた文面となっており、先日あった戴冠式に参加できなかったお詫びが記され、手紙はお祝いの品と一緒に届いたのであった。
イレミア以外の国王は思った。これが本当に魔王からの手紙かはわからないが、この手紙の送り主は狂人かつ、力のある魔術師に違いない。本当に魔王であるなら要求していることは低い。そもそも旧魔国のちいさな、呪われた、魔物だらけで人の住めない領地はアサナシア教会の管轄だ。そこに、強い魔術師の狂人が引きこもっていてくれるというのだから。我が国にとっては――触らぬ神に祟りなしではないか? と。
マヴロス大陸の8つの国は、元々は祖国を同じにする結束の固い国同士であった――しかし、何百年と経過するうちにそれぞれの国が己が国を守りたいだけと化していた。そのため各国の国王は様子見をした。すなわち、旧魔国を管理しているアサナシア教会、それから教国エオニアがどう出るかを見たがった。
イリオスの弟、エオニアの教皇セルモスは気が弱い性格で、彼も様子見をしたいと思っていた。しかし兄のイリオスは魔王の行動に強い嫌悪感を示し「魔物の国を魔王が治めるなんて認められない」の一点張りだった。
(アステルに国の統治なんてできるわけがない)
イリオスは彼の権限で出来る範囲で、魔王城に調査隊を出すこととした。
フォティアが、あれだけ行こうとしても辿り着けなかった魔王城を、アサナシア教会の調査隊はすぐに発見した。
調査隊が魔王城の扉に手をかけると「はーい」と気の抜けた声がした。出てきたのは、白いうさぎのぬいぐるみだった。調査隊の攻撃をのらりくらりとかわして、ぬいぐるみは調査隊を広間まで案内する。
少し前まで廃墟のようだった広間は掃除され、壁や天井がお花やリボン混じりの可愛らしい飾り付けとなっている。あたたかな魔石の明かりが灯り、大きなテーブルにご馳走の準備がなされている。そして明るく陽気な音楽がどこからともなく流れている。調査隊はひどく気味悪く思うが、魔術により順番に椅子に座らせられ、固定されて自由を奪われる。
うさぎのぬいぐるみは、主人の椅子に座る。ぬいぐるみの背丈が足りないのでクッションを重ねた上に座っているようだ。
「遠いところからよくきてくれました、みなさん。友好の証に、ごちそうをどうぞ!」
なにが入っているかわからないので、調査隊は恐怖する。勇気をだして食べてみるものもいた。
食べた者は、顔を輝かせる。
「美味しい!」
「そうでしょう、そうでしょう!」
可愛いうさぎのぬいぐるみは、嬉しそうにする。
「ケーキもお食べよ、ぼくが作ったんだ!」
食べれば、よし。
食べない者は、魔術で口を開かされて、ケーキを口に入れられる。口どころか、胃にケーキを直接、転送させられた者も居たようだ。
エオニアに帰ってきた調査隊は口々に言った。
「魔王城で歓待を受けた、美味しいケーキを食べた」
「魔王は悪い存在ではなさそうだ」
「魔王はケーキづくりが得意だ」
「魔国の自治を認めてあげても良いのではないか」
どうにも全員が洗脳されて帰ってきたようだったが、イリオスやセルモスが恐ろしかったのが調査隊の殆どが聖騎士、残りも聖職者だったことだ。神聖力が強い者ほど暗示や洗脳に強いはずなのに、どう神聖力をかけても解けないような洗脳の仕方をされていた。
イリオスをはじめとするアサナシア教会の面々は、ひどく不気味に思った。
アサナシア教会は慎重に動きたかったが、イリオスは独断でもう一度、調査隊を送った。
今度は洗脳への対策を怠らずに。しかし、結果は同じだった。
各国の国王はアサナシア教会の2回の調査の失敗を見て考え始める。
(やはり、新たな魔王は……魔王城に住み着いた狂人は『触らぬ神に祟りなし』の存在である)
各国は、自称魔王の魔国の自治を認めるわけではないが、見て見ぬふりをした。つまり、魔王からの手紙も、やっていることも『我が国』に害がないうちは、無視をしたのだ。
イリオスは3回目の小規模な調査に、老齢の、エオニアでも有数の魔術師を紛れ込ませて、送り出した。魔術師はアステルの魔術をうまく掻い潜り、魔王城でものを食べずに帰ってきた。
謁見の間で魔術師は報告をする。
「セルモス陛下、イリオス様。あれは手を出してはいけない存在だと思います」
「姿を見たのか?」
「見ました。皆がケーキを食べて眠ったあとに――金髪碧眼の美しい青年が、楽しそうに皆の肩に小さな毛布をかけて回っていました。私は顔を伏せていましたが、起きているのに気づいていたと思います。魔物らしい表情で私のほうを見て、笑いました。そして彼の魔力を見せてくれました。牽制だと思いますが――
魔王の遺骸の魔力そのものです。禍々しい膨大な魔力のかたまりです。それが、何故か増えている」
「増えている?」
「おそらくあの者は、古に伝わる魔王カタマヴロスよりも強いです。古の魔王だって8人が手を取りあい、魔王の油断があっても殺すことはできず、封印に成功した存在であったはず。今の方向を違えた8つの国では、あれは――現時点では対処の仕様がないと考えます」
「新たな魔王は、台風や竜巻、そういったものと捉えた方がよろしいかと。それがあの狭い領土に引きこもっていてくれると言うのですから、そうしていて頂けば良いだけのこと」
「狭いとはいえ、旧魔国は、魔王城は、マヴロスの中心に位置しているのだぞ」
「元々は魔王の支配していた土地なのですから、それはもう仕方がありません。
認めるわけではない、無視するだけです。他の国と同様に。狂人であるので、関わらないと決めるだけ。そのほうが国としての格が落ちません。
関わるとすれば、あちらから攻撃してきたり領土を広げようとしてきた場合。もしくは、長い年月をかけて、8つの国がもう一度、手を取り合って封印にのぞめるときに、です」
(魔王の魔力が、増えている?)
とはいえ、聖女の協力さえ得られれば、アステルの封印は可能なのではないか。何故なら恋人同士であり、油断を誘えるからだ。そして、もし聖女の命で足りなければ――
考えるイリオスの横で、エルモスが言った。
「兄さん、確かにアサナシア様の教えに、魔物は大陸から排除すべき存在だと書かれているよ。
でも、アサナシア様もまさか人間が新たな魔王になるなんて思わなかったんじゃないかな。魔物の統率をとって、小さな領土に引きこもっていてくれるというのは――こちらにとっては悪い話ではない」
「教国エオニアは、もちろん、魔王の自治を認めない。旧魔国は旧魔国のまま、ぼくたちの管理下にあると主張する。
でも、調査兵を送るのはもうやめようよ。教会直属の聖騎士隊が、魔王と名乗る狂人の、狂気が伝染した者だらけになってしまう。こんな馬鹿げた派兵に国力を割くことはない」
「しかし……アサナシア教は魔王に恨みを買っている。いずれ魔王が攻撃してくるとしたら、きっと、教国エオニアだ」
エルモスはイリオスに、深い湖のような藍色の瞳を向けた。藍色のなかに、兄への心配と、愛情と、批難がないまぜになっている。
「それは違う、兄さん。
魔王に恨みを買っているのはフォティアだ。もしくは兄さん、一個人なのではないの?」
(『新たな魔王』は、私を恨んでいるが……アステルはおそらく、私を恨まない。それがアレの正義だからだ)
イリオスはアステルのやっていることは、イリオスへの嫌がらせのように感じていた。
アステルの仲間を、タフィ教の者を拷問された分だけ――こちらの仲間を、アサナシア教の者を歓待して帰すような嫌がらせだ。
(何が「歓待」だ、やっていることは拷問と同じだ)
正しい顔をして、アステルが平気で魔王城を訪れたものに『ケーキ』を振る舞っているのが本当に受け付けないと思っていた頃。
シンシア・ラ・オルトゥスからイリオスに手紙が届く。手紙には、短い一文が添えられていた。
「封印の準備が整ったので、ぜひ、魔王城にいらしてください」
そして封筒に走り書きで、別の者の字でこう書かれていた。
「来ないで」
と。