17) 襲撃とどんぐり
早朝、リアは胸騒ぎに目を覚ます。夜明け前だというのに、窓の外に光が行き交う。外に出ると、タフィのコミューン全体が騒がしい。山の向こうが赤く染まっている。
リアは広場に走る。走るうちに赤さがフッと消え、暗い色が広がった。広場には村人が、各々の灯りを手に集まっている。
「タフィ様!」
「タフィ様、おもてのコミューンで火事のようです」
「怪我人が次々、運ばれてきています」
「俺たちも助けに行きたい、でもルーキスさんが『出てはならない』と言うんだ」
「魔物に任せて、コミューンの人間たちは奥に引っ込んでいるようにと」
そこにルーキスがやってくる。魔術で人間を3人ほど連れてきて、広場に寝かせる。黒いスーツが泥だらけだ。
「お父様」
「シンシア、貴女は広場にいて、怪我人の治療とその指示をお願いします」
ルーキスは淡々とリアに伝える。
「アステル様がいち早く気づいて、雨を降らせてくださっている。現場は泥だらけだ。飛べる魔物か水や土が得意な魔物でないと、歩くこともかなわない」
そこに、ロアンも走ってくる。必死な様子だ。
「リア! タフィへの腕輪を貸してほしい」
「ロアン、どうするの」
「おれもルーキスさんについて行って、困っている人のために腕輪を貸し出す。それから、アステル様を連れ戻す」
「でもお父様が、人間は行くなって……」
「アステル様が外にいるのに、おれがここにいるわけにいかない」
「心配なのはわかるけど、アステルはどうとでもなるわ。ロアンが戻ってこないほうが心配だわ」
リアは、ロアンをなだめようとする。
ルーキスは言う。
「腕輪は、ふたつとも私が預かりましょう」
「ルーキスさん、おれも連れてってください」
「いいえ。ルアン君はここに残り、シンシアの手助けを。アルデンバランが、タフィ教が魔王崇拝をしていることに気づき、タフォス村を襲撃している可能性が高い」
「じゃあ、ますますアステル様が外にいるのはまずいじゃないですか」
ルーキスはロアンに約束する。
「これから私が、アステル様を連れて、戻ります」
ーーーーーーー
フォティアがタフォス村に火を放った目的は、タフィ教の中心地であるタフォス村を襲撃すれば、魔王の所在の尻尾が掴めるのではないかと考えたためだった。
旧エオニア城にアステルと聖女が訪れたあと、フォティアは何度か魔王城に赴こうとするも、辿り着くことができなかった。そのためタフィ教は、魔王に繋がるただひとつの糸口となっていた。
消火活動に追われる人々、逃げ遅れた人々、その救出に動く人々、それから火を放ったあとのタフォス村を観察するフォティアの聖騎士の数名は、突然の豪雨に襲われる。喋ることも見ることも叶わないほどの、横殴りの雨に。
魔力感知に優れた聖騎士のひとりが、少し離れた場所で待機していたイリオスに告げる。
「タフォス村に降っている豪雨は、魔術によるものですね」
「魔術のもとを辿れるか?」
「通信によれば、とても今は、あの場所を歩いて移動することが難しいようです。しかし、皆で探知はしています」
夜が明けて、雨がやんだあと。タフォス村から人々が消えていることにフォティアの人間たちは気づく。
村は、廃村のようになっている。火災と激しい雨により、崩れた家もある。鳥を飾った祭壇のある小さな家々たちの中に、フォティアは泥だらけの靴で踏み込む。村の中心部にある祭壇にも、小鳥をかたどったものが飾られている。魔王をかたどったものは特に見当たらない。
「なんだこれは」
フォティアの聖騎士たちは、村の中心にある祭壇に飾られていた、三つ編みに束ねられた金色の髪に眉をひそめる。髪に、ひどく禍々しい魔力が込められていたためだ。
「タフィ教は、やはり邪教ですね」
「長年、アサナシア教を騙してきたのか。それともだんだんと、形を変えてきたのか――」
村の入り口に、イリオスが現れる。
聖騎士たちはイリオスに報告をする。
「魔術のもとを辿りましたが、何も発見できませんでした。ただ、不自然に、どんぐりが寄せ集まって落ちておりました」
「どんぐり?」
イリオスは部下の聖騎士たち数名と、どんぐりの落ちていた場所まで赴く。先ほどまで寄せ集まって置いてあったどんぐりは、まあるい輪のかたちに変わっている。輪のなかに、白いうさぎのぬいぐるみが置いてある。
「さっきは、ありませんでした」
ぬいぐるみに手を伸ばそうとしたイリオスの上に、雨に濡れたどんぐりがどさどさと落ちてくる。まるでどんぐりの雨のように、イリオスの上に降り落ちる。部下たちは慌てた声をだす。
「イリオス様!」
うさぎのぬいぐるみは話す。
――イリオスにとって、ひどく聞き覚えのある声で。
「イリオスの、うそつき」
「アステル」
うさぎのぬいぐるみは立ち上がる。
「村のひとたちは、きみたちが傷つけるなら、連れて行くよ」
「どこへ」
「もちろん、魔国カタマヴロスへ」
イリオスの部下が、うさぎのぬいぐるみに声をかける。
「おまえが魔王なのか?」
うさぎのぬいぐるみは、どんぐりの輪の中で楽しそうにぴょんぴょんと跳ねながら、回答する。
「そうだよ! ぼくは、魔王アステル。
魔王はここに復活した。愛する者たちを守るために。
けれど魔王は、人間との敵対を望んでいない。魔王の望みは共存と平和だ。
フォティア。きみたちに話したって、無駄だと思うけれども」
「ねえ、イリオス」
うさぎのぬいぐるみは、アステルの声で伝える。
「ぼくは悪い人間に、決して負けないよ。
でも、悪い人間なんていないって、信じたくもあるんだ」